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Artificial Intelligence War  作者: 東雲 良
第一章 初めましてに至る道のり
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パンドラの箱に続く道




 スマートフォンに表示されたマップ。

 そこに立つ一本のピンと結城陸斗の現在地のポイントが重なる。


 そう、目的地に到着したのだ。

 上にあるはずのテーマパークを見上げながら、陸斗は大きく息を吐く。


「何とか辿り着けたな……」

『わたくしの功績です。えっへん』


 もうセレナに何かを言い返す気も起きなかった。


 それにこの真っ暗闇の中で方向感覚を失わなかったのは、やはりセレナの恩恵なのだ。陸斗がマップと睨めっこしただけではトンネルがテーマパークに向いている事も、その脱出にプールの水圧ポンプを利用できる事も分からなかっただろう。

 そして今までは一本道だったトンネルにも分かれ道がちらほらと出てきた。今も先を見渡せば、分かるだけで三本の分かれ道が見える。


「とにかく上だ。この梯子を上れば良いのか?」


 ここに来るまでにトンネル空間にいくつか上に続く梯子や横道はあった。

 近くにあったその梯子の一つに軽く指先で触れながら、スマホに確認を取る陸斗。


「セレナ。テーマパークのイントラネットから警報を出せ」

『すでにそのタスクは完了済みです。リアクションを待っているのですが、どうも水圧ポンプの音が小さ過ぎます』

「音が小さい? おい、最初から壊れてましたとかいう間抜けな結果には終わらないだろう な……?」

『正常に稼働しています。警備員や職員も気付いている気配あり。警報に対応するためにマニュアル通りに動いています。しかしその音がボスの持つスマホに届かなさ過ぎだと言っているのです』

「……?」


 セレナのその言葉に、結城陸斗は梯子に上ろうとする動きを止める。


「じゃあプールとここの座標の位置がズレていないか? 距離が離れているから水圧ポンプの音が聞こえないのかも」

『いいえボス。GPSの座標は綺麗に重なっています』

「ならきっと水圧ポンプが動きを止めたんだろう。もうすぐしたら職員が駆けつけて音が聞こえてくるんじゃないか?」

『それでしたら……ジジ! よろ……ジジガしザザザのジジジで……ザジガガ!』

「セレナ。どうした、セレナ?」


 唐突にスマホから響く人工音声が雑音で埋め尽くされる。

 電波のアンテナを見てみると、先ほどまで全部立っていたそれが全て死んでいた。


(……単なる電波不良か?)


 普段ならそれで納得しただろう。


 だが意味不明な出来事に続いて、急な電波不良。疑心暗鬼に陥るのも無理のない状態だった。

 思わずあの三メートル越えの猛獣や猛禽類、列車(?)みたいな物体の高速通過に身構える少年だったが、しかし事態は急速に回復した。


 三秒後には、スマホのスピーカーから何事もなかったかのように人工音声が飛んできたのだ。


『ボス』

「……良かった。急に一人にするなよ、泣きそうになるだろ」

『それは失礼、考えが及びませんでした』

「セレナをソフト化して電波が遮断されてもしゃべれるようにインストールする事を今決意した」

『大変素敵なアイディアです。これでいつでも一緒ですね』


 と、陸斗の不安も知らずにそんな風に言ったセレナがこんな風に切り出した。


『ボス。先ほどの電波不良ですが』

「ああ。怖かったぞ」

『ご安心を。もうわたくしが着いています』

「それで?」

『地下空間の特性による電波不良ではなく、通信に割り込むための障害電波が放たれているのを感知しました。ようは妨害電波です』

「……うん?」

『ジャミング、という訳です。こちらはボスの専門なので説明は必要ないでしょう』


 つまり、誰かと誰かに連絡を取らせないためのサイバー攻撃があった、という事だ。

 この場合の誰かと誰かとは、陸斗とセレナになる。


「妨害工作があった時、セレナシステムには方式の解析をデフォルト設定していたはずだ。解析できてるか?」

『ええボス。アクティブ方式のノイズジャミングです。最も単純な妨害工作と言えるでしょう。しかもどこかのサーバーを経由したものではなさそうです』

「対抗信号を作成しろ。二度とセレナとの通信を妨害されないように」

『すでに完了しています。広帯域ノイズを使用したジャミングでしたが、現在は放たれていません。そしてボス、一つ気になる事が』

「言ってみろ」

『これはデジタル的なサイバー攻撃ではなく、強い電波を放射するだけの比較的アナログなジャミングです。こちらは位置情報を相手に知らせる危険な妨害行為となります。つまり……やはりこれはただの仮説なのですが』

「?」

『位置情報を知らせたい理由がある。……つまり、SOS信号である可能性があります』


 思わず息を呑む陸斗に、セレナがこう続ける。


『もちろんただの妨害工作である可能性は否定できません。むしろそちらの可能性の方が高い。しかし、妨害電波の基本である距離欺瞞や方位欺瞞すら行われていません。喧嘩を売るにしては随分と雑な印象を受けます』

「まるで見つけてくれとでも言わんばかりに?」

『ええボス』


 わずかに考えた。

 妨害電波自体が陸斗に向かって放たれていない可能性もある。しかも助けを求めているのが正解とすれば、そいつは一体何から助けを求めているのか。それ相応の危険とそいつは対峙していると見て良いだろう。


