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内気少女の怪奇な日常 ~世与町青春物語~  作者: 彩葉
第二部 一章、新学期

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4、白い腕

 人面犬事件から数日後、世与高校では入学式が行われた。

新入生歓迎などとは名ばかりで上級生の大半は何の感慨もない生徒ばかりだろう。

しかしハルは違った。


(竜太君が後輩になるのか……)


 一年だけとはいえ明日からは毎日竜太と同じ学校に通うのだ。

まだ実感は湧かない彼女だったが、その胸は大いに高鳴っていた。


(帰りに会えるかな……でも、入学初日に声かけたら迷惑だよね。友達作る邪魔になっちゃうし……)


 彼と最後に会ったのは一週間程前である。

新しい制服を受け取りに行くいう彼に合わせ、用も無いのに学校の近くまで付き添ったのだ。

ハルが迷惑ではないかと聞いた所、「別に」と素っ気なく返されたのはここ最近で起きた良かった出来事の一つである。


(やっぱり、一言でも挨拶したいや)


 残念ながら彼には自分が好意を抱いている事を見抜かれている。

今更恥ずかしがっていても仕方ないと、彼女は()()()()()開き直り方をしていた。




 帰りのHRが終わり、部活勧誘の準備をする生徒達が足早に教室を出ていく。

新入生はもう帰ってしまったかもしれない。


「お。ハル、今日も用事?」


 慌てて席を立つハルに気付いた志木が声をかける。


「用事っていうか、ちょっと一年生の方を見てこようかなって……」


「一年? あ、もしかして前学園祭に来てた中学生、入学したん?」


 志木の目がキラリと光る。

そういえば彼女は恋の噂話が大好きな一面があったと思い出し、ハルはワタワタと両手を振った。


「そ、そうなの。一応挨拶しとこっかなって思って。それだけだよ」


「へぇ~ほぉ~」とニヤつく彼女を適当にやり過ごし、逃げるように教室を出る。

廊下の雰囲気から、やはり新入生の方が早く帰宅となった事が窺えた。


(やっぱ、もう帰っちゃったかな……)


 わざわざスマホで連絡する程の事でもない。

少しガッカリしながら下駄箱に着くと奥の方から聞き慣れた声が聞こえてきた。


「───、──」


(この声!)


 パッと顔を上げ、一年生が使う下駄箱の方に耳を傾ける。

間違いなく竜太の声だった。


(良かった、まだいた!)


 急いで靴を履き替えて声のする方へと歩み寄る。

しかしその姿を捉えた瞬間、ハルの足は地に縫い付けられたかのようにピタリと止まった。


(あの子、確か竜太君のお友達の……)


 竜太はスラリとした女子生徒と話し込んでいた。

一度だけ話した事のある、艶やかな長髪のモデルのような美少女だ。

彼女も竜太に気があるような素振りを見せていたのを思い出し、ハルは目の前が暗くなった。


 二人はハルに気付かず何かを話している。

竜太はいつもと変わらぬ無表情で言葉少なだったが、彼女は時折頬を赤らめ何事かをキツく言い返しているようだ。

その光景はとても仲睦まじいものに映った。


(竜太君なら彼女の好意にも気付いてる筈……あんなに可愛い子に想われて、嫌な人なんて居る筈ない。……私なんかより、よっぽど……)


 ハルはフラフラと音も立てずにその場を離れる。

彼女に比べて自分はどうだろうか──

外見は仕方ないとしても、中身ですら長所は少ないのだ。


(あの二人、同じクラスなのかなぁ)


