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Artificial Intelligence War  作者: 東雲 良
第四章 ただの喧嘩で構わない
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戦争局面、ラストオーダー





『ボス。復帰完了です』


「よし‼」


 スマートフォンから聞き慣れた人工音声が響く。


 しかしガッツポーズをかましている暇はなかった。セレナの回復と同じく、庇ったままだったカタリナがダメージから解き放たれ、くるりと全身を回転させながら起き上がったのだ。


 それは無意味なターンではない。

 放つ蹴りに筋力だけではなく、遠心力を加えるための動きだった。


 インドア派の高校生に回避するだけの身体能力はない。


 ミシィ……ッ‼ と腰の辺りにぶち込まれた蹴りのせいで、インパクトを受けた場所よりも背骨から奇妙な痛みが走る。


「っ……ッ‼」


 絶叫する余裕を失くすほどの痛み。

 ゴロゴロと灰色の通路を転がり、二回ほどバウンドしてようやく止まる。


「……かた、リナ……」


「壊して、やる……」


 ゾンビに埋め込まれた呪いの赤き石が、今一度キラリと輝く。

 何とか手放さなかったスマートフォンに意識を集中する。


 リペアテレサとの接続を切ったという事は、おそらく地下の権限はカタリナが握っている。そもそもセレナでは地下の情報を処理する事ができなかったのだから、他のコンピューターに頼っていたのだ。こうなるのは自明の理。


 VRゴーグルも潰え、カタリナのサイボーグ兵器に対する対抗手段もなければ、頼みの綱のリペアテレサも機能しない。


 だが。

 消えない。


 燃え滾るような、その熱い意志だけは消える事などあり得ない。


「もう一度、摑むだけだ……」


 失った信頼を。

 裏切ってしまったゾンビのような少女の手を。


 摑み取るために、わざわざ死地に飛び込んできたのだ。それを達成するまでは終わらない。終われない。


「……やり直すぞ」


 世界はカタリナやフェリネア、アランといったグラフィック家の真実を知らなかった。


 まさに屍の上で生活しておきながら、足元で叫び続ける功労者を平気で踏み締めて生活するような有り様。


 だが壊す訳にはいかない。

 壊される訳にもいかない。


「一度壊してから全てを積み重ね直すんだ、カタリナッッッ‼‼‼」


 ……そのなんと愚かな事か、と陸斗は唇を噛む。


 少しも気付いてあげられなかった。

 幸せが誰のおかげで成り立っているのかすら知らず、のうのうと怠惰に生きていた。


「セレナ。最後のオーダーだ」


『ええボス。何なりとどうぞ』


 それがムカつく。

 もう許せない。


 だから。

 壊す。


 こんなもの。


 壊してしまえ‼


「カタリナのサイボーグを暴発、メアリーを操れ‼」


『オーダーを承認します。ボス』


 正確なオーダーができているとは思えない。

 しかしセレナならば主人の意思を汲み取れる。


 直後、カタリナの右足から爆発があった。


 サイボーグ兵器、薔薇の花が開花する事なくそのままアーク溶断光線が発射されたのだ。まるで銃の暴発だった。詰め物をした銃口から弾丸が発射されないように、力の逃げ場がなかった光線がサイボーグ兵器の中で爆発を起こす。


 ハッキングではない。


 そもそもカタリナの右足は『赤い石』を通じて脳内からの命令しか受け付けないため、外的要因は受け付けない。


 しかし一つだけそこには抜け道が存在していた。

 結城陸斗は、最初に地下に来ていた時にそれを体験しているのだ。


 メアリーによってスマートフォンを破裂させられた時の事だ。あれはメアリーの高度なハッキングによりリチウムイオンバッテリーを弾かれたのではない。


 いくらリペアテレサに匹敵するスペックを持つメアリーだからといって、サイバー攻撃すら感知できずにセレナの守っているスマートフォンが破裂させられる訳がない。


 つまり。


「……指向性を持った、ただのマイクロ波。現象だけを説明するのなら電子レンジにスマートフォンを入れたみたいなもんだ」


 セレナがコマンドを送信してアンドロイド少女のボディを借りるだけで事足りる。あとはサイボーグ兵器の部分に向けて強力な指向性マイクロ波を放つだけで良い。


 ソフトによってハードを侵食するのではなく、ハードそのものに攻撃を与えてソフトを駄目にする。


 これだって立派なサイバー攻撃だ。

 普段ならセレナの力ではリペアテレサに匹敵するメアリーにはコマンド送信はできない。だが先ほどリペアテレサにメアリーが操られてカタリナを攻撃した事からも分かる通り、メアリーはコマンド受信を進んで受け付けている状態だった。


 間近のサイボーグ兵器の暴発により、体を引きずりながらも後ろに向けて吹っ飛んだカタリナの元へと急ぐ陸斗。


 スマートフォンを首の辺りに押し当てて、彼は秘書プログラムに確認を取る。


「生きてるよな? ここでバッドエンドなんて冗談じゃないぞ」


『ええボス。バイタル正常。きちんと生きています、気絶状態です』


 大きく。初めてと言っても差し支えないだろう。


 地下空間で初めて大きく深い安堵の息を吐く。


 気絶したとは思えないほどあっさりとした寝顔。しかしその整った顔の黄金比を崩すかのように埋め込まれた、赤い石。


 未だに見慣れないそれを見て、息すら吐けずにポツリと呟く。

 まるで分不相応な難関大学の受験問題を前にしたような顔で。


「……正しいって、何なんだろうな」


 人工知能からの返答はなかった。


 それだけ答えの遠い難題なのだろう、と適当に考えて、少年は今度こそ地面に倒れ込んだのだった。






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