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Artificial Intelligence War  作者: 東雲 良
第二章 衝撃の白き知能
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ハジメテの経験




 今にも頭を抱えそうになっている陸斗は、一度冷蔵庫へ向かう。


 冷たいコーラを引っこ抜いてから、そして不要と分かっていても、なぜかこちらをじっと見つめてくるパーカーの少女にも気を遣ってしまった。


「その、メアリーも何か飲むか?」

「……い、良いのですか?」


 なぜだか尻尾を左右にひゅんひゅんと揺らし始めるメアリー。


 子犬みたいな反応を見せる白髪パーカー少女だったが、ちょっと見ていて心配になる姿だった。コーラで軽く喉を潤してから、少年は苦い顔になる。


「待った。勧めておいて何だけど、飲み物で壊れたりしないのかな。なんというか、犬のロボットをお風呂に入れる的な」

「仕様では海水でも真水でも水深一〇キロメートルまでなら耐えられるはずです。それ以上はボディを作る素材の耐久性の問題で崩壊します」


 そうなんですかとしか言いようがなかった。

 とりあえず冷蔵庫の中を漁ってみるが、ろくなものが見つからない。ネギどころか調味料すら見当たらない有り様であった。


「……オイ何だ、結局俺はあの花柄カチューシャに頼らないと生きていけないのか……?」

「陸斗、私はそれを飲んでみたいです」


 いつの間にか名前呼びになっているメアリーがそう言い放った。

 彼女の指差したその先には、陸斗がすでに一口飲んだペットボトルのコーラがあった。


「ち、ちなみに何かを飲んだ経験は?」

「未経験です。陸斗との経験が初めてです」

「い、言い回しに気を付けようねー」

「なぜ急に緊張を?」

「べっ別に何でも!?」

『お気になさらず、ミスメアリー。わたくしのボスは心が少し汚れ気味なのです』


 秘書プログラムの声から気を逸らすためにも、ペットボトルのコーラを突き出す結城陸斗。


 おっかなびっくりといった感じで、陸斗の手からボトルを受け取る。そのまま血色の良いピンク色の唇に飲み口を押し当てていく。


 やはり全裸パーカーという全世界の女性が震撼しそうな格好を許容する少女からすれば、間接キスという概念は存在しないらしい。


 今はノートPCと繋がっているスマートウォッチのスピーカーから、秘書プログラムが小さくこんな注意を挟んできた。


『……相手は機械です、ボス。唇の接触に一喜一憂する必要はありません』

「小声でわざわざ言ってこなくて良いぞセレナ。俺はドキドキなんてしていないから」

『ヘルスチェック用のスマートウォッチを着けている事をもうお忘れですか? 心拍数を表示いたしましょうか』


 絶句した少年は、そっとスマートウォッチを外したという。

 そして注目、初めての水分補給で炭酸飲料をチョイスしたメアリーのご感想は?


「……うっひゃあ……」

「舌を出すのは良いけど吐かないでくれよ」

「うーあー……強烈な刺激です。んくんく」

「と言いつつおかわりでさらに飲んでいるし。大丈夫なのか?」

「ぷはー。私のボディに味覚情報を解析する機能は搭載されていると知っていましたが、これほど気分を左右するものだとは予想していませんでした。非常においしい飲み物ですが、好悪で言えばこのパチパチがない方が私は好きですね」

「また明日オレンジジュースでも飲めば良いさ」


 言いながら、ノートパソコンを畳んだ陸斗は自分の部屋に向かう。


 少年の動きに敏感に反応したメアリーは、炭酸飲料のペットボトルを軽く振って、


「陸斗、どちらへ?」

「寝るんだよ、今日は疲れた。メアリーはそっちのソファーで寝てくれ」


 面積だけで言えばベッドよりも大きいL字のソファーなので、体を痛める事もないだろう。たまに寝落ちする事があるので、毛布も背もたれにきちんと掛けている。……ただ、彼女に掛け布団が必要なのかは知らないが。


「おやすみー」

「……おやすみなさい」


 ほんの少し、背後から掛けられた挨拶の声が柔らかくなった気がした。


 背中越しに陸斗が振り返ると、すでにメアリーはソファーの方へ向かってしまっていたため、その表情は読み取れなかった。


 ただ、誰にも聞かれないよう、機械の少女は小さく人工音声を紡ぐ。


「……さて」





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