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Artificial Intelligence War  作者: 東雲 良
第二章 謎の事態を明白に
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根城を押さえよ




 家に帰ってシャワーを浴びようと浴室に入ると、全裸のカタリナ=グラフィックと鉢合わせたけれど、さてここからの正解ルートなんざ存在するのか?




「……、きっ」

「ストップだカタリナさんっ‼」


 未だに実感が湧かないが、五〇歳ほど年上だったはずなので敬称はつけておく。


 正直、気休め程度の機嫌取りのつもりであった。

 そして右目に赤い宝石を埋め込んだカタリナは、その石と同じくらい顔を真っ赤にしながら叫び声を上げられずにいた。


 理由は単純で、陸斗がバスルームから出ずにそのままカタリナに飛び掛かり絶叫しようとした口を片手で塞いだのだ。


「んむ、んむむむーっっっ‼」


「待てカタリナ落ち着けほんと落ち着いてお願いだから叫び声だけはっ‼」


 ちなみに物凄い近距離であった。

 花恋以外とは女の子と長時間目を合わせるのも恥ずかしがるような理系高校生だったが、ここだけは踏ん張りどころだった。カタリナの目を必死で見つめながら、ぴくりとも目を動かさない。


「見てない、ほんとに見てない、マジなんだ。正直言ってすげえ見てみたかったけど困った事にカタリナの顔しか印象に残らなかったよちくしょう‼」


「もご、まごもご」


「だからこうやってカタリナの目を至近距離から見つめてる以上、カタリナの裸は見てない! まだセクハラじゃないしぶん殴られる筋合いはないって主張したいんだけど認めてくれませんか!?」


「ぷはっ。……君は本当に良い性格をしてるな。浴槽に突入してきた時点でサイボーグ兵器を起動させたって構わないんだが」


「お前は構わないの基準がおかしい」


 それでも裸の女性と見つめ合っているという事実が陸斗の顔をドンドン赤くしていくのだがカタリナから意識を逸らすために別の話題を持ち出す。


「そもそも何で俺の家のバスルームにいるんだよっ!」


「あっ忘れてやがるなクソガキ! 二、三日前に君が遊びに来いと言ったからだろう! 一晩中地下の事とか地上の事とか色々話したい事を話そうとか良い感じの事を言ってきたのは君だからな‼」


「お泊まり感覚!? と、とは言っても家主が帰ってくる前に風呂に入るのはどうなのか!」


「それよりほんとに近距離で私の顔を凝視してきやがるな……。おい、そこの眼帯を取ってくれ」


「? バスタオルじゃなくて眼帯なの?」


「……ああもう、見られたくないんだ。今までは人の目がなかったから良いが、流石にこれを常時晒すのは無理だ」


「勿体ない。綺麗なのに」


「ぶっ!?」


 思わず噴き出しそうになって、慌てて顔を横に逸らすカタリナ。

 至近にいる陸斗に対してエチケットを守ってくれたらしい。


「はい眼帯。必要ないと思うけど」


「……もう分かった、しばらく黙れ」


「じゃあ俺は目を瞑って今から回れ右してバスルームから出て行くから」


「はいはい」


「……後ろから追撃とかしない? 扉から出てホッとした瞬間にドアごとサイボーグ兵器にぶちのめされるとかないよね?」


「やらんやらん。もう馬鹿らしくて殺る気が失せた」


 もうこの際こっそり薄目を開けて全部丸ごと見てやろうかと思春期の悪魔が顔を出したが、実はこの少女のサイボーグ部分はまだまだ未知の部分が多い。もしもセンサーとかついてたら開けていた薄目を焼かれて一生太陽の光とはおさらばだ。


