方針の確定
「一匹狼という訳ではなく、組織的な犯行か?」
カタリナが問いかけてくるが、セレナも陸斗も何も言えなかった。
情報が足りない。
遠距離から、しかもデジタルデバイスに頼って情報収集をしているためどこか情報がふわふわしているような印象を受ける。
確実な情報なのだが決定打に欠けるというか、とにかく結論を出すのが躊躇われる。
「まあ正直、重要なのはそこではないがな」
「確かに」
コクリと頷くと同時、カタリナの持つガラスの端末に映し出されていた映像が変わる。
それは陸斗の学校の映像だ。
さらに正確に表現するならば、本日の放課後の監視カメラ映像だった。映像はいくつかのカテゴリに分けられており、僧侶を捉えた角度で分類されているらしい。
他にも陸斗のスマートフォンで直接撮影した映像が含まれている。
いずれもあの襲撃者・僧侶が映り込んでいる。
フォーカスを当てている部分は、あの不可思議な攻撃手段だ。
校門前で警備員を昏倒させたシーン、マップを眺めながら四台のパトカーを叩き潰したシーン、ピッチングマシンの軟球ボールを一瞥もせずに弾いたシーン、家庭科室に侵入してから窓ガラス越しに陸斗を吹っ飛ばしたシーン、最後に襲撃の秘密だと踏んでいた警策を奪われて、なお攻撃を続けられた映像……。
「……やられっ放しで腹立つが、ここから逆転の取っ掛かりを摑もうか。セレナ、何か情報は?」
『ええボス。必ず借りは返しましょう。監視カメラ映像では荒過ぎて何が何だか状態でしたが、ボスのスマートフォンで捉えた映像にて情報が更新できました』
「ついでに学校側に監視カメラの交換を要請しろ。資金の点で渋られたらカメラを故障させて最新型に代えさせても良いぞ」
『オーダーを承認』
いつの間にかクッキーの強奪を成功させていたカタリナが心底呆れた顔をしていた。
彼女はクッキーの袋が開かないのに苛立って、ついには右腕のサイボーグ兵器を起動させて鋭い部分で切り裂きながら、
「おい、学校というものに通った事はないがそんなに好き勝手して良いものなのか」
「安全のための投資なら構わないだろ。それに教師陣の面倒なタスクのほとんどはセレナが担ってるんだ。そのお礼は少しもらったって良いはずだ」
ため息と共にやはり呆れた様子を見せるカタリナ。
どうやら生産性の低い事はやめてクッキーを口にする事を選択したらしい。
一方の陸斗は食欲なんざある訳がないのだった。
それにしても体が凝る。睡眠をまともに取れてない上に、インドア派の理系高校生が学校の敷地内でガチの鬼ごっこを繰り広げたのだ。しかも鬼に捕まって二度ほど死にかけている。
椅子の上で軽い体操を始めると、カタリナの手の中のガラスから不満の色が混じった人工音声が聞こえてくる。
『ボス』
「ほったらかしにして悪いな。続けてくれ」
『ええボス。スプリンクラーの水が僧侶・如月に直撃したのを覚えていらっしゃるでしょうか』
「ああ」
『ピッチングマシンのボールは当たらないのに、スプリンクラーの水は迎撃できない。しかしスプリンクラーの水の一部が弾かれているのを確認しました』
「……つまり、小さな範囲だけ迎撃している?」
『それもスプリンクラーの水鉄砲、その一部しか迎撃できないほど極小の攻撃範囲です。おそらく砂粒程度の大きさではないかと演算結果が出ていますが、詳細な情報は絞り切れていません』
「どれだけ速くても一五〇キロの軟球を弾くなら砂粒くらいの迎撃じゃ間に合わないはずだ。質量で負けて僧侶にヒットしたはず」
『ええボス。ですから詳細が割り切れません。解析のための攻撃であるピッチングマシンのボールが知りたい情報の陰になってしまっています。どれも映像に映っていません』
「……はあ」
テーブルは四人掛けだ。
陸斗は隣の椅子に片足を置いて股関節を伸ばしながら、
「一五〇キロの軟球よりも水鉄砲の方が効果的って訳か」
「まさかの水か。これはもう海にでも沈めてやるしかないのではないか」
「俺の学校をどうするつもりだ。流石にセレナでもできないよ」
『かっちーん、ですボス。わたくしも不可能と言われてええそうですと頷く訳には参りません。ただ今より海水はともかく学校をどうにかして水浸しにするためのシミュレーションを開始し』
「なくて良い! 無駄な事に演算スペースを割くなっ、変なトコでムキになるんじゃない!」
とかやっていると、ろくに逆転の取っ掛かりも摑めないままメアリーが料理をテーブルの方に持ってきた。
大皿が六つ。
どれだけベテランのウエイターでも分けて持ってくるはずの皿の枚数であったが、摩訶不思議なアンドロイド少女ならば話は変わってくる。
両手に一つずつ、さらに白い髪の毛をお盆の形に変えてそこに残り四つの皿を乗せてメアリーはこちらに歩いて来る。
「話はどこまで進みましたか、陸斗」
「雑技団みたいになってるよ、メアリー」
「ヤツの攻撃手段はやはり謎のままという事ですね」
「聞いてたのに何で質問してきたんだよ」
「会話は良き関係の構築に不可欠です。ですよねカタリナ」
「五〇年ほど誰とも会話ができなかった私にその確認を取る辺り、喧嘩を売られていると思って良いのかなっと」
「しれっと俺の家でサイボーグ兵器を起動させるの永遠に禁止な」
ガタゴトと次々に大皿がテーブルに並べられていく。
食べかけのクッキーを回収したメアリーに、カタリナが遊んでいたオモチャを横取りされた幼子のような声を上げるが皿に盛られた料理を見て感嘆の声を上げる。
「うお、おおお……」
「つーか今カタリナってマンション借りて住んでるんだろ? 普段何食べてるの」
「全て出前かコンビニだ」
「うっわ、不健康が極まってそうだなあ」
「仕方ないだろう、私に料理などという高尚な趣味はない」
「料理をするのが庶民なんだ。高尚の定義どうなってんの」
「それよりもカタリナの資金はどこから出ているのでしょう。市街に近いマンションでもかなり値が張るはずですが」
「クソ親父の財産とリペアテレサの利益は私の口座にも振り込まれているからな。私が地下にいれば一生使う事のなかった口座だ、パスコードを割り出すのに苦労したよ」
そんな事を言いながらいただきます。
ちなみに料理は中華料理だった。
大皿で取り分ける事にかけては、これより相応しい料理もないだろう。メアリーもそれほど量を食べる訳ではないが適当に料理を摘むようだった。
確か地下から出てきてからコーラとかも飲んでいたはずだし、今さら驚く事でもなかったはずである。
「それで陸斗」
「うん?」
チャーハンのエビをカタリナと奪い合いになって、軽く摑み合いにまで発展しそうになっていた陸斗にメアリーが問いかけてくる。
「ここからどうするおつもりですか? やられっ放しのままですが」
「……映像越しとはいえ、メアリーもこの謎の現象を解析できないんだ。セレナも以下略。だったら」
小籠包をレンゲの上で潰すカタリナは、どうやら彼の答えが分かっているようだった。
セレナからの質問がない以上、秘書プログラムも彼の続きを予測しているのだろう。
「ハァ……。みんなの予測のレールに乗ってやるよ、奉蘭神社とやらに乗り込んでどんなゲテモノ技術を使っているか確かめよう」




