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Artificial Intelligence War  作者: 東雲 良
第二章 謎の事態を明白に
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高くつく乗車賃





『最寄りの駅に到着しました、ボス』



 地図アプリを表示させながらそんな風に言うスマートフォンを見つめて、結城陸斗は素直な意見を口にした。


「お前がいたらカーナビって絶対に必要ないよな」


『それどころかボスが完全自動運転の車を購入していただければ、快適なドライブを実現してみせますが』


「オートドライブ車は高過ぎるよ」


 そんな事を言い合いながらも改札口に到着。



 そう、到着してしまったのだった。

 両手に花の状態の陸斗に柄の悪い五、六人の中学生が珍獣でも見るような目を向けてくるが隣のカタリナの眼帯を見て全員が視線を外していた。


 右の花は言う。


「ああいう連中は視線を交わす価値もないな。世界があいつらのような人間で埋め尽くされていれば躊躇なく世界破滅プロトコルを進めたというのに」


「その発言にどれだけの価値があると思ってやがるゾンビ」


「少なくとも群れる事が力だと思っているようなあいつらの一〇〇倍程度は」


 軽口にまともに返してきたのを聞いて、陸斗は一度会話を中断する事にした。

 彼女には彼女の考え方と価値観がある。地下の空間と特殊な経験によって形成された思考回路に陸斗が正面からぶつかっても、特に良い事はない。


 なのでディープなところよりもこんな風に対話を進める。


「カタリナ、駅では切符を買わなきゃいけないんだけど」


「ああ」


「さーて才色兼備なカタリナさんはもちろん切符の買い方くらいかるぅーくマスターしているに決まっている訳だけどきちんと課題は達成できるかなー?」


「ばっ、馬鹿にするな‼ 私はこれでも見た目年齢以上に大人なのだぞ‼」


 と堂々と言い張ったは良いが、陸斗の認識で物を言うのが許されるのであればカタリナの頬がちょっと赤い。わずかな焦りが見て取れたので、切符をきちんと買えるかどうかは怪しいところだ。


 その様子を見ていた左の花が軽く挙手した。


「陸斗、あまりカタリナをいじめてはいけませんよ」


「分かってるよメアリー、助け船は出すつもりだ」


 知識はあっても、メアリーやカタリナは地上の世界は初めて尽くしだ。

 ハンバーガー屋に初めて行く人にセットやドリンクの頼み方を懇切丁寧に教えてもやはりどこか店員との会話がちぐはぐになるのと同じように、知識として理解があるのと経験として理解しているのとでは話が違う。


 改札の前にある販売機にズンズン近づいて、そして固まる眼帯に白衣のカタリナ=グラフィック。

 財布を取り出し、機械を眺め、小銭を手の中で転がし、液晶画面に軽く触れ、ややあって一〇〇円玉を投入する前に財布をポケットにしまってこう言った。


「……とりあえずこのマシンぶっ壊したら中からたっぷりチケットが出てくるんだよな?」


「とりあえずが最短ルートから遠回りしてんだよ‼ ほら諦めるな、それほど難しくない。行く駅は西花宮駅だ。上の路線図を見て金額を知るんだよ」


「ああん? ……おい、こんなクソパズルを通学通勤の人間は読み解いて通ってるってのか? 私よりも知能が高いんじゃないのか」


「通勤通学だと道を覚えてしまってる訳だから逆に読む機会が少ないだろうけどね」


「にしはな、西花駅……」


「俺はもう発見した」


「私もです、陸斗」


「ええいうるさいぞ! そもそもこうすりゃあ良いんだ‼」


 言うが早いが千円札を販売機に突っ込み、一〇〇〇円分の切符を買ってしまう。


 ちなみに西花駅までは五二〇円である。


「過剰料金に関する違法性は特になかったはずだ。公共交通機関に多めに金を落としてやろう」


「お前は武器か金でしか物事を解決できないのか!?」


「ふっ、根本的な問題に焦点を当てろよ。それらを手に入れるための頭脳が素晴らしいという話だよ。さ、行こうか」


 悪びれる様子など特にないようだった。

 カタリナが改札に向かうのを見て慌てて陸斗はカタリナにストップをかけた。メアリーの分の切符を買っていなかったのだ。


 陸斗が販売機に千円札を入れている間に、隣の販売機ではお婆さんが目的地までの切符を買っていた。一連の光景を見送っていたカタリナが感心したような声を出す。


「……アルツハイマーが始まってそうな年齢でもほんとにあのパズルみたいな路線図を読み取れるのか。あらゆる分野の知識を詰め込んで来たが、やはり人間というのは不可思議なものだな」


