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内気少女の怪奇な日常 ~世与町青春物語~  作者: 彩葉
二章、五月の日常

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117/221

6、紙

 男子テニス部の予選会は団体戦準優勝で関東大会への出場が決まったらしい。

週明けの朝、見慣れた茶髪を見つけたハルは嬉々として彼の元へと駆け寄った。


「おはよう桜木君。準優勝おめでとう!」


「おぉ宮原、おはよ。応援してくれてありがとな!」


 一位なら格好もついたんだけどなぁと苦笑する彼に対し、ハルは珍しく興奮気味に首を振る。


「そんな事ないよ。凄いと思う」


「おー、サンキュ、」


 穏やかな笑みから一転、桜木はパッと弾けたように辺りを見渡した。

何事かとハルも警戒を強めるが、辺りは普段通りの光景が広がっているだけだ。


「どうしたの?」


「あー、今なんか一瞬嫌な感じ? がしたような……(わり)ぃ、気のせいかも」


 桜木は横を通り過ぎる自転車を避けつつ不思議そうに頭を掻く。

何の気配も感じなかったハルも小首を傾げた。


(何だろう? 桜木君、私より気配の察知が苦手っぽいのに、珍しい)


 改めて辺りに気を配るがバタバタと近付いてくる派手な足音以外、特に異変は感じられない。


(ん? この足音、こっちに来てる?)


「おっはようございまーす! 宮原先輩、桜木先輩ーっ!」


「ひゃっ!」


「おぉっ!? 大成か、おはよう」


 駆け寄って来たのは大成だった。

二人は思わぬ第三者の登場に面食らいながらもホッと息をつく。

よく見ると大成の数メートル後方に竜太の姿もあった。


「天沼遅ぇよー」


「勝手に走ってったのはお前だろ。そもそも一緒に登校する気ないし」


 二人の温度差は相変わらずのようだ。

ハルがハラハラと様子見していると竜太の冷ややかな視線とかち合った。

久しぶりに正面から目が合った気がして思わず目を逸らしてしまい、気まずさに拍車がかかる。


(……このメンバーで何を話せば良いの?)


 全員()()()とはいえ、ハル以外はさほど親しいとは言えない間柄だ。

間に立つなどという器用な立ち回りが出来る筈もなく、彼女は小さく肩を落とした。


「やー、桜木先輩、試合お疲れっした! かっこ良かったっす!」


「ありがとな。折角の休みに大変だったろ」


「俺スポーツ観戦好きなんで問題ねっす!」


 ハルの不安をよそに桜木と大成は人当たりの良さを発揮して話を広げていく。

おかげで一見するととても和やかな登校風景が出来上がっていた。


(二人が話好きで助かった……けど、問題は……)


 竜太は特に話に加わる気が無いらしい。

かといってさっさと先に行くのも気が引けるらしく、いつになくダラダラと歩いている。


(もしかして、苛ついてる……?)


 理由は分からない。

先程桜木が感じたという嫌な気配が原因かとも考えたが、怪異に対する反応とは違うような気がした。


「えっと、竜太君は土日、何してたの?」


「……バイト」


「えっ!? バイト!?」


「大声出さないでくれる? あんま知られたくないし」


 素っ気なく窘められてしまい、慌てて口を押さえる。

幸い桜木達は何故か野球の話で盛り上がっており、こちらの会話は聞こえていないようだった。


「そ、そっか。もう高校生だもんね、竜太君。うん……そっか」


「何親戚のオバサンみたいな事言ってんの」


 一年前にハルが初めて竜太を見た時、本気で十二、三歳くらいだと思っていた。

そんな彼がまだ自分も経験した事がないアルバイトをしていたなど青天の霹靂である。


「凄いね。どこで働いてるの?」


「……レストラン。調理補助」


 どこか歯切れが悪い返事である。

どうしたのかと訝しんでいる内に昇降口に着いてしまった。


「めんどくさいから親と先生以外にはバイトの事言ってない。今んとこハルさんだけ」


 それだけ言うと竜太はさっさと一年の下駄箱に行ってしまった。

「先輩じゃあまたー!」と遠ざかる大成の声が耳に残る。


(わ、私には言っちゃっても良いの?)


