常識
目的地は奉蘭神社。
両隣にメアリーとカタリナが立っているのを見るが、彼女達は何だか朝昼よりも夜の方が似合うイメージだった。
実際、メンバーに不安はない。
いずれも高火力。片方はサイボーグ兵器を持ち、もう片方は陸斗同様、他の追随を許さないデジタルマスターであり、さらに身体能力もズバ抜けている。さらにさらにセミロングのカタリナもロングヘアのメアリーもその髪の毛が凶器へと変じる心強い味方だ。
だというのに、まさかの交通手段が問題になった。
『目的地までは三五キロメートルです、ボス』
「歩きや自転車じゃ無理だよな、セレナ」
『ええボス。わずかに高低差もあるため徒歩では四時間を超えます』
「バスは?」
『辿り着けない事もありませんし現実味もない訳ではありませんが、乗り換えの回数が多いです。やはり電車の方が効率はよろしいかと』
「タクシーだとどれくらい掛かる?」
『ええボス。おおよそ一万円といったところかと』
「俺の口座残高を表示」
『オーダーを承認。こちらになります』
「……くっそう、やっぱり南の島に旅行に出かけたのが痛いなあ。今一万円も失ったら今月かなり厳しいぞ」
『数字をいじくって宝くじの当選番号を意図してゲットしまう事も不可能ではありません。オーダーがあればすぐにでも』
「黙れサイバー犯罪予備軍。セレナはそういう時のために作ったんじゃない」
『それよりも、ボス。最適解は電車であるという結論が出ているのにも拘らず、なぜ他の手段を取ろうとなさっているのですか?』
答えは簡単なのだった。
陸斗を挟んで行われる、メアリーとカタリナの会話を聞いてみれば分かる。
「いやあ、電車って乗った事なかったんだよな。なかなか楽しみだ、ほら駅はどっちだクソガキ早く案内しろ(ウキウキ)」
「私も乗った事がありませんから楽しみです。近くの駅には蒸気機関車とかもあるのでしょうか(ワクワク)」
「なにっ、そんなレトロな文明がまだ廃れていなかったというのか⁉ やるなニッポン、正直ピラミッドや遺跡を保存する精神は理解に苦しむが、レトロテックの温故知新ならば好感が持てるなっ!(そわそわ)」
「はいカタリナ。それに私は駅弁というものも食べてみたいです。正直食事は一切必要としないのですがインストールデータには窓から景色を眺めながらのお弁当が至高だとあるのです(ふわふわ)」
「……世の中のお母さんってすごいなあ」
もはや子守り感覚なのだった。
というか全体的に面倒臭い。
まるでいきなり遠足に行きますよと言い渡された幼稚園児だ。もう世間知らずに極みが掛かっている。
メアリーに関しては電車と新幹線の区別がついていない。ほんとにこいつセレナのAIを凌駕するほどの知能があるのか。
『確かミスメアリーのインストールデータとやらには妙な偏りがあったはずです。やや常識から外れている印象を受けるのは仕方がないのかもしれません』
「仕方がないで他人に迷惑をかける訳にはいかないぞ。切符の買い方も分からない子どもならともかく、今は見た目が女子高生並みの子が座席の上に立っただけでSNSが荒れる時代なんだ」
『ええボス。それを含めてボスが保護者という訳です』
「見た目はメアリーの方がお姉さんだっつってんだろ」
「はい陸斗。私の方がお姉さんです。だから早く行きましょうよう」
「ああっ、都合の良いトコだけ部分的に切り取られたっ!?」
そしてとんでもない膂力で駅の方へと引きずられていく結城陸斗。
この流れ、もう問答無用で電車に放り込まれる流れである。
背後から五〇年以上生きているとは思えない熱量のウキウキ感と共にやってくる金髪セミロングな白衣ドレス少女に必死でお願いしてみる。
「かたっ、カタリナ! タクシーはすっごく快適だぞ! 何なら俺が助手席でも構わないっ! 料金は六:四で良いからお前も出してくれないかなんかさっきしれっとお金持ちです発言していただろっっっ‼」
「この流れでむしろ私がそれアリだなと首を縦に振るとでも思うのか。ロータリーとやらも見てみたいがそちらに駆け込んでタクシーの中に籠城でもしてみろ、片っ端から車両を壊滅させていくくらいのヤる気はあるぞ」
「お前そろそろ丸くなれよ、一度世界破滅させかけてんだ笑えないだろ‼」
「とにかくタクシーはなしだ、車なんぞいつでも乗れる」
「電車もいつでも乗れるんだ! ほらもう解釈に誤解があるじゃないか、もっとよく話し合おがヴぁう!?」
後ろから着いてくる少女に肩越しに話しかけていたため、前を向いていなかった陸斗が完全に小石に躓いてメアリーの背中に顔を突っ込む羽目になる馬鹿野郎。
一方のメアリーは罪の意識でも感じたのか、振り返ってからコケそうになっていた陸斗の頭に手を乗せつつ、
「マナーがなっていませんね陸斗。歩く時はポケットに手を入れずに前を見る。これは常識です」
「急にお姉さん面するのは構わないが今常識の話を持ち出したのを俺は忘れないからな。見てろ、一〇分後にお前達は電車内で大騒ぎして俺の目と顔は真っ白になってる‼」
『ボス。人間に予知能力はありません。わたくしを使わずに謎の断言をすると痛い目を見るのはボスなのではと』
「演算云々の話を持ち出すならここからタクシーに乗る方法を計算しろ‼」
『オーダーを承認。主にミスカタリナのわがままのせいで三回ほど死ぬかもしれませんが構いませんね?』
「構うわ‼ まず命は一人一つだってパラメータに入力し直せ‼」
そして着実に駅に近づきながらも、結城陸斗は意識の水面下でどうにか最悪を回避するための計算を進めていたのだろう。
重たい頭が一瞬だけ軽くなる錯覚があった。
「はっ、そうだ!」
『ええボス』
「はい陸斗。何ですか」
「さっさと言えクソガキ」
「全員揃って反応されても俺だってリアクションに困るんだよ! そうじゃなくて!」
思いついた事を言ってやる。
そう、まさに天才的頭脳が妙案を捻り出した。針の穴を通すような名案なのだった。
「何度か体験したメアリーのワイヤーを使った振り子式の移動法! ちょっと怖いけどアレがあるじゃん、アレで奉蘭神社まで向かおうよ!」
「「『常識の定義とは?』」」