 サラッと失礼と称賛を同時に口にしたサイバー兵器装備少女。


 改札口に一足先に向かう婆さんを見送ってから陸斗の方へと目をやると、なぜだか彼は切符を一枚だけしか買っていなかった。


 メアリーに五二〇円の切符を渡している少年に、カタリナは眉をつり上げながら、


「ガキ、君の分は? まさか秘書のパワーを使って無賃乗車というハラか?」


「だからどうしてそう物騒な発想しかできないんだ……?」


 呆れ顔の陸斗は財布を取り出して、


「俺は交通系のICカード持ってるんだよ。いくらかチャージされているから大丈夫なはずだ」


「ほう?」


 そしてカタリナの右足、その膝の辺りがガバリと開いた。

 蕾が開花した花のようなそれが、青白い光を伴う。

 何の脈絡もなかった。


警報(アラート)。ガチで狙いを定めているようです。頭を左に振ってください』


「うおああっ!?」


 駅の監視カメラからでも状況が伝わっていたのか、ポケットからなかなか大き目なボリュームで警報が響く。


 だがカタリナのサイボーグ兵器が起動した驚きの方が強い。

 横断歩道を歩いている最中に目の前いっぱいにトラックのバンパーが広がった時のように、全身が硬直する。行動が止まる。生きるために必要な事はトラックの軌道から外れる事なのにそこに留まってしまう。

 が、


「陸斗」


「わっぷ!?」


 切符を渡された時にしれっと手を握ろうとしていたメアリーがそのまま少年を自分の方へ引っ張ったのだ。

 髪の毛よりも細い高温のアーク光線が数瞬前まで陸斗の頭があった場所を通過していく。他人に被害が出ないように角度を調節していたのか、下から上へ向かうレーザー光線みたいなそれは最後に天井に焼き付いた。


 じゅっ‼ という短い音が響き、陸斗の背筋にぞわりとした寒気が走る。


 抗議があった。

「何すんだ!?」


「陸斗が怪我したらどうするのですかカタリナ」


「ICカードとやらを買うのが一番の近道じゃねえか。どうして私に切符を買わせたか述べてみろ」


「まさかのそこ!? キレるポイントが分からない‼」


 ひょっとすれば勧められて買わされたお菓子の味が気に入らなければ店員を殺すのかもしれない。

 陸斗はガクガク震えながらメアリーの腰に抱き着きながら、


「だからって俺の脳天ブチ抜こうとしなくても良くない!?」


「軽く火傷するくらいの攻撃だぞ、慌て過ぎだ」


「本当に? 天井が焼け焦げているけれども」


「一生消えない傷くらいは残るかもしれんが別に良いだろう?」


「何が良いのか具体的に挙げてみろ」


「死ぬ訳じゃないだろう、生きていれば望みはある」


「もうお前が死ねよ」


「何だおかわりを所望か?」


「すみませんっ、ここで戦争は勘弁してくださいっ‼」


 常識人が狂人に泣き寝入りなんて何だか物凄く悔しいが、何度か死を眼前に突き付けられた者にとってはぶっ殺されるよりはマシというものなのだった。


(ダメだ……)


 メアリーに抱き締められながら、少年は心の中で強く嘆く。


(まだ改札も潜ってないのに何だこの疲労度。駅につくのがゴールじゃないんだぞ、そこから奉蘭神社に向かって僧侶と衝突してあの意味不明な攻撃の謎の解明までしなきゃならないんだぞ。くっそ、せめて命の残機が一〇個ほど欲しいっ‼)


