プロローグ前編
俺には今、夢がない。
その夢というのは、将来についてや願望と言った類のもの。
生まれてからこの方一度も夢がなかったのかと問われると、そうではない。
思い出せる範囲であるなら小学生の頃に金持ちになりたいとかはあったりした。
でもそんなものは成長するにつれ、現実では叶えるのが困難、不可能と理解できるようになると自然に消滅。
そしてその結果として、現在日々進路を悩み続ける放浪者と成り果てていた。
今年の四月から高校三年へと上級する俺は、日々将来について悩んでいた。
この時期自分は高校二年の三学期を迎えている。
別名高校三年のゼロ学期とも呼ばれる、そんな時期。
その別名を取るのであればもうとっくに自分は立派な受験生の仲間入りを果たしている。
それなのに俺は今日も今日とて、深夜二時過ぎまで起き、全く進路を考えず、アニメを視聴し、寝るというルーティンを行なっていた。
そんな俺でも今日は違った。
アニメ試聴時間を割き、机の上に一度は丸めた形跡が見られる空欄だらけの進路調査票を見つめているからだ。
しかしこの紙、自分が将来どのような役職に就きたいとか、どのジャンルに興味がり、それ関係の大学や専門学校に行きたいとかがまったくない俺は、名前だけ埋めた後、何も文字や絵など描かれることなく、木の無駄使いと言われて終わるのが恒例。
当たり前だ。
何もビジョンが浮かばない人間に無理にやれと命令されても良いものが生まれるはずなどない。
例えば俺がこの用紙に適当に自分の将来の予定を書くなどしてみたらどうだ。
内容によれば、他人や家族を期待させ、終いに自己破産になりかねない。
つまり半端な夢など抱かないで先生にまだ決めかねていると言うのが今の俺には最善なのだ。
今の若い子は将来やりたいことが見つからないまま就職し、やめる時代。
俺もその一人。
進路調査票には、今回で三度目となる調査なので白紙はやめておこうと思い、サラリーマンと書いた。
夢を持っている人は二時まで考えずにすらすらと書けるのかと羨ましく思いながら、寝る準備を執り行う。
寝る準備と言っても明日の準備ではなく、トイレに行くことなのですが。
俺は家に一台、一階に存在するトイレを目指す。
だがこの季節、トイレに行くのにはさまざまな困難が待ち受ける。
日付は二月十日。
季節は春の一歩前、冬。
そんな時期だからこそ、最初にして最大の難関は、暖房で暖まった部屋から出るところに存在する。
俺は畳部屋の扉を引き、階段の踊り場へ身を乗り出す。
途端、暖まっていた体は家中の窓を閉めているのにも関わらず、漂っている空気によって熱気を吸い取られる。
一部の肌が露出してしまっているせいもあるだろうが、これに関しては対策したところでどうにもならない。
流石に顔を隠してしまうとトイレに行くこと自体が不可能になる。そのような思考に施行を重ねた結果忍耐勝負ということに結論が至るのは時間の問題であった。
では続いての試練。
自分の部屋は二階に存在するため必然的に階段を下りなければならないのだが、この家の階段はフローリング使用。
つまり、冬場になると床はキンキンに冷え、下りるだけで足の温度は急激に下がっていく。
この事態に立ち向かうべく、あらゆる策を練って試行錯誤した結果、”つま先だけで降りるように努力する”がベストであるということになった。
まぁ冬場恒例となっているので慣れてしまったが、当初は足が攣るという事件が発生して大変だった。
今あなた「靴下やスリッパでよくね」って思った人、滑ったときのこと考えてみてくれ。
経験者だからこそ胸を張って言えるが、本当によしておけ。
そして次と言いたいが、後はトイレのドアを開けて行為を済ませるだけなのでこれで終わりだ。
ちなみに寝る前にトイレをする行為は幼少期から習慣なのでやらないと眠れない。
まぁ幼少期はお漏らし防止の策であるが。
完璧な作戦をこなした俺はいつもように金属のドアノブをひねり、トイレの扉を開けた。
「……あれ?」
トイレの中ってこんなに暗かったけ。
ただ暗いだけと言うか暗黒っていうのが正しいような。
それにこの家のトイレの電球は人を感知して発光するタイプなはずなのに、それも反応していない。
頭を使い過ぎたためだろうか、それとも寝不足のためかわからなかったがこの先に行くことは危険な気がしたため夜の排尿は断念する。
疑問を残したままトイレの扉を閉める。
その日俺は珍しく寝る前にトイレに行かなかった。
今日は早く寝ろという助言を受けた気がして、階段をそそくさと上がり、部屋の扉を引く。
「え?」
俺の足の裏は作戦のおかげで感覚は生きていたはずなのだ。
だからこそ足の裏が感じるべきものは部屋の畳だったはず。
がしかし、自分の足どころか体中が味わっていたのは浮遊感であった。
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「飯食べようぜ!」
弁当片手に俺の前の席に着いたのは、勇吾であった。
「いいけど、今日貰った進路調査票どうするよ?」
「そうだな、俺たちやりたいこととかないもんな」