「……ほんとに目を閉じる事にします」


「おい、まずその発言がおかしいぞ。他の選択肢があったみてえじゃねえか」


 カタリナの死ぬほど嫌そうな表情を頂戴してから行動開始。


 回れ右は素早く行う。

 勝手知ったる我が家だ、洗濯機や壁に衝突して転ぶなどのドジは踏まない。

 そのまま扉を開いて廊下に出て、カタリナが服を着て外に出てくるのを待てば良い。

 そして念のために警戒心をマックスにしていたカタリナ=グラフィックは目撃した。



 扉がすうっと開き、そこから例の白いアンドロイドが顔を出したのを。




「……あー」


「なに、どしたのカタリナ。バスタオル取ってくれなら悪いけど自分でやってくれ」


 後ろを向いたあとならば、振り返らないという条件付きではあるが目隠しは必要なかったはずだ。なのに理系高校生の妙な真面目さが裏目に出た。


 目を瞑ったままドンドン近づいていく。

 出口というか、その、地獄の入り口的なポイントに。

 そして女の子の裸というシルエットを見ただけでも大罪だったのだろう。少年に罰が当たった。


 扉を探すために前に伸ばしていた両の掌が、ぽすんっ、という柔らかい少女の胸に正面から接触した。


 結城陸斗も馬鹿ではない。

 もう不運に対する思考回路の連結の速さならば誰にも負けない自信がある。

 目を開けずに彼は言った。


「……アンドロイドだからセーフとかそういう制度があっても


「良い訳がありません」



     2



 あの後、背後のカタリナに助けを求めたのが失敗だった、と機械バカは振り返る。


 助けなんか求めたら目を開けるに決まってんだろうがなのだった。

 フルボッコにされて、昼食の後のハード学生ライフを過ごしてから夕食前の軽い(?)運動に付き合わされてから不憫な子・結城陸斗はリビングのテーブルに突っ伏していた。


 そして結果的にカタリナの全裸は脳裏に残らなかった。見たはずなのに、その後の暴力少女のインパクトが強過ぎて記憶が混濁したらしい。


「……どうして俺の人生って、こんなに疲れるんだろう」


「おい、そういう事を私の前で言うな。過ごした不幸の密度ならば私の右に出る者はいない」


「そういう話じゃないんだ。どうして家の中でこんな理不尽が巻き起こるのかなって神様に疑問を抱いてるんだ」


「神なんざいてたまるか。そんなものがいたら召喚術でも編み出してこの手で殺してる」


「だからどうして逐一そう物騒なのか」


 もうすぐお楽しみの夕食の時間だった。

 向かいに座ったカタリナが本物の馬鹿を見つけたような目で見てくるのが追加でつらい。


 彼女の格好は白衣にドレス。

 リペアテレサに囚われたお姫様も似たような服装をしていたはずだが、やはり姉妹だと趣味嗜好が似通うのだろうか。


「セレナ」


『ボス』


 本日の消費したバッテリーを取り戻すために、スマートフォンやスマートウォッチはテーブルの上で充電中である。


「カタリナがいるなら教えてくれても良いと思うんだ。何のために部屋のセキュリティの低いマンションに技術提供したと思ってるんだ」


『いいえボス。ミスカタリナはセンサーやセキュリティなどを無効化して家に侵入していました。わたくしが感知するのは不可能です』


「ふっ、メアリーが不在の際は私があの地下空間の長を務められるほど、この右目のデバイスと脳は優秀なのだ。セキュリティくらい容易いな」


「家の鍵は普通のアナログ錠なんだけど」


『髪の毛を鍵の形に変形させて開錠したようです。便利なお体ですね、ミスカタリナ』


「疲れを知らん君の体ほどでもないよ、セレナ」


『わたくしも長時間動き続けるとバグを起こす確率が上がります。言語ドライブ系は一日一回の再起動の指示を受けている事ですし』


「セレナ、カタリナに情報を流し過ぎるな。こいつはきっと何か良からぬ事を企むタイプの科学者だ」


「失礼な。探求心と好奇心による奇行は科学者に付き物だというのに」


「すでに度を超してる事に気付こうか」


 ちなみに夕食はメアリーが洋食を作ってくれている。

 キッチンで最適な動きを実現するアンドロイド少女を横目で見ていると、カタリナがポツリと言う。


「……まるで近未来の家事ロボットだな。買ったら四、五〇〇万くらいはしそうだ」


「その辺りの会話は朝に終わったよ」


「?」


 夕食が待ち遠しいのか、テーブルの下で足をパタパタさせているらしいカタリナの足が対面に座る理系高校に当たる。


 テーブルの真ん中に置かれた小さな皿に盛ってあるお菓子に手を出そうとしたので、夕食を美味しくいただくためにお皿を遠ざけてやる陸斗。

 悪戯された事へのストレス発散なのか、カタリナが人差し指を軽く振りながらポケットサイズのガラスボードを取り出す。最新型のスマートフォンという訳ではなく、地下の技術をふんだんに使ったガジェットだったはずだ。


「それよりも大変だったようではないか。ようやくテレビのニュースになっている頃かな。SNSの方が情報の伝達が早い時代というのもむごいものだ、確実にテレビニュースの意義が消えつつある」


「お前六〇年以上生きてるんじゃなかったっけ。ガラケーじゃなくて大丈夫なのか」


「脳年齢と経過年数が比例していないだけだ。それよりおばあちゃん扱いされた事にいよいよブチギレたいんだがどうしようか」


「カタリナが暴れると世界が軽くパニックになるからやめて」


 ともあれ、情報に飢えているのは事実だった。

 充電したままのスマートフォンが熱くなっていないかを確認してから、結城陸斗は優秀な秘書プログラムにオーダーを飛ばす。


「セレナ。摑んだ情報があればアナウンス」


『ええボス。ヤツの居所が割れました』


「……またいきなりデカい獲物を捕らえたな。三段飛ばしで結論に辿り着いた印象だ」


「力技では普通に敗北するが情報戦ならば君達が勝つに決まっているだろう。それほど驚く結果でもないよ」


「セレナ、お前にこう問いかける事を許してくれ。デコイの情報を摑まされた危険性は?」


『いいえボス。監視カメラには気を配っている様子はありましたが、リペアテレサの保有する衛星からの監視は予測していなかったようです。つまり上から丸見え状態でした。見間違える方が難しいでしょう』


「なら良し。続けてくれ」


『ええボス。彼の向かった場所は神社です』


「……本当に僧侶だったパターンか? マップを頼む」


『スマートフォンは充電中でしたね。ではミスカタリナの端末をお借りしましょう』


「そうだな」


「あっコラ!?」


 カタリナ=グラフィックが叫びを上げても目的のためならお構いなしペアが容赦をする訳がなかった。

 ジジッ! と砂嵐みたいなノイズが一度だけ混じると、ネットサーフィンを楽しんでいたカタリナのガラスボードがマップアプリに埋め尽くされた。


 前述の通り彼女のスマートフォンはガラスであり、光の透過率が一〇〇%なので向かい合わせに座る陸斗でもマップを見る事ができる。


 ピンの立ったポイントに注目する。


「……それほど遠くないな」


『ええボス。公共交通機関を使用すれば、一時間半程度です。距離にして約三五キロほど。ちなみに僧侶はバイクと車、さらにはバスを使用してこちらの神社へと帰っています』


 情報の海からシャットダウンされたカタリナは、流石に脳一つでセレナと喧嘩するのは分が悪いのか鬱

陶しそうにテーブルを爪で叩きながら、


「……おい、このカンジ少し難しいぞ。何と読むんだったか、確か漢字発祥の国の方の……ああくそ喉まで出かかってるというのに」


「奉蘭神社。……随分辺境なトコにあるからか? 俺も聞いた事ないな」






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