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Artificial Intelligence War  作者: 東雲 良
第三章 人工知能戦争
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さらなる脅威か、真実か





「まさか? まさかだって?」


 闇の奥から響くのはそんな声。


「まさかなものか」


 人の声。

 だがアンドロイド少女のように、スピーカーを通したわずかなノイズ、ブレのようなものが存在しない。


 つまり人間の声だったのだ。


「この世はまさかの連続かもしれないが、この場合は『やはり』が適切だよ」


 闇から聞こえるのは、女性の声。


 ただし、どこかで聞いた事のある声色だった。

 意志とは関係なく喉が震える。その語り口から思い浮かぶ人物が一人だけいたのだ。


「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………フェリネア=グラフィック?」


 リペアテレサで地下の真実を教えてくれた、金髪ボブの科学者。


 だがおかしい。

 そう、『ここ』にいる訳がない。


 スーパーコンピューターであるリペアテレサの演算補助を受けているフェリネアならば、地下に行く何かしらの手段を独自に見つけられるのかもしれない。もし彼女が陸斗達を追い駆けて地下にやってきたとしても、しかし彼女の掛けてくる言葉がおかしい。


 地下の事情を知っているフェリネアならば、陸斗達を見つけた際に掛けてくる言葉は『無事か』『合流を果たせて良かった』、辺りが妥当だ。


 地上と地下を行き来した後は、ポイントがズレている事が多いらしい。


 もちろん例外はある。最初に体育館から地下に落とされた時は、偶然にも学校の真下だったため、地下の深さに気づくのが遅れた。


 RPGのように地下のマップがないので今の陸斗のように現在地は分からないが、一度地下から地上に上がった時は会社のビルの屋上だった。つまり、フェリネアが陸斗を追い駆けてきても、同じポイントに出現できるとは限らない。


 ゆえに、おかしい。


 フェリネアの声であって、その持ち主はフェリネアではない。


 闇の奥から、ざらりと揺れる金髪の光が垣間見えた。


 しかし、長い。


 その長さは驚く事に足首よりも長く、髪先が地面に触れるせいで元は綺麗なはずのブロンドがそこだけ灰色に染まっていた。きちんと背筋を伸ばしていれば髪先がそうなる事もなかったのかもしれないが、前屈みになった姿勢のせいで随分と暗い印象を受ける。


 その様相は、まるでゾンビ。


 ただしその姿はサイボーグに近い。


「……何だ、あれ?」


『ええボス。スマートフォンのセンサーで感知できる程度ですが、彼女の体の一部に機械らしき反応が見受けられます』


「フェリネア、じゃ、ない……よな……?」


『ええボス。シルエット、声紋、体格など、いくつかの項目が酷似していますがわずかに誤差を検知しています。別人です』


 闇の奥の少女が動く。


 彼女が片腕を動かすたびに、その肩の辺りからキチキチという奇怪な音が響く。スマートフォンのライトを向けてみると、壊れた歯車のように肩が前後に揺れていた。おそらく彼女自身の動作ではなく、腕そのものが上手く動かせないのだろう。


 そう、まるで。

 機械のように。


「……っっっ!?!?!?」


 人間にはない器官。


 あるべき所にある物がなく、あるはずのない所に奇妙な物がある。


 たったそれだけの事のはずなのに、精神に相当な衝撃を叩き込まれた錯覚があった。息を呑む陸斗に対して、まだ話せるのが不思議なほどのゾンビが言葉を紡ぐ。


「顔は見ない方が良いと警告しておくよ、お二方。いいや、しゃらくせえ秘書もカウントするとお三方、と言うべきなのかね」


 フェリネアとそれほど変わらない声だというのに、なぜだか言葉の端々に煮え滾るほどの怨嗟が滲み出ているのを感じる。


 まず当然のように思った『なぜフェリネアと瓜二つの声なのか』という疑問は置いておく。それよりも理系高校生が面倒だと感じたのは、スマートフォンにセレナが宿っている事を瞬間的に看破された点だ。


 確かにセレナの人工音声はゾンビみたいな少女にも届いていたはずだが、普通は『通話中』だと思うものだ。


「っ」


 顔を見るな。


 そう言われた陸斗は、だが反射的にライトをやや上方向に向けてしまった。

 偶然にも少女の顔にライトが当たる。


 見た。

 目撃してしまった。


「……フェリ、ネア?」


 だがそれは、フェリネアであっても彼女そのものではない。


 顔面を覆うような長い長い金髪の奥。左目は綺麗なブルーだが、もう片方の目はルビーのような赤い石が無造作に埋め込まれているような……と陸斗が言語的に処理しようとして、それをやめた。


 無理だ。


 あれはまずい。


 人間が意識的に処理できる光景を超えてしまっている。


 とにかく比喩でも何でもない。赤い石が埋め込まれた右目は時折火花を散らすように赤い光が輝き、その不気味さを増していた。体には何かしらの拒絶反応が出ているのか、右目の周辺の血管が限界まで皮膚の下まで浮き出ている。


 体は薄汚く汚れ、纏っているものも紺色の帯のみであった。まるでミイラの一歩手前だ、帯をグルグル巻きにした状態で地表の温度とそれほど変わらない地下を生きていけるものなのか。


「フェリネア、か」


 ゾンビが何か言う。


「フェリネア、フェリネア、フェリネア……。くっく、そうかそうか、そういう構図か。随分とありがたい事をやってくれる。ははあ、ひょっとしてこれは人類の黒歴史を紡いでいる最中だったりするのかね」


「……何を、言ってるんだ……?」


「いいや、人類のというよりも……人工知能の、かもしれんがね」


 しかし、その疑問の答えを聞く前に今の今まで沈黙を貫き通していたメアリーがその唇を動かした。


 あまりにも、人間らしく。


 唇が震えているように見えたのは、暗闇ゆえの見間違いではないはずだ。


「……どこまで、改造したのですか」


「うるせえよ地上の犬。私はこれでも健康体だ、心配なら結構だが」


 そこでゾンビの背後がゆらりと蠢いた気がした。


 スマートフォンのフラッシュライトが届かない、ギリギリの距離。だが何かが揺れていると認識できる程度の些細な明るみ。


 目を凝らしていると、内側のカメラで陸斗の表情を常に捉えているセレナが気を利かせてスマホのライトを強くする。


 その奥に眠っている。

 何かがある。


 いいや。


 何かが。






 いる。






警報(アラート)‼ オブスやコウモリに似た群れ、その他の敵性因子と見られる生物がトンネル全体を埋め尽くすように待機しています‼‼‼』


「なっ……!?!?!?」







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