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Artificial Intelligence War  作者: 東雲 良
第三章 未知の存在を標的に
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終息に向かう対話



 巫女服の少女・万梨阿は陸斗の頬をつんつんしながらこう告げる。


「それでどちらからにする? わしから質問してもよいかの?」


「良いよ。はい、じゃあ答えたから次は俺の番な」


「あっ、このっ、図ったのかえ!?」


 お約束過ぎる展開にあまり警戒の必要はなさそうかも、と陸斗は心の中で苦笑いであった。


 彼だけセレナを使って会話の主導権を奪うのは男気に欠ける。

 陸斗はふむと息を吐いて目覚めた瞬間から気になっていた事を聞いてみる。


「なら一つ目、ここは一体どこなんだ? なんか屋内みたいだけど、まだ俺達は奉蘭神社の中にいるのか」


 床は木目調のフローリング。

 体育館を思い浮かべた陸斗だったが、そこまでの広さはない。せいぜい学校の教室より一回り大きいくらいだ。さらに上を見ると天井が平らではなく三角錐のような形を取っているのを確認する。


 キョロキョロと巫女の足の間で情報を取得していく様子が面白いのか、万梨阿はくすくすと笑って、


「もちろんまだ奉蘭神社じゃ。そも、わしはここから出る事ができんからの」


「へえ、巫女風ならしきたりも古そうだな」


「おい今遠回しにわしのとれんどを古そうとか形容せんかったか放り投げるぞよ」


「悪かったよ、言葉の綾だ。正直言って巫女さんに膝枕されんのなんかこれからの人生一度もないだろうから満喫してる。不満なんかないよ」


「憂い憂い」


 頭を優しく撫でられるのは質問ゲームのルールにあっただろうか。

 片目を瞑って頭をなぞられる優しい感覚に身を委ねながら、少年は万梨阿の膝をこつこつノックする。


「はい、じゃあ次は万梨阿の番な」


「うむ。そなたに想い人はおるのかの?」


「ぶふっ!?」


「くっく、これは羨ましい反応じゃのう。もうわしはそんなウブな心情は失ってしまったよ」


「やっやかましい! というか急に何なんだ、修学旅行じゃあるまいし!」


「いやのう、平たく言って暇潰しじゃ。ここはわしのほーむじゃし特に質問なんかもない。そなたの仲間が何をしようとどうでもよい。となればやはり興味の矛先はそなた個人に向くじゃろう」


「……ま、まあそうか」


 言われてみて納得である。

 話題のチョイスも陸斗が気になるとかではなく、とりあえず盛り上がりそうな話題を選んでみましたといった具合か。


「ほれほれそれでどうなのじゃ言ってみよこの巫女に言ってみろ好きな人じゃ想い人じゃ一体どんなヤツなのかえー?」


「鬱陶しいなこの巫女‼」


 神に仕える身にしてこの煩悩ぶりはどうなのか。神社や教会の事情に詳しい訳ではないが、ここまで大っぴらに喰いついてくる女性はいないはずである。


 ともあれ思考開始。

 そして一つの顔が脳裏に浮かんだのを払拭して、少年は顔を横に背けた。後頭部に当たる柔らかい感触を味わうための動きであって、罰が悪いから目を逸らした訳ではない。それはもう絶対に。


「……す、好きな『人』はいない。間違いなく」


「ほほーう?」


「あっはは!? ちょっ、ちょっと待て万梨阿、どうしてっ、うはは、何で脇腹くすぐるんだよ!」


「答えたまではよいが嘘の匂いが混じっておった。だから軽くつつくぐらいに抑えたじゃろう、大袈裟な」


「……、」


「反論がないという事は否定はせん、と。沈黙は肯定と言うが、はてどうじゃろう、案外賢人ほど思考の時間が長かったりするものじゃが」


「次は俺の番な! はい次行きます! ネクストネクスト‼」


 無理にでも話題を逸らす必要があると感じたのは、陸斗の顔が熱くなり始めていたからだろう。

 万梨阿の手が頭から額へと下がってくる。


「カタリナが吹っ飛ぶのは見たよ。あれをお前がやったのか分からない。でもメアリーまで行動不能な雰囲気だった。あれは?」


「ふうむ、くすぐられてもよいが、引っ掻き回し役の担当希望としては答えた方がよいかもしれんのう」


 実は答えても答えなくても陸斗にはご褒美が待っているのだが、ここは果たして天国なのか。

 額に当たる掌の感触がズレる。耳をなぞられ始めてからは一生このままでも良いのではないだろうかという気がしてくる。しかも薄暗いのがネックだ。随分とイケない事をしているような錯覚を与えてくる。


「運というものがある訳じゃが」


「あん? 運命とかよりも運勢みたいなニュアンスか?」


「如何にも」


 巫女の少女・万梨阿は蕩けた瞳の陸斗の目の前で人差し指を振って教師みたいに話を続ける。


「じゃがあれは所詮、物理的法則に過ぎん。ただの現象じゃよ。それを受け取る側が程度を判断しておるだけの話。ここまではよいかの」


「ああ」


「ならその物理法則を全て計算できたらこの世の情報を丸ごと把握できる。知っておるかどうかは分からんがこういう事を……」


「ラプラスの悪魔ってヤツだろ。でもあれは思考実験であって現実に持ち込むような話じゃないはずだ」


「憂い憂い」


 万梨阿の手は、耳からさらに首元へ。

 犬でも撫で回すように指先でコロコロと皮膚の表面をいじくられる。


「確かにらぷらすの悪魔のような、組成一つ一つを紐解き起こり得る現象を把握するのは困難、というより不可能じゃ。人間の脳やすぱこんにも演算は無理なのじゃよ、容量も計算速度も足りなさ過ぎる」


「もし時間を掛けて全ての情報を得たとしても、きっと全てを把握できるのなんて一瞬だ。次の瞬間には過去に変わってる」


「……ふむう、これぞ会話じゃのう。無駄を省き共通認識の下で情報の更新が進む。素晴らしい」


「その一言で本筋から逸れるよ」


「はは、すまんすまん」


 無駄を省きつつ、万梨阿は自ら無駄を放り込む事で対話の楽しみを得ているようだった。


「では陸斗、逆の発想のしてみてはどうかの」


「逆?」


「運は理解できん、事態も把握できん。じゃがどうしても思い通りに事を進めたい。さて、そなたならどうすればよいか分かるかえ」


「……、」


 脳幹を揺さぶられるような何かがあった。

 ピリピリと脳の中身が麻痺するようなその感覚に、陸斗は戦慄していた。


「……、まさか」


「じゃよ」


「まさかお前が操る側に回ったっていうのか、万梨阿!?」


「うむ。こんな風に。な☆」


 直後だった。

 バヅンッッッ‼‼‼ と、再び脳の回路が遮断される音が聞こえた。







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