「……あの、化け物、か……?」


 やはり目下思い当たるのは、あのウロコまみれのどっぶりとした死骸と猛禽類の群れだ。そして、もしあれに襲われているのであれば、残念ながら陸斗に打つ手はない。


 そう。

 妨害電波の発信源に向かうのならば、それなり以上の覚悟をして向かわなければならないのだ。


「……セレナ。どうするのがベストだ? お前の考えが聞きたい」

『わたくしはボスの秘書プログラムです。ボスの設定したシステム上、SOS信号であるという事実を申し上げない訳には参りませんでしたが、わたくし個人の意見としましては、絶対に向かって欲しくはありません』

「回りくどいな」

『説明責任を果たしているのです』

「俺が心配って素直に言えば良いのに」

『失礼、わざわざ言う必要がありましたか?』


 スマートフォンを見つめる。

 画面にはもう一つ、ピンが新たに追加されていた。おそらく妨害電波が発信されていた位置情報だろう。


 視線を移動させ、目の前の梯子を見やる。

 ゴールに続く梯子と、さらにトンネルの奥に進むルート。

 少し考え、思い切り舌打ちしてから頭を掻いてこう言った。


「くそっ! 本気でヤバくなったら全力で逃げてやる‼」

『このお人好しめ、と罵倒する事をお許しください』


 方針を変更する。

 ゴールを目の前にして脇道に逸れるもどかしさはあったが、それでも全てを無視して脱出するのも寝覚めが悪そうだった。


「……セレナ。ナビを頼む」

『オーダーを承認』


 五インチの画面からマップアプリが消えて、代わりにカメラモードが起動する。

 フラッシュライトに照らされた空間を撮影しながら、セレナはAR方式で画面に矢印を重ねていく。

 そちらに向かって静かに歩を進める結城陸斗は、スマホに小さくささやく。


「……ポイントまでの距離は?」

『三〇〇メートルもありません。トンネルの反響を考えると、もう声を出さない方が良いかもしれません』

「画面の端に距離を出せ」

『ええボス』


 陸斗が歩くたびに『二九五m』と表示されたカウントが減っていく。

 危機が徐々に近づいている。


 歩く。

 歩く。

 歩き続ける。


 そして、変化があった。

 そう、トンネルの奥から。


(……光?)


 トンネルのような空間の奥からわずかに溢れ出す、赤みがかった光に結城陸斗は眉をひそめる。

 スマホの距離カウントは、すでに『三m』を刻んでいた。


 もはや警戒心はマックスだ。

 急にトンネルの奥に体を出す事はせずに、まるでターゲットを尾行する探偵みたいに顔だけを出して光源を観察する。淡い赤色の光に彩られた床の上には、大量の機材や機械が散乱していた。


 セレナに駄目だと言われたのに、その光景に少年は思わず声を出してしまっていた。


「これか……?」


 黒い空間の中、影から体を出して、思わず陸斗は首を傾げてボソリと呟いた。

 彼の目の前には透明な材質でできた円柱があった。大きな建物を支える太い柱のようなそれは、空間の中央に設置されていた。


 しかし、今少年が注目しているのはもっと別のものだ。


「あったぞ、セレナ」

『これなら何とかなりそうですね、ボス』


 スマホのレンズから陸斗と同じ光景を眺めているセレナが、そんな風に言ったのには理由がある。

 透明な液体が詰め込まれているガラスのような材質でできた円柱の中には、服らしい服を着ていない少女がたゆたっていたのだ。


 少女の形をしたロングヘアの誰か。しかも人間とはかけ離れたような印象を与えてくる、飛び抜けた美少女。髪の毛やガラスケースの光の反射がなければ、そのまま鮮明に全身を見られてしまいそうだった。

 やや視線よりも高い位置で水の中に浮かぶその白い肌の少女に、スマートフォンを持った陸斗はそっとささやく。


「……生きてるのか?」

『生命活動の信号は感じられません。ただ、強い電磁波を感知しています。これ以上の情報は専用の調査機器がなければ取得できません』

「セレナ。このケース開けられるか?」

『オーダーを承認』


 スマホからセレナの人工音声が響く。

 直後に空気が抜けるような音と共に、ガラスの円柱が左右に開く。

 中に詰まっていた液体は全て周囲に溢れ出し、陸斗の立っている地面にまで届く。そして当然、液体による浮力の恩恵が受けられなくなった少女は沈むように地に落ちる。


「……さあて。パンドラの箱を開けたは良いが、今さら不安になってきたぞ」

『心拍数の上昇を確認。どうやら美少女を見てドキドキしている訳ではなさそうです。今からでも最適な逃走ルートを検索しますか、ボス?』

「いいや、様子見だ。蛇が出たか鬼が出たか、見極めてからでも少なくない」


 もぞもぞと、小さく蠢くような音があった。

 そう、音。先ほどまでガラスケースの円柱の中で眠るように活動を停止させていた、白いロングヘアの少女がもぞりと動いたのだ。


 陸斗がスマホを不必要に強く握り、腰を落として構えを取る中。

 その少女は、少年に向けてこう告げた。





「……にゃあ。ご主人様、いっぱいわたしを可愛がってほしいにゃあ」





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