12
わざわざ総出で見送ってくれた魔族の皆さまに、また来ますと頭を下げて。
情が深いのか、口々に惜しんでくれるのは嬉しいが、いつまでも終わらない別れの挨拶に。
もういいだろうと途中で彼に首根っこを掴まれ、引きずっていかれつつの締まらない別れとなった。
その彼とも森を出る前に別れ、のんびりと帰路につく。
途中で知り合いとすれ違うたび、何処行ってたんだと、頭やら肩やら背中やら、あちらこちらで軽く叩かれ。
曖昧な笑みを返せば、それ以上は突っ込んでこない優しい距離感に、ほわりと癒しを感じて。
そうして、暫くぶりに帰った我が家に、ほっと気を休める。
……と、いうわけにもいかないらしい。
玄関先に陣取って、ぼんやりと煙草をふかす男が1人。
生きてたんですね、と。
呆れを乗せて呟いた私に、男はゆるりと口の端を持ち上げてみせた。
「まあな」
失ったものは大きいが、と、そう小さく付け加え、ふうっと紫煙を吐き出して。
無造作に下ろされた髪に、よれたシャツとスラックス。
つい数日前までの、伯爵と呼ばれ、煌びやかな会場を取り仕切っていた男の姿を思い返し。
おや、と小首を傾げた。
「髪、染めたんですね」
記憶にある男の髪は、もっと明るい色だったような。
どんな色だったか、はっきりとは覚えていないが。
きょとん、と此方を見上げてくる瞳は碧い。
そういえば、こうして男の持つ色彩に改めて注意を向けたことはなかったな、と。
ぼんやりと考えながら、濃い茶色の髪を一房摘む。
自分で染めたのだろうか?
傷んだ毛先が指に引っかかった。
気にするところはソコか、と脱力した様子の男に薄く笑う。
もっと綺麗に染め直してあげましょうか。
そう提案すれば、男はこくりと頷いた。
・・・・
とりあえずソレでも飲んでてくださいと、作り溜めてあった香草入り果実水の瓶を放る。
作ってから数日経ち、色が悪くなってしまっているが、品質に問題はない。
普段は作りたての色鮮やかなものを、その日の内に売り捌いている。
適当にその辺で寛いでおくように言い、髪を染め直すための準備に取り掛かった。
風呂を沸かしつつ、染料を作り、体を覆うための布やら何やらを抱えて居間へと戻れば。
床に寝そべり、無防備に寝息をたてる男の姿。
やや長めな前髪の隙間から見える寝顔は、妙に幼く見えた。
深い眠りに落ちているようで、近づいても起きる気配はない。
男の頭を持ち上げ、持ってきた布を差し込んだ。
髪に指を差し込み、気を微量に流し込みながら撫でる。
傷みを修復していくと同時に、髪の色も薄くなっていった。
淡い金が、元々の色らしい。
傷んで跳ねていた毛先もおちついて、さらさらとした真っ直ぐな髪は撫でていて気持ちが良い。
綺麗な色を染めてしまうのを勿体無く思いながら、染料を塗っていく。
気を練り込みながら作った植物由来の染料は、髪を傷める事なく染み込んでいった。
目をさます頃には、しっかり色素が定着していることだろう。
寝返りを打っても良いように布で頭を包んでから、その場を離れた。
・・・・
「あ、綺麗に染まったみたいですね」
料理中の匂いに釣られてか、ふらりと台所に現れた男を一瞥し、火を止める。
男の、やや緑がかった茶色に染まった髪を摘み、うん、と頷いた。
傷みのない髪は艶やかで、碧い目にも馴染んでいるように思う。
似合ってますよ、と褒めてから、寝起きのせいか薄ぼんやりとしている男を風呂場に案内し、着替えと手拭いを手渡した。
夕飯が完成した頃に、ちょうど良く男があがって来た。
浴衣は着慣れていないようで、だいぶ着崩れている。
ただ、気怠い雰囲気を纏う男にはそのほうが似合っている気がしたので