 校則ではアルバイトは本人の願書の他に、親や担任、学年主任の許可書等が必要と決まっている。

とにかく手続きが面倒臭い為、表立ってアルバイトをする生徒はかなり少なかった。


(口止めはされてないけど、一応黙っとこう)


 信頼されていると思いたいが、単に言いふらす相手がいないと思われているのかもしれない。

桜木に声をかけられて我に返ったハルは慌てて靴を履き替えた。



(それにしてもあの竜太君がバイトかぁ。しかもレストラン。料理出来るのかな……)


 想像がつかないにも程がある。

教室に入った彼女は緩んだ表情のまま席に着いた。


 カサリ。


(? 何これ)


 何気なく机に手を入れると心当たりの無い紙に触れた。

取り出して見れば何の変哲もない一枚の白紙である。

B5サイズ位の大きさだ。

誰かが間違えて入れたのだろう。

ハルは少し戸惑いながらその白紙を机に戻した。


(捨てるのも勿体無いし、メモ書き位には使えるかな)


 結局、その紙は教科書を入れた拍子にうっかりグシャグシャにしてしまい、何の用も果たせずにゴミ箱行きとなってしまう。

そして彼女自身その紙の存在などすぐに忘れてしまうのだった。




 その翌日の事だ。

その日最後の休み時間、移動教室から戻ったハルは教科書をしまいに真っ直ぐ自分の席へと向かった。


「っしゃ~、あと一時間! 授業ダルーい」


 机に教科書を投げ捨てた志木が大きく伸びをしながらハルの元へと寄ってくる。


「もーじき中間試験とか考えたくないんだけど! マジ辛い」


「ハハ……でも頑張ろうよ。ほら、今年受験……」


「いやー聞きたくないー!」


 耳を塞ぐ志木の気持ちは分からなくもない。

ハルは苦笑しながら次の授業で使う教科書を取り出そうと机に手を入れた。


 カサリ。


「?」


 つい昨日触れた感触と同じものだ。

何を思う暇もなく取り出したそれは、酷く雑に切り取られたノートの切れ端だった。

罫線から見てハルの持つノートとは違う物のようである。

文字は何も書かれていない。


「うわ、ハルってば大雑把すぎっしょ」


「あ、いや。これ私のじゃないよ」


「はぁ? 何それ、イタズラぁ?」


 イタズラと断言するには微妙なものである。

誰かが間違えて入れた可能性も捨てきれない。

ハルが「コレどうしよ?」と眉を下げると、志木はアッサリと紙を四つ折りにして「メモにでも使えばぁ?」と机に置いた。


(そういや昨日も紙が入ってたな。何なんだろ?)


 そうそうメモをする機会もない。

結局そのノートの切れ端は授業中の手遊びとして変な落書きをされるだけで役目を終えてしまった。


 放課後、志木は四つ折りの紙全面にミッチリと描かれたウサギのような金魚の落書きを見て大爆笑した。

「ハルの絵心がヤバい、ヤバすぎる。画伯!」とあまりに笑うものだから、ガッツリとクラスメイトの視線が集まってしまう。


「ちょっとユーコちゃん笑いすぎ! 皆見てるっ」


「ごめっごめんてぇ~アッハハッ」


 豪快な友人を止めていると斜め後ろの席の持田と目が合った。

ハルに気を遣ったらしく、彼は気まずそうに顔を背ける。

周囲の生徒もクスクスと笑っており、ハルの顔は堪えきれずに赤く染まった。


(うぅ、描かなきゃ良かった)


 友人を笑わせただけでも十分役に立ったのだろうと自分に言い聞かせながら、彼女は紙を丸めてゴミ箱に捨てた。




「よぉ、クソ画伯」


「……からかわないでよ、八木崎君」


 昇降口を出た所でハルと志木は八木崎と遭遇した。

むくれるハルなど意に介さず、彼はニタリと口元を歪ませている。

驚きの声を上げたのは志木だった。


「八木崎が人に話しかけるとか珍しっ!」


「あ゛ぁ? んなこたねーべ」


 八木崎は鋭い目を更に険しくして「それより宮原、客だ」と校門を親指で指し示した。

その先を流れるように目で追う。

中学校の制服を来た少女が校門の外からこちらをチラチラと窺っていた。


「千景ちゃん!?」


「あんガキ、コンビニと……猫ん時のガキか?」


「うん、そうだけど……」


 顔を覚えていないのだろうか。

八木崎は顔を顰めて小さく呟く。


「あんガキ、気味(わり)ぃ。あんま関わんな」


「え? 何で?」


 ハルの疑問に一切答える事なく、彼は「じゃーな」と校舎の方に行ってしまった。

志木が物珍しげに千景を眺める。


「あの子、誰?」


「大成君の妹さんだよ。千景ちゃんっていうの」


「ほほ~ぅ。それはワンパクな予感だねぇ」


 簡単に紹介しながら近付けば、千景は顔を明るくして「ハルお姉ちゃーん!」と右手を大きく振った。

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