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Artificial Intelligence War  作者: 東雲 良
第四章 ただの喧嘩で構わない
51/335

戦争終盤、姉妹喧嘩




     1




「セレナ‼ すぐに地下との接続を切れ、カタリナに権限を返すんだ‼」


 まだ間に合うかもしれない。

 まだ信頼してくれるかもしれない。


 頭が沸騰したゾンビ少女に権限をいきなり返してしまえば、メアリーの髪の毛がこちらに突っ込んでくる可能性もあるがこちらはすでにカタリナの体を串刺しにした身だ。


 自分だけは被害を受けたくないなど虫が良過ぎる。


 だが。


「セレナ? セレナ!」


 返答がない事に眉をひそめる。しかしそんな暇があったら、カタリナに事情を説明するべきだったのかもしれない。


 そのくすんだ金髪ロングの少女が真横に吹っ飛ばされる。メアリーの髪の毛がカタリナを放り投げるように、通路の反対側へと飛ばしたのだ。まるで空中ブランコから放り出されたような有り様。


 そしてそれだけでは終わらない。

 通路の反対側に、ただ叩きつけられるのではない。




 その途中で。

 宙を舞ったカタリナの華奢な体が、高速で動くオブスに弾かれる。





「ああァ‼ あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ‼‼‼」


 悲劇を目撃した少年の絶叫があった。

 頭の中で、何かが切れる音がした。


 ようやく繋がりかけた、その細い糸が確実に断ち切られてしまったような錯覚が陸斗の全身を焦がしていく。


「セレナ‼ セレナぁ‼」


 返答はない。

 今の今までアンテナは良好だった。接続不良という訳ではないだろう。


 ならば、と。ぞわりという震えと共に、最悪の可能性が即座に浮かんだ。


「……フェリ、ネ、ア?」




     2




「これでセレナは掌握。並列接続ではなく傘下に入った」


 リペアテレサのメインコンピューターに繋がった液晶画面の前で、白衣とドレスの少女は渇いた笑みを浮かべていた。

 その指で、妹を殺すためのコマンドを打ち込みながら。


「……もう終われ、こんなくだらない戦争」




     3




 地上で深夜のバイク便を受け取る前に、こんな会話があった。


『……俺はお前の妹をどうすれば良い?』


『お前が決めるんだ、フェリネア』


『聞かせてくれ。俺は、いいやお前はカタリナをどうしたい?』


 彼女の解答を思い出す。


 フェリネア=グラフィックの迷いに迷って、泳ぎまくった目を震わせながらお利口さんの模範解答を口にした、あの腹立たしい言葉を。



『……もう良い。きっと、あの子は殺すべきだ』



「馬鹿野郎……」

 沸騰するような熱があった。

 それは心臓から全身へ。やがて手足の先まで行き着き、それが脳まで辿り着いた時には、少年はスマートフォンを握り締めて咆哮していた。


「あの分からず屋の頑固野郎がァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼」


 ざわり、と視界の端で何かが蠢く。

 それは猛禽類の群れだ。


 低空飛行を続ける一〇〇羽以上の地下生物が嘴でカタリナの体を照準する。

 今や地上のフェリネアが地下の全てを掌握している。


(まずい……ッ‼)


 セレナとも接続されていない。


 というより、セレナとの間で送受信されている情報を盗み見てリペアテレサが猛威を振るっているという方が近い。


 スマートフォンの電源を切ればフェリネアへの情報を遮断できるかもしれないが、それはフラッシュの消失を意味する。ここに来て視界を失ってしまうのは致命的だ。


 暗闇でナイフを持って暴れるように、フェリネアがグチャグチャに地下生物を暴走させてしまえばそれこそ秩序が消える。


 戦争に秩序などという言葉が同居する事自体は片腹痛いが、それでもこの場にはまだ人間の理性が存在している。


(……まだ望みはあるのにっ)


 そう、絶望するにはまだ早い。

 だがこの猛禽類の群れが最悪だ。


 ユニコーンもどきやメアリーのワイヤー攻撃ならば、何度だって盾になってやる。しかし猛禽類は群れとなって襲い掛かってくる。


 群がるように襲って来られたら、体一つでは盾が足りない。

 おそらくこの悪魔的な戦法もフェリネアの手中だ。あるいは、リペアテレサの最善策とでもいうつもりか。


「クソッたれ、タチが悪い‼」


 唯一頼れるのが、皮肉な事にオブスに吹っ飛ばされたカタリナだ。

 自力で抵抗してくれればこの局面は乗り切れる。


 そう思って注目してみるが、新幹線並みの衝撃をまともに受けてもまだ彼女の息はあった。なまじサイボーグ化されていた体が役に立ったのか、強化されたボディのお陰で即死だけは免れている。ただしダメージが抜けないのか、まだ立ち上がる事は適わない。


 決断の時だった。


「……っ‼」


 通路を横断するオブスに弾かれる可能性もあったが、それを無視して陸斗はカタリナの元に走る。

 フラッシュ部分を猛禽類に突き付けてみるが、目晦ましのような効果は特になかった。


 おそらく深海生物と同様に、視力以外の何かで状況を把握しているのだろう。


 カタリナを庇う。

 目を瞑る。


 死を覚悟する。


「……?」


 だがいつまで経っても猛禽類の嘴が陸斗に達する事はなかった。


 代わりに声が聞こえてくる。


「りく、と」


 知っている声だった。


 必ず助けると誓った者の声だった。

 それはアンドロイドの人工音声。


「メアリー……」


 白い髪の毛が猛禽類を次々と撃ち抜いていた。

 メアリーが今まで地下生物を処理していたという事は、リペアテレサの処理スペックと並ぶという事なのか。


 地上のフェリネアの手を逃れて、メアリーが独自に陸斗を守ってくれたのだ。

 先ほどまで動けなかったはずのアンドロイド少女だが、時間の経過によって電磁性複合細胞がギリギリ稼働を可能とする範囲までハードを回復させたらしい。


 そして、その稼いだ時間を無駄にはしない。


 結城陸斗が行動を起こしたのではない。

 それは、地上でアクションがあったのだ。




    4




 目の前で起こるのは数々のエラー。

 赤い警告文がプログラムとなってメインコンピューターに接続された液晶画面に次々と浮かび上がる。


 その中で最も重要な事項があった。


『メインコンピューター損壊 現状リカバリー必須』。


 フェリネア=グラフィックが大きく舌打ちを一つ落とす。


「……本当にオートドライブの車を突っ込ませやがったか」


 リペアテレサが破壊されていく。

 実質、全体の一割も壊れていない状態だったが、それでも異常事態を感知したリペアテレサが緊急プロトコルを起動して演算を停止したのだ。


 先にセレナの方を停止させるべきだった。


 今さらそんな風に後悔して、そしてあの理系高校生に言われた事を思い出す。


 あんまりうちの娘を下に見るなよ。


 ……これがあの発言の真意なのか。

 今までエラー一つ起きなかったリペアテレサすらも揺るがすハンドメイド品。


 ……液晶画面を埋め尽くす警告文が心地良い。そんな風に感じるのなんて生まれて初めてだった。


 別に大仰な一言なんて必要ない。


 たった一人のお城の中でむくれたように少女は息を吐いた。薄い薄い笑みと共に。


「……ふん」







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