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「これを飲んでからの記憶がない」


 男を泊めた翌朝、朝食前に出した果実水の瓶をじっと眺め。

 眉を寄せた男が、そう呟いた。

 それはまた、何とも。

 では、昨日は殆どずっと寝ぼけ続けていたのかと。

 そう思うと笑いが止まらず。


 別に意識を失わせるような成分は入れてないですよ、と。

 笑う合い間に告げれば、男は此方を不機嫌そうに睨んでから、一気にそれを飲み干した。


 男の着ていた服は疲労が限界に達しているようだったので、捨ててしまうことにして。

 代わりにこれを、と着流しを押し付けた。

 慣れないでしょうが、見た目の印象を変えるなら和服はちょうど良いですよと、言いながら手早く着付けを済ませてしまう。


 濃紺の着流しに、くすんだ海老茶の羽織りを合わせ、髪は緩く三つ編みに。

 男の顔立ちも、案外和服と相性が良いようで、なかなか上手く馴染んでいるように見えた。

 これは上出来だろう、と満足げに男を仰ぎみれば。

 暫しの沈黙の後に、ぴん、と額を指で弾かれた。


 確かに印象は変わるな、と呟いて。

 ふっと顔を上げた男に、下駄を差し出す。


「まあ、その内慣れるか」


 玄関先で、数本歩いて履き心地を確かめた男はそう言うと。

 カラリ、カラリ、と足音を響かせながら去って行ったのだった。


 ・・・・


 数日後、市場で敷物を広げていた私の前に、ひょこりと顔を出した男は。

 並べてあった瓶を一本、自然な仕草で手にとって、その場で開けて飲み干した。

 ことん、と空き瓶を置いた男に、売り物なんですけどね、と笑う。


 ひょいっと肩を竦めた男は、徐に袖口へ手を入れて。

 そこから取り出した簪を、さくりと私の髪に挿した。

 目を瞬かせた私の手の中に小銭を落とすと、すっと立ち上がり、そのまま背を向ける。


 カラリカラリと、慣れた様子で下駄を転がし去っていく男を見送って。

 お礼ってことなのかな、と、簪を撫でた。


 それから暫く経ってから。

 髪の色が落ちてきた気がする、と。

 毛先を指で摘みつつ訪ねてきた男の髪を、また染め直し。

 去り際に、何気ない仕草で放って寄越されたのは、髪油。


 その後も男の髪を染める度。

 櫛であったり、髪紐であったり。

 染髪のお礼だから、髪に関するもので返す、という事なのか。

 男の妙な律儀さが、ちょっと面白い。


 手の中で髪飾りを転がす私に何かを感じたのか。

 不意に吹きかけられた紫煙を、笑いながら払った。

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