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Artificial Intelligence War  作者: 東雲 良
第四章 ただの喧嘩で構わない
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戦争中盤、勝利の鍵は





「本当に壊す必要があるのか、その目で確かめてみる気はないかって聞いてるんだよ」


「君の意図が分からんね。物理法則や医学、それらを始めとした知識を全て理解した世界の何を見ろと? 検算したところで、それこそ何になる。これ以上私に無駄な時間を過ごせとでも?」


「データだけが全てなのか、カタリナ」


「むしろ他に何があるんだ、クソガキ」


「そんな自惚れた台詞を言えちまう時点で、お前は世界の一割も理解していないのかも」


「私がガキの言葉ごときに煙に巻かれるような愚か者に見えるのか。言葉遊びがしたいのなら他でやれ。ここのヴェールは最も濃いぞ」


「なら! メアリーのあの言葉はどうやって説明するんだ!?」


 ゴォア‼‼‼ と新幹線が通り過ぎるような轟音と暴風があった。


 陸斗をトンネルの反対側に渡らせないようにするために、カタリナがオブスに指示を飛ばして通路を走らせたのだ。


 掠っただけで腕が使い物にならなくなる地下生物に、陸斗の全身がゾクリとした気味の悪い震えを発する。

 ゾンビ少女のざわざわと蠢く髪の毛が今にも襲って来てもおかしくないが、カタリナは会話の続きを聞く事を選択したようだった。


「……再度聞いてやる。どういう意味だ?」


「メアリーは言ったよな、人間に生まれたかったって。次に生まれ変わったら人間になりたいって。カタリナの出自を知っていて、なおそう言えたメアリーの事はどう説明する!?」


「めでたいな、君は機械のバグの一つ一つに一喜一憂できるのか。よほど平和ボケに漬けられているらしい」


「バグだって立派なプログラム。そんな言い方もできないか」


「ただのエラーだろうが」


「そのエラーを生み出した原因は何だと思う?」


 カタリナは解答を拒否しても良かったはずだ。

 それどころか、会話の全てを拒絶して連続の攻撃を続ける事だって。


 カタリナにメアリーと同様の髪の毛が備わっている事は、セレナやリペアテレサすら見抜けていなかった。つまり攻撃が通じる公算が高い。


 その前提を忘れてしまうゾンビ少女ではないだろう。


 だというのに、彼女は応じた。

 陸斗の言葉にそれ相応の興味を引かれているのか。


「……地下のプログラムに地上のデータを打ち込んだんだ。エラーが起きて当然だろう、新たなOSをアップグレードするたびにバグが生じるのが珍しくないように」


「その原因とやらが何なのか、お前には分からないはずだ」


「……、」


「絶対に分からないはずだ、メアリーに人間になりたいとまで言わせた『何か』をお前が予測できる訳がない! 世界を壊して侵略者になり得る事を証明できたカタリナに、基幹プログラムを無視して自分を犠牲に俺を守ってくれたメアリーの真意が理解できる道理が存在しない‼」


「真意だと!? こいつはマシンだ、言葉も正しく使えねえのか‼」


「あるんだカタリナ、まだ壊さなくても良いかもしれないと思える『何か』が地上には‼」


「うるせえぞクソガキ‼」


 じゃがっ‼ という砂利を踏み締めるような音が背後から響く。


 背後を振り向く必要はない。


 VRゴーグルのようなガジェット、その後頭部に回したベルトには背後を確認するための小型カメラが搭載されている。まるで車のバックミラーのように、視界の端に後方の光景が映し出される。


 地下生物がいた。

 見た事のあるオブスや猛禽類の群れではない。


「……な」


 見間違いでなければ、ユニコーンだった。


 だが神聖な印象はほんの少しもない。

 ボディのシルエット自体はワニのような短足にゴツゴツとした皮膚。その頭部には角が備わっていたが、ユニコーンのように美しい槍の形ではなくサイに似た太い角。


 それでもユニコーンのような、と連想したのは、やはりその動きだろう。


 馬やイノシシに似た、突進の前準備。地面を幾度か後ろに蹴るその足。


警報(アラート)! 引き付けて回避してください! 突進の前に回避行動を始めてしまっては、追い付かれて角に串刺しにされます‼』


「っ」


 警告通り、ギリギリを攻めたつもりだった。


 しかし間に合わない。

 オブスほどではないとしても高速道路の車くらいの速度はあった。時速にして七、八〇キロの物体が陸斗の下半身に掠る。


「がァ!?」


『事前に確定していた方針通り、ヘルスチェックを開始……完了。骨への異常はありません。軽症です、ボス。痛むのは分かりますが即座に起き上がって行動可能状態を維持してください』