「……何つー顔してんだ? 宮原」


 玄関口を出た瞬間、八木崎に声をかけられた。

彼は珍しく驚いたように目を見開き、装着していたイヤフォンを外している。


「え、と。そんなに酷い?」


「今年一番(ひで)ぇ」


 八木崎は軽口を叩きながら弄っていたスマホをしまう。

どうやら話をしても良い気分らしい。


(なん)があったよ」


「別に、何も……」


「そうかよ」


 はたと彼の視線が止まる。

どうやら俯くハルの向こう──ガラス越しに竜太を見付けたらしい。

状況を察して面白い考えに行き着いたのだろう。

八木崎の口元がニヤリと弧を描く。


「ハッ。あんチビにゃ勿体ねぇ美人だぁな」


「…………」


 新年度になっても仲の悪さは健在のようだ。

何も返せないハルに構わず、彼はクツクツと喉を鳴らした。


「あの女も宮原も男ん趣味(わり)ぃべな」


「……そんな事ないと思う、よ」


「ほーん。あんチビがねぇ」


 八木崎はつまらなそうに泣きぼくろを擦り、鞄を後ろ手に肩にかけて歩き出す。


「ちっと付き合え」


「え? ど、どこに?」


「どっこだって構やしねぇで」


「?」


 よく分からなかったがギロリと睨まれてしまっては逃げる訳にもいかない。

ハルは言われるがままに颯爽と校門を出ていく八木崎の後を追った。




 ピロリロンと鳴る軽快な音と共に自動ドアが開く。

やる気のない店員の「らっしゃーせー」という言葉を聞き流しつつ二人は入店した。


(なんでコンビニ?)


 彼が向かったのは学校から駅までの途中にあるコンビニエンスストアだった。

連れてこられた手前、勝手に別行動して良いのかも分からない。

ハルは律儀に八木崎の後に続いて歩く。


「少しは好きに動きゃ良ーべ。間近でチョロっつかれんのうぜぇ」


「なっ……!」


 付き合えと言われたから来たのに何という言い草だ。

ハルはムスリとしながら数歩距離を空ける。

そうさせた本人は気にした様子もなく「この苺ミルクティーって苺ミルクのティーなんか? 苺のミルクティーなんか?」とぼやいている。


(私、何してるんだろ……)


 傷心中に苦手な人物に連れ回されるという不運にただただ落ち込む。

ふと辺りを見回すとお菓子の陳列棚から何かが飛び出しているのが見えた。


(? 何が出て……あ!)


 白い腕だ。

不自然に長い二本の腕がお菓子の棚の中段から生えていた。

肘は無い。

腕はゆらゆらと探るような手付きで通路を塞いでいた。


(あ、人が!)


 まずいと思うより早く、女性客がお菓子の棚の前を通過する。

長い腕が女性のスカートの裾をクイッと引っ張った。


「キャ……!」


 女性客は少しだけ躓き、恥ずかしそうに足元を見る。

当然床には何もない。

女性客は不思議そうに首を傾げ、目当ての菓子を取ると別の通路からレジへと行ってしまった。


(良かった、大した事なくて。でもあの腕、嫌だなぁ)