勇吾とは今の学年から仲良くなったやつで、俺と一緒で将来の夢がない。
俺が頬杖をついていると、
「なんだよ食欲ないのか?ちなみ頬杖は体によろしくないぞ」
「逆に聞くが良くそんな食欲あるよな」
勇吾は部活をしていないのに二段弁当とパン二つをも食べるという大食いっぷり。
その食事を見て、「何でそんだけ食べても太らないの!」とよく女子に嫌味を言われている。
「腹が減っては戦はできないんだよ!」
戦ってどこだよ!とツッコミたいがいつものことなのでスルーする。
「相変わらずよく食べるやつだ」
得意の嫌味を発揮して現れたのはいつも飯を食べる仲の有馬である。
「遅かったな」
「まぁ進路のことについてさ。進路が決まっているようなもんだからね」
この有馬は学年トップ成績で容姿端麗、医者の息子であるという高ステータスの持ち主だ。
ちなみに成績は俺と変わらない勇吾だが、顔に関してはこの学校一と言われている。
だが、残念なことに勇吾は極度の人見知りで、女子からの告白なんて断るのが確定しているのにも関わらず、その性格のせいで返事を出せないなんてことは日常茶飯事。
それが募り募って、功を奏したのかなんというか現在同学年の子から告白されていない。
まぁ新一年や卒業前にとか色々他学年からの告白は絶えないのだが。
俺なんて一度も告白されたことないのに。
俺がぼそぼそと飯を食っている間に二人はアニメの話初めていた。
この三人になったのもアニメつながりというのがある。
勇吾と仲良くなった理由もそうだ。
人は同じ趣味をもつ人となら、短所をなくせるのかもしれん。
俺も話に混じり、そして昼休みが終わろうとしていた。
「そうだ勇吾!後で話が――――」
そこでチャイムがなった。
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今のは。
「痛っ!」
起き上がろうとした際、背中に激痛が走る。
あれ?
さっきの夢って。
もう俺の記憶からその夢の内容は思い出せなかった。
夢にしては消えるの早くないか。
というかあれは夢だったのか?
そんなこと考えていも埒が明かないので、冷たい風が漂うこの場で今の状況を把握することに専念した。
まず現在位置だが、どう見ても自分の部屋ではなかったのは確実だった。
その証拠に下が畳ではなく土であったからである。
それ以外詮索しようにも、視界が暗闇に慣れていなかったためできなかったが、暗順応が働いた後、周りが岩肌で覆われていることが判明したのと、声が一定間隔で反響していたので、ここが洞窟で行き止まりという答えが導き出せた。
ちなみ暗順応とは目が暗闇になれることである。
行きどまりであれば、道が一本必ず存在すると信じ、声の反響により、その道を見出そうと試みる。
この冷静さこそモテる大事な要素だ。
多分。
「誰かいませんかー」
自分の声が反射し響き渡るのはよかったのだが、少し期待していた返事はなかった。
「こりゃ出てみるしかないわな」
そんな呟きがため息と同時に出る。
助けを呼ぶのは止め、痛む体を動かし、道を進むことにした。
どれくらい歩いただろうか。
風が微風であったが肌に触れた。
この風は先程まで浴びていた冷たい風ではなく、生暖かく、とても気持ち悪いもの。
風が全身を包み込む程度まで感じることができた頃、先の方から光がこちらに差し込んでいるのが見えた。
ここまで来れば出口だろう。
その痛む体を酷使し足を動かす。
そして。
「ついに出たぞー!」
久しぶりの太陽の日差しは体の悪い部分を浄化するようで、洞窟で冷え切った体がみるみる暖まるのを感る。
広がる景色を見ようとゆっくりと重い瞼を上げ、眼に光を与えていく。
明順応を行い、目が慣れてゆく、そして視界には。
木。
見渡す限り木。
森なのだろうか。
「助けてー!」
突如今しがた脱出した洞窟から風の流れに反して声が聞こえる。
というかここまで一本道ではなかったのか。
そんな疑問を抱いていると、
「いやーー!」
再び鼓膜に先程と同じ声が響く。
この声質的に考えると女性の声のようだ。
「もういやーーー」
声が近くなる。
今の自分と同じように救済を求めているのだろう。
俺があそこにいた理由を掴めるかもしれない。
「どうしたーーーー」
そんな自分の行為が後悔を生むとその時は知る由もなかった。
「!?」
俺は目を疑った。
本来なら女性と思わしき人物だけが走ってくるはずなのだが、その後ろ体長5メートルはあるであろうイノシシの存在を確認してしまった。
「無理ーーーー!」
さすがにあんなのは俺の知っている世界であのスケールは見たことない。
すまん女性よ。
俺は一切後ろを振り返ることなく、全力でただ真っ直ぐ走った。
「待ってよーーーー!」
女性はイノシシが地面を蹴る音にかき消されまいと声を張り上げていた。
そんなものを聞いても救う気などゼロである。
「なんで追ってきてんだよーーーー!」
「だってーーー!てかそこ右に曲がって!」
「何?」
あれ?
この感じってまさか。
そこで再び浮遊感を味わう。
まさかだけどここって、異せか・・・。
もう女性の声は耳に届かず、落下する際の風の音だけが鼓膜を叩いた。