 スマートウォッチを介して健康を把握したセレナがそんな風に言う。


 きっとユニコーンのような地下生物がとんぼ返りして、理系高校生がもう一度吹っ飛ばされるのを警戒したのだろうが、陸斗としてはそれほど焦っていなかった。


 ポケットからスマートフォンを取り出す。

 フラッシュ部分を点灯させながら、地下生物に向けてデバイスをかざす。


 言った。



「セレナ。ゴーグルを爆破しろ‼」


『オーダーを承認』



 ドッパン‼ という液体性火薬の爆発が起きた。


 しかし陸斗の頭の上半分が吹っ飛んだ訳ではない。

 被害を被ったのは、目の前の地下生物。ユニコーンもどきに引っかけたVRゴーグルのようなガジェットが陸斗の仕込んだ火薬のせいで爆発したのだ。


 サイもどきの角と眼球、さらにはワニのような前足が丸ごと吹っ飛ぶ。


 たった一度きりの攻撃手段。

 交差の瞬間、角にゴーグルを引っかけた陸斗の行動に、スマートフォンからセレナが苦言を呈してきた。


『ボス。まだゴーグルの使用価値はあったはずですが』


「もう体力もなくなってきた。運動不足だけが原因じゃない、明らかに地下に来てから体が重い」


『いずれにせよ先は長くはありません。決着をつけるならばお早くどうぞ』


「タスクの方は?」


『八割完了、といったところでしょうか』


 幾度に渡る地下と地上のワープ。


 合計で言えば、一時間を超える地下の滞在。


 地上と地下で生態系が異なるように、長い間こちらにいれば地上の人間にも不具合が出るのか……? とこめかみの辺りから脳そのものをペリペリと剥がされるような、初めて味わう痛みに顔をしかめながら陸斗は予測をつける。


 スマートフォンのフラッシュで茫洋と浮かび上がるゾンビ少女に、少年は慎重に言う。


「……もう、後悔はしたくないんじゃないのか」


「まだ口を動かす気概があるのは褒めてやる。だがそれこそ言葉の真意が読めんな」


「時間をくれないか、カタリナ」


「何のために」


「俺ならお前に与えられるかもしれない。三日、いいや二日で良い! それが駄目なら一日、半日でも構わない! 世界を壊すためじゃなくて見て回るために地上に来い‼」


「……驚いたな、全貌を聞いても真意が摑めんとは。声を聞くに偽造という訳でもなさそうだ」


「俺にはあるんだ。あるはずなんだ……ッ!」


 顔が熱くなっているのが分かる。

 恥ずかしくて今にも爆発しそうなほど、脳が会話の続きを拒んでいるのを理解する。


 ……もう身を守るためのVRゴーグルはない。


 ……何かの気まぐれでカタリナが髪の毛を陸斗に突き刺そうとすれば、少年の人生はここで終止符が打たれる。まるで足の幅よりも狭い崖を渡るような危険な綱渡り。


 それを知ってか知らずか、カタリナから続きを促した。


「……一体何があると?」


 そう、恥ずかしいに決まっている。


 メアリーに『何か』を埋め込まれたのは、少年であるはずだ。絶対のプログラムすら否定して、自らの体を盾にしてでも守ってくれる『何か』を与えたのは理系高校生であるはずだ。人間になりたい、生まれ変わりたいと憧れを抱かせるに至る『何か』を魅せたのは結城陸斗であるはずなのだ。


 まるで別れた元カノの魅力は全て過去の自分のお陰だと言い張るような自惚れ。

 黒歴史になる事請け合いの言葉を、彼は選択した。





「俺ならお前を救えるんだ、カタリナ。あと少し、もう少しだけ俺達に時間をくれ‼」











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