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Artificial Intelligence War  作者: 東雲 良
第三章 人工知能戦争
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リペアテレサ、その正体5





 理解して。

 絶叫して。

 後悔して。


 結城陸斗は、叩きつけるようにフェリネア=グラフィックに大声を飛ばした。


「ふざけてるぞ、フェリネア‼」


「あははあ。そこできちんと怒れるのだから、君はまだまだ学生オタクの領域だなあ」


 今にも摑みかかってしまいそうな形相の陸斗に、話しかけてくるシステムがあった。


 メアリーではない。

 それはスマートフォンから響く人工音声、相棒の秘書プログラムだ。


『ボス。一体どういう事でしょう。急に大声で叫ばれましても、わたくしとしても理解が及ばず……』


「うるさいセレナ! 今お前に構っている暇はない!」


「おや、自分で生み出した娘に対して随分と厳しいね。君はそのシステムに頼るしかないのだから、情報共有は何よりも大切だと思うけれど」


「どれだけの天才だ、フェリネア。俺の理解が正しければメアリーを設計したのは世界を天国にも地獄にもできる化け物だぞ‼」


「そんな次元に留まるとでも? 『ヤツ』が今も生きていれば、この時代を古代文明だと評価しただろう。『彼』は時代そのものだった」


「その時代の導き手とやらは、一体何がしたかった!?」


「手を結びたかった。それだけさ」


「……あ?」


 思考に空白が生じた。


 その隙をついて、ポケットのスマートフォンが鬱陶しいくらいに存在を訴えてきた。バイブレーション機能を最大にして震え出したのだ。


『ボス。ボス、どうか』


「ああもう、何だ」


『ボス。出過ぎた真似ではありますが、ボスを守る専属秘書として進言させていただきます。人間だけに許された感情を表に出すのは構いません。誰に糾弾されるものでもないでしょう。しかしどうか冷静に状況を分析してください』


「……、」


『きっとわたくしはボスの力になれます。いつものボスであれば、きっとわたくしを頼ってくださいます。……どうか感情に流されて短絡的な判断をなさらないよう』


 一つ、大きな深呼吸を。


 心を落ち着けて、結城陸斗は唇を噛む。フェリネアを睨みつけるように視線を投げながら、言葉はスマートフォンに向けたものだった。


「……間違っていたら教えてくれ、フェリネア」


「良いだろう。現状では、君は事情の半分程度しか見えていないだろうからね」


 許可をもらうと、崩れ落ちたままだった陸斗は椅子の上へと腰を落ち着ける事にした。


 再びメアリーの隣に座ると、何かしらのケアプログラムが起動したのかアンドロイド少女の手が少年の頭を撫でてくる。


「……少なくともかつて一人、歴史に名を残す天才がいた。この話はこれに尽きるんだ」


 メアリー=ミレディアーナ=クラウド=ブロックバスター。


 このアンドロイド少女の設計者が『そいつ』だ。


 陸斗はフェリネアと話しながらも、スマートフォンに潜む秘書にも説明を加えていく。


「きっとその天才は、誰よりも早く地下空間が世界の真下に眠っている事に勘づいたんだ。そしてヤツはその地下一五〇〇キロメートルに潜む危険すらも理解した」


『いいえボス。それは妙です』


「何がだセレナ」


『実際に地下の存在が懸念されたのは三〇年前の出来事です。正式記録ではスイスの一流大学のスーパーコンピューターが発見したとあります。しかもそれは現時点においても、UFO騒ぎなどと同じく、可能性の話でしかなかったはずです』


「きっとその天才はもっと早く見つけてる。そして世界を混乱させないよう、その存在を秘匿とした」


『……、』


「でも俺達は見つけてしまった。もはや宇宙船だの宇宙人の死体だのがないからって言って、地球外生命体の存在が証明できませんなんて理屈は通用しない。現に今『オブス』とやらが世界を席巻し始めてる」


『ええボス』


 実は謎の生物の死体は世界各地に存在しており、その生命体が宇宙人かもしれないという議論は持ち上がっているのだが理系高校生は知る由もない。


 ……まあそれも、『突然変異の既存生物が死亡して、特殊な死体になっただけだろう』、の一文が議論をぶち壊そうとしているので、やはりまだ確定的な証明は行われていない。


 そして。

 そんな世界を覆す事が今起こっている。


『オブス』と呼ばれる未知の生物が本当に地下から這い上がり、人類に危機を及ぼし始めた。


「……そう、俺達は実際に見た。この足元に眠るあまりにも大きな地雷、その全貌を‼ もう俺達が何とかするしかない、今から世界を動かそうとしてももう遅い‼」


『つまり、こうなる事を避けるために、そのかつての天才は動いていたという事ですか?』


「ああ、そのためにメアリーを作った。そしてどういう方法なのか、その製造したメアリーを地下に送った!」


『何のためにですか?』


「情報処理だッッッ‼ そうだろうフェリネア‼」


 それが一つの答えだった。


 フェリネアから否定の言葉がないという事は、おそらくそれは正解だったのだろう。


「覚えているかセレナ、設計図を知っているフェリネアはたぶん知っているよな?」


「何がかね」


「メアリーは初めて会った時、透明な液体に詰め込まれてた。あれはメアリーを保存するためのマシンじゃない、情報を処理するデバイスを収納する演算スペースだ。液体は彼女との接続媒体デバイスだとすれば」


『なるほどボス。ミスメアリーのボディーサイズでも、わたくしを上回る演算能力を秘めている事は昨夜だけでも実証済みです。しかし』


「しかし何の情報を処理するためのものですか? って質問か。だったら答えは簡単だ」


 これこそが本題だった。

 それに気づいたからこそ、陸斗は崩れ落ちて絶叫する羽目になったのだから。




「……彼女は『防波堤』だった」




「正解だよ、結城陸斗クン」


「手放しで喜べないのがつらいトコだ」


 思わず舌打ちしそうになるのをこらえて、メアリーに頭を撫でられ続ける少年はこう続けた。


「『オブス』をコントロールしたり、地下の技術を操作したり……メアリーの具体的なタスクはいまいちよく分からないけど、確かにこのアンドロイドがあの地下の平和を守っていたとしたら」


 そして事前情報が登録されれば、優秀なセレナもこんな結論を導き出せる。

 スマートフォンから美しい人工音声が飛ぶ。


『つまり、彼女が解き放たれたからこそ「オブス」は地上に芽吹いたという事でしょうか』


「ほぼ間違いなく」


 つまりだ。


 つまり、つまり、つまり。その連続で結論を繋げてきた。やがて、繋がった事実をポツリと一つ、後悔するように噛み締めた。



「……俺のせいだ。彼女を地下から連れ出したせいで、こんな事になっちまったんだ」







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