4、独占欲
ハルの脳裏に北本が思い浮かぶが、果たして友人と呼んで良いのかは疑問である。
暗い顔で俯く彼女に、そうさせた張本人は「何で黙るかな」と口を尖らせた。
気まずい沈黙が訪れる。
何か言わねばと焦るハルに対し、竜太はさして気にした様子はない。
ただ暇そうに足で小石を弄び、自分から発言する気は無いようだ。
「あっれぇ、宮原さんじゃん!」
突如、弾けるような声が静寂を破った。
小道の向こうから私服姿の北本が駆け寄って来ていた。
思わぬ人物の登場にハルは明らかに動揺する。
「偶然だねぇ~。あ、もしかしてこっちの可愛い子、弟君?」
無邪気な笑顔を向ける北本に竜太は無表情のまま礼をした。
「……ハルさんの友達です。お姉さんは?」
「私もそうだよー。同じクラスなの」
「ねっ!」と同意を求められ、ハルは戸惑いがちに頷いた。
恐らく彼女にとっての「友達」の度合いとハルのそれとでは重みが違う。
それでも肯定して貰えた喜びはハルに強い感動を与えた。
「もしかして~……今まで宮原さんが私の誘い断ってたのって、こーんな可愛い子とデートする為だったり?」
「な、ち、違っ……」
慌てて否定するハルの仕草がツボだったらしく、北本は「冗談だよぉ」と盛大に笑った。
そして散々笑い倒した後、彼女は用事があるからと言って颯爽と立ち去って行った。
「嵐のような人だね」
北本の背中が見えなくなると竜太はムッとした顔で小石を蹴飛ばした。
その姿はまるで拗ねた子供だ。
どこか微笑ましくてハルは思わずクスクスと笑ってしまった。
何故笑われるのかと抗議しようとした彼の目が、すぐに険しいものに変わる。
「やめろ!」
「え?」
そこまで怒る事かと驚いた瞬間、ハルの視界が覆われた。
(これは、手!? 前が、見えない!)
昨夜と同じように何者かの手が彼女の視界を奪っていた。
もがいて振り払おうにも手はガッチリと固定されていて外れそうにない。
「や、やだ! 何これ!」
「落ち着いて! そいつ何か言ってる!」
珍しく焦ったような竜太の声を耳にしたハルは必死に口を閉ざす。
耳を澄ますと確かにあの声が聞こえていた。
『ハル……ねぇハル私、見てハルねぇ、友達、ハル私だけ寂しい、ねぇ友達、私だけ見てハル友達、ねぇハル、他は駄目ねぇハル友達私だけ、ねぇ他は見ないで、ねぇハル友達ねぇねぇ……』
抑揚のない無機質な声が延々と続く。
このまま殺されてしまうのではないかという恐怖で、体は金縛りにあったように動かない。
ハルは目を塞がれたままボロボロと涙を溢した。
「いい加減にしなよ」
竜太の声に反応したのか、延々と繰り返す声が呻き声に変わる。
それは地を這うような悲しげな声だった。
「ハルさんはお前の物じゃない。独占しようなんて駄目だ」
呻き声は続くが、竜太は構わず語りかける。
「そんな事したって、ハルさんに嫌われるだけだよ」
呻き声が悲痛な悲鳴に変わった。
悲鳴に混ざり再び声が囁かれる。
『ねぇハル、やだ、私ねぇ友達ハル、他見ないでねぇやだ、ハル、やだ見て、私だけねぇねぇ……』
ハルの顔からそっと手が外された。
彼女は泣きはらした顔のまま呆然と立ち尽くす。
声は徐々に小さくなっていき、やがて聞こえなくなった。
「……いなく、なったの……?」
恐い顔をしたままの竜太に鼻をすすりながら尋ねる。
彼は静かに首を振った。
「まだいる。今は姿を隠してるだけ」
「そんな……何が、いたの……?」
彼は言っても良いものかと僅かに迷いを見せた。
「……髪の長い若い女。そいつの首と腕が、ハルさんの後頭部から生えてた。あいつの長い髪とハルさんの髪が、混じって見えた」
言葉を選んだ割にはかなりストレートな説明である。
ハルは卒倒しそうになるのを何とか堪えた。
まさかそんなモノがよりにもよって自分の頭にくっついているとは考えたくもない話だった。
強い風が吹き抜けるが、もう彼女は髪に触れる気になれない。
「……ハルさんは何で髪伸ばしてるの?」
「え? 別に、理由はない、けど……」
「ふーん」
質問の意図が分からない。
疑問符を浮かべるハルに背を向け、竜太はスタスタと歩き出した。
「こっち。着いてきて」
何が何だか分からぬまま彼女は彼の後を追った。