「宮原は(なん)も買わねんか」


「う、うん。別にいいや」


 八木崎は「そーかよ」とだけ呟くと、よりにもよって腕の生えている棚の方へと足を進めた。


「ちょ、待っ!」


 口より先に手が出た。

いきなり制服の裾を掴まれた八木崎はギョッとした様子で振り返る。

鋭い目で見下ろされ、彼女はグッと言葉に詰まった。


()だよ」


「あ、その……そっちじゃなくて、こっち、通ろ?」


 手を離したらそのまま突き進んでしまうかもしれない。

ハルは掴んだ手を放す事なく隣の通路へクイクイと引っ張った。


「……そーかよ」


 八木崎は普段以上に険しい顔で菓子コーナーの通路を一睨みし、大人しく隣の通路を通ってレジへと向かう。

彼は惣菜パンを四つと緑茶を購入していた。


「パン多いね」


「昼飯と晩飯」


「そっか」


 会話が続かない。

レシートは不要だと断る彼をぼんやり眺め、何か別の話題はないかと思案する。


「……なぁ宮原。これ」


 八木崎が何かを言いかけた時、ハルの背中に何かがドンッと飛び付いた。


「ひゃっ!?」


「おっ、とぉ……誰だぁ? こんガキ」


 心臓が飛び出る程驚いたハルだったが、八木崎はハルの悲鳴の方に驚いたらしい。

店員も目を丸くしている。

涙目で背後を確認すると、先日知り合った少女が「イヒヒ」といたずらっぽく抱き付いていた。


「ハルお姉ちゃん、ビックリした? ビックリした?」


「ち、千景ちゃん……」


 あの白い腕では無かった事に安堵し、胸を撫で下ろす。

邪魔にならないようレジから離れると千景はニコニコとハルの後に付いてきた。

面倒くさい空気を感じ取ったのか、八木崎は少女の話には触れずに店を出る。

ハルが慌てて後を追うと千景もそれに続いた。


「八木崎君、あの、さっき何を……」


「買うもん買った。じゃーな」


 背を向けてヒラヒラと片手を振られてしまい、かける言葉が見つからない。

ハルに代わって千景がプゥと頬を膨らませた。


「ちょっとお兄ちゃん、冷たいんじゃないの!? ハルお姉ちゃんに助けて貰った癖にお礼も言わないでさ!」


「あ゛ぁ? 知らねぇよ。何の話だ」


 すっかり憤慨した彼女は視えない彼に言っても仕方の無い事を語り出す。


「さっき白い手がおいでおいでってしてて、そんでハルお姉ちゃんが」


「千景ちゃん!」


 別においでおいでをしていたとは思えなかったが、彼女にはそう見えたらしい。

慌てて話を遮るが手遅れだった。

八木崎はガラの悪い態度を崩さずに吐き捨てる。


「頼んでねぇし、よく分かんねぇ内に恩作られても困んべ」


(だよね……)


 咄嗟の行動とはいえ、ハルにも余計な事をした自覚はあった。

八木崎は強い御守りを所持している。

今にして思えば、彼ならわざわざ避けずとも白い腕の一本や二本軽く弾いて通れただろう。


「あの、私が勝手にやった事だし、千景ちゃんは気にしないで。八木崎君も、なんかごめんね」


 気まずい空気の中、コンビニの前で両者の間を必死に取り持つ。

ほとほと困り果てるハルを見た彼はどこか愉快そうに目を細めた。


「宮原、手ぇ出せ」


「え?」


「早く出せっつってんだろ」


(言ってない……!)


 疑問符を浮かべながら両手を前に出すと、その上に一口サイズのチョコレート菓子がコロンと乗せられた。

見覚えのある包みだ。

先程の会計の時にレジ横に置いてあった物を買ったのだろう。


「これは……?」


「やる。いらねぇならそんガキにでもくれてやれ」


 じゃーな、と今度こそ片手をヒラつかせ、八木崎は点滅している信号を駆け足で渡って行ってしまった。

慌てて「ありがとう!」と声をかけたが、届いたかどうかは微妙な所である。

ハルはどうしたものかと迷いながらもチョコレートを千景に差し出した。


「あの、千景ちゃん、チョコ好き? もし良かったら……」


「ダメダメダメ! それはダメだよ絶対に!」


 千景はブンブンと両手を振って完全拒否の姿勢を見せる。


「折角彼氏がくれたお菓子だよ!? 簡単に人にあげるなんて、ハルお姉ちゃんてばオトコゴコロ分かってなさすぎだよ!」


「えぇ!? 違うよ! かっ、彼氏なんかじゃないよ!」


 酷い誤解にも程がある。

今の発言は八木崎が居ない時で良かったと人知れず肝を冷やすハルに対し、千景は「なーんだ、つまんないの」とケロリとしている。


(中一なのにませてるなぁ)


 ほぅと息を吐いているとチョイチョイと袖を引っ張られた。


「もう……今度は何?」


「さっきの白い手。あれもぶん殴ったら消えるかな?」


 何を言い出すかと思えば──

ハルはクラリとする頭を押さえた。


「絶対ダメだからね?」


「えぇ~……」


 不満気な千景をどうにか諭し、ハルはクタクタになって帰宅した。

竜太の事で悩む暇が無かったのは良いが、随分と手のかかる子と知り合ったものだと別の悩みに苛まれるはめになってしまった。


 この日唯一の癒しはほろ苦いビターチョコだったかもしれない。

その事に関してのみ、ハルは八木崎に感謝したのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 手のかかる子(千景ちゃん)が何か大きなトラブルに巻き込まれるんじゃないかと、ワクワクハラハラしてます。今後の展開が楽しみです!新しいキャラクターの千景ちゃんと八木崎くんの絡みも良かったです!…
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