「陸斗」


「……なにメアリー。俺はもう帰りたいんだけど」


「それより早く行きましょう。改札を潜って電車に乗るのです。楽しい遠足です、ふふん」


「もう好きにしてくれ……」


 帰りたいと言っている相手のケアなどする事なく先を急ごうと告げるその機械の心。


 何だか本格的にふて寝したくなってきた。

 それでもメアリーのとんでもない膂力でズルズル引きずられて自動改札をパスしてしまう。エスカレーターを使って駅のホームへと向かうと嫌な予感がした。


 スマートフォン越しにセレナが言う。


注意(コーション)。売店からミストラブルメーカーお二人の気を逸らしてください。きっと駅弁に喰いつきます』


「ああ、そしてその一言で二人の意識が完全に売店に飛んじまったよちくしょう」


 白い髪の少女と金髪セミロングな少女が駅の売店へと突進していく。

 スーツケースよりも手軽な扱いをされたままの陸斗も同じく売店へ。コンクリートの地面に尻をつけながら、雑に積まれた雑誌にもたれかかって死にかけの目をした理系高校生は言う。


「……財布をホームに放り捨てたら諦めてくれるんだろうか」


「ノー。食事の後に本格的なお弁当を買うつもりはありませんので、そんな事をする必要もありません」


「だったら何を買うんだよ」


「はい陸斗。お菓子とジュース、他にものど飴などがありますね。甘い物が欲しければ一口サイズのケーキもあるようですね」


「おつまみ感覚で遠足を楽しみたいのは分かった。でも匂いのするものとスナック菓子みたいに食べカスが出るのはなしだ。他人様に迷惑をかけるのはNGな」


「はい陸斗。では一口サイズのケーキとプチシュークリームなどで構いませんね」


「別に夕食の後にデザートが欲しいってタイプじゃないんだけどな、俺は」


「しかし食後のコーヒーはお好きですよね。買っておきましょう」


「……何で俺の好きな缶コーヒーのメーカーを把握してんだ」


 メアリーがブレンドコーヒーの缶を手に取っているのを見て、嬉しいような呆れるような顔になる陸斗。そしてカタリナ=グラフィックがしれっとチョコレートバーと果物のミックスジュースを追加で会計カウンターに置いているのを彼は見逃さなかった。


 不安になった彼はパチンと指を鳴らす。


「セレナ。計算」


『ええボス。合計で一五五〇円です』


「まあ許容範囲か。駅弁をしこたま買わされる流れじゃなくて良かった……」


「ああん? クソガキに奢られる趣味はないぞ」


 と言ったカタリナは陸斗が見た事のないピカピカなクレジットカードをカウンターの中の店員に渡してしまう。


 ハッキングでも強盗でもなく、普通に大人の手段で会計を済ませてから商品を手に入れてしまう。


「あの、カタリ……」


「気にするな、君も秘書を使って金を稼ぐ事は可能なんだろうが、性格上汚い事はしないのだろう? だったらこの辺りは年上に甘える事を覚えろよ」


「お礼は言うよ、ありがとう。ただお金でしか胸を張れないような大人になったら大変だぞって忠告させてくれ」


「その辺りは勉強中さ。……君は年齢の割りに大人過ぎる。力を抜けって話だよ」


 陸斗の軽口にも取り合わず、商品を入れたレジ袋を指先に引っかけるカタリナ。

 どうやら本格的な忠告をされたのはスマートフォンを握る少年の方だったらしい。


『ボス。まもなく電車が到着します。いつまで地面に腰を下ろしているおつもりですか』


「セレナくらい俺の味方をしてくれよ」


 告げてから、両の足に力を込める。

 自力で立ち上がり、駅のホームで奉蘭神社に向かうための電車を待つ。

 空気を押し退ける凄まじい勢いで電車がやってくる。目の前でそれは停止し、扉が開く。


「白線の内側にいるんだから、俺を守るみたいに腕に抱き着く必要はないんじゃないか」


「陸斗が風に吹き飛ばされそうな気がしまして」


 頭が重い。

 気持ちだけではなく足取りさえも。

 この電車に乗ってしまえば、きっと後戻りはできない。


「陸斗?」


 隣のメアリーが不思議そうな声色で問いかけてくる。

 カタリナは陸斗の心の中でも見透かしているかのような目を向けてくる。隻眼でも地下で鍛えられたその眼光は衰えない。


 一度目を瞑り、もう一度開く。


 やがて。

 決断するようにこう返した。




「……ああ、今行くよ」





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