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その国には、かつて天才と呼ばれていた魔法使いの男がいた。
男は死後、災厄の魔法使いと呼ばれるようになった。
男は人間離れした魔力量を誇り、国に名をはせたが、それと引き換えにか体が弱く、長くは生きられないだろうと目されていた。
男は生き延びるため努力し続けていたが、いかなる健康法も、強化魔法も、薬の類いも、男の体を直す事はなかった。
やがて、男はとある魔法の研究に没頭しはじめる。
召喚魔法。
魔法陣の内部を異界へと繋げ、悪魔や天使、時には神をも呼び寄せるとされる、禁じられた魔法。
多くの魔力と生贄が必要とされるその魔法を、彼は独力で完成させ、そして成功させた。
呼び出されたモノは、男の願う通りに。
男に健康な体を与えたが、それと引き換えに男から魔力を奪っていった。
ねこそぎ魔力を奪われた男は、並みの魔法使い以下の力しか発揮できなくなってしまったという。
男は魔力を失った事に絶望し、発狂した。
魔力を戻せと喚く男に、呼び出されたモノは。
命と引き換えにするのならと、そう応えた。
このまま生き恥を晒すくらいなら、莫大な魔力を誇ったまま死にたいと、男はそれを受け入れた。
そうして魔力を取り戻した男は、その全ての魔力を爆発させ、暴れ回った。
男は自分の持つ強大な魔力に酔い知れ、高笑いしながら目につくモノ全てを破壊して回る災厄と化し。
最後には自ら発動した大魔法に呑まれて、国ごと消え去ったという。
後に見つかった男の手帳には、自ら呼び出したモノをさし、絶望を告げる白い悪魔、と。
そう記されていたらしい。
・・・・
「細かい事を言えば、あの時着ていた看護服は白じゃなくて水色でしたし、髪だって……まあ、薄暗かったからよく見えなかったんでしょうね。そういえば視力も落ちていたみたいでしたし」
故郷では、白衣の天使、なんて呼ばれ方をすることもあるんですけどね、と。
どうでも良い事をつけ加えて、目を伏せた。
魔法使いの魔力生成量が膨大だったのも、体が弱かったのも。
魔力を適度に抑えるためのリミッター部分に生まれつきの不具合があった故の、過剰魔力生成が原因だった。
それを治しさえすれば、魔法使いは長生きできる健康な体を手に入れることができた。
それを治してしまったら、魔法使いはごく簡単な魔法さえ使えなくなってしまった。
だから魔法使いは、絶望の末に、願った。
もう一度、元に戻してくれと。
それは魔法使いの死を意味していた。
説明も、説得もした。
それでも、魔法を使えないまま無様に生きていくくらいなら、と。
そして私は言われるがまま、魔法使いを「壊した」。
そうして誕生した災厄が、国を一つ滅ぼした。
あの時、私はまだ自分がどういう状況に置かれているのかを、正確に認識できていなくて。
狂ったように笑う魔法使いをぼんやりと見送った後、ふらりと外に出た私は。
降り注ぐ破壊の光から逃れようとする人々の流れに押され流され、海を渡り、森を抜けて。
気付けば、この国に辿りついていた。
それから。
運良く住む場所を手に入れ、どうにか生活基盤を整えて。
少しおちついた頃には、何となく「別の世界」に来てしまった事や、簡単には帰れそうにない事にも、気付いていて。
だからといってどうすることも出来ないまま、ぼんやりとココに馴染んでいって。
一人、二人、と。
顔馴染みや、友人と呼べる存在なんかも出来ていって。
そうなってしまえば、案外住み心地は悪くないな、と。
そんな風に思いながら、今もこうして、ココで生きている。