供物
暖かくなり始めた天気の良い日曜日。
自宅から歩いて五分の場所にある小さな神社に来ていた。
拝殿の前に立ち、賽銭箱の上にある紐を揺さぶって、鈴をガラガラと鳴らす。
するとまもなく、スラリとしたキレイな白猫が音も立てずに現れる。
ゆっくりと私の足元まで来ると、パッチリとした大きな目で私を見上げてくる。
「やぁお姉さん、今日も来てくれたんだね。会えてうれしいよ、本当に」
柔らかな口調で歓迎の言葉をクチにしてくれる白猫に、思わず笑みがこぼれてしまう。
私が賽銭箱に腰掛けると、白猫も賽銭箱の上に飛び跳ねた。
ポケットから猫缶を取り出し、
「ちょっと待ってね」
パキュッ、とフタを開き、大きな葉っぱの上に中身を乗せる。
「はい、召し上がれー」
行儀良く待つ白猫の前にそれを供えた。
「それじゃあ、いただきます」
と、白猫は食べ始める。
上品にゆっくりと咀嚼する白猫のとなりで、私はぽつりぽつりと話し始める。
学校での面倒事、彼氏への不満、両親の不仲……数え上げればキリがないほどの愚痴を吐き出した。
そのために、私は毎週日曜に餌を持って白猫に会いに来ているのだ。
白猫はそれを黙って、時には頷き、親身になって聞いてくれた。
葉っぱの上がキレイになり、私の話の区切りがついたとき、ふいに白猫がクチを開いた。
「――お姉さん、あっちを見てみて」
白猫がアゴで示す方に目を向ける。
そちらには入り口の大きな赤い鳥居がある。
そこには座り込むおじさんと黒猫が向かい合っていた。
うなだれるおじさんからは、私以上の疲労の色が見て取ることができる。
黒猫は、白猫同様に神社周辺にたむろする野良猫だ。
「もっと近づこうよ」
そう言って、白猫は私を連れてゆく。
気づかれないように、おじさんたちの背後に回った。
近づいたことで、おじさんと黒猫の話がはっきりと聞こえてくる。
「この前言った『アレ』、考えてくれた?」
ざらつきのある声で黒猫がたずねた。
おじさんは肩を落とし大きく息を吐き捨て、
「うん……代わってもらおうかな。もう、なんか、疲れちゃったんだ……」
天を仰ぎながら応え、おじさんが手のひらを差し出した
おじさんの手に、黒猫が右前足を乗せる。
途端に、おじさんのカラダが小さくなり始める。
そして、反対に猫のカラダが大きくなり始める。
瞬く間に、黒猫がおじさんの姿になり、おじさんが黒猫になっていた。
おじさんが黒猫のような愛らしく晴れやかな表情を浮かべ、黒猫がおじさんのような疲れきった憂鬱な表情をしている。
おじさんが黒猫を撫でるが、黒猫はなんの反応も見せなかった。
おじさんは、ご機嫌な歩調で走り出して、鳥居を抜けて何処かへ消えていった。
黒猫は、トボトボと歩きだして、そのまま木々の中へと消えていった。
ふたりのいなくなった空間を私はただ呆然と見つめていた。
「――どうだった?」
ハッと私は我に返った。
声を発した白猫を見ると、私の返事を待っているようだ。
その顔は、とても爽やかなようでもあり、醜く歪んだようにも思えた。
「……うん、面白かったね」
「うん、おもしろいよねー」
言いながら、白猫は私に右前足を差し出す。




