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ご令嬢は蝶のように舞い、時に毒霧を吹く

作者: 海月 楽

令嬢は自分の婚約者の前でクルリとドレスを翻して背を向けた。

そして同時に回転とは反対の手を婚約者に繰り出した。

裏拳。

それは遠心力によって時に普通のパンチよりも強く、人の手を凶器へと変えてしまう。

令嬢の裏拳は見事に婚約者の顎に当たり、婚約者の瞳はぐるりとまぶたの上の方へと消えていった。

一発KO。

令嬢の頭の中でカンカンカンと終わりのゴングが鳴り響く。

倒れてピクリとも動かなくなった婚約者を前に、勝者である令嬢はその拳を天高く突き上げて勝利を宣言した。


「『負け犬』でよければ、くれてやる。」


大好きなプロレスラーの『負け犬は吠えることさえ許されぬ!』と言う名台詞を文字って、婚約者の背後にいた泥棒猫に捨て台詞をかます。

泥棒猫は顔を真っ青にして震えている。

それに限ってはお得意の演技ではないようだ。

『勝利で終わった試合は振り返らない。』とあの人も言っていた。

勝利で驕り高ぶるのは愚者の道だと教えてくれた言葉だ。

令嬢は振り返らず、ただ前へと進む。

…例え、異世界に飛ばされようとも。


目覚めたら貴族令嬢でラッキーと思ったのも束の間、どうやら婚約者が浮気しているらしい。

実際、そんなのどうでもいい。

つうか、婚約者の名前も覚えきれねぇよ。

泥棒猫?勝手によろしくやってろ。

と、放置プレイだったにもかかわらず、そっちの二人は絡んでくる、絡んでくる。

売られた喧嘩は買わねば男じゃない!(女だけど。)ってことて買って、見事に勝利を収めた。

買ってみたら、すっきりさっぱり。

もう少し早く買ってても良かったかなーってぐらいの爽快さだった。

これで終了かと思いきや、諦めないのが婚約者クオリティー。

マグレの一発だと不良品の頭が判断したらしく、お相手の泥棒猫ちゃんもそれを信じて、二人掛かりで私に突っかかってきた。

メンタルめちゃ強やな。

呆れ果てて感心すら覚える。


「おい!聞いてんのか?」


キレてるんですか?

はい、男の怒鳴り声に頭プチンとキレちゃいました。

私をキレさせるなんて大したもんです。

あれだ。あれ。登場曲かけてくれ。

脳内に有名プロレスラーの登場曲がかけられて、令嬢は両指を絡ませて手首を回し、準備を始めた。

そして、素早く足を踏み込み、ラリアットを婚約者の喉元にかます。

相手は呆然とした表情で尻餅をついて咳き込んでいた。


「何ほざいてんねん!貴様らぁ!」


巻き舌でまくし立てる。

二人は身体をビクっと震わせて、私を見ていた。

その姿は強盗に襲われた被害者のようだったが、その被害者づらがまた気に食わん。


「自分の婚約者に軟弱もんはいらーん!」


追い討ちをかけるように婚約者に頭突きをかます。

鈍い音が響き、婚約者は頭に手を当ててのたうちまわる。

婚約者が脳しんとうを起こしている間に、いつのまにか令嬢は椅子の上に立っていた。

それは裏拳の時と同じく無防備にも婚約者に対して背後を向いている。

令嬢はそこから背後へと跳んだ。

自殺行為にも見えたその跳躍は、ドレスのはためきによって蝶のように美しかった。

その途中、令嬢は猫のように一回転して倒れている婚約者の元へと落ちてゆく。


「ぐぇ。」


カエルの潰れたような声がはっきりと聞こえる。

令嬢はそのまま婚約者を抑え込み、脳内のレフリーのカウントを聞いていた。


『3ー2ー1ー』カンカンカン!


3カウントホールド…

勝利は決まった。

令嬢は両手を天高く上げて、勝利を宣言する。

正に完全勝利。

その一言に尽きる。


その後、令嬢はめでたく婚約破棄された。

慰謝料で懐はホックホクになったが、学校のカフェテリアで大々的にプロレス興行した結果、お嫁に行くことは絶望的になってしまっていた。

しかし、令嬢はめげない。

『全悪役プロレス』、通称『全悪』と言うプロレス団体をその慰謝料で旗揚げし、全国で興行している。

すっかりと国の庶民から貴族まで幅広い層で定着したプロレスだったが、中でも覆面にドレスを着た令嬢の『毒霧』はマニアの中で凄まじい人気を誇っている。


恋?…強いて言うなら鋼の肉体に恋している。


そんな令嬢が木刀を振り回して、同じくプロレスラーの夫と夫婦でタッグを組むのはもう少し先のこと。


こんな私だから基本的に前の世界ではボッチだったけど、母ちゃん、父ちゃん、弟、犬のドン、それから大好きな全ジャパプロレスの皆さん…私は楽しくやってるよ。

というか、楽しく変えてみせるよ。


令嬢は今日も元気にドレスをはためかせながらリングで飛んでいる。

夜中のテンションで書きました。

おかげで書こうとしてた小説を放置してしまった懺悔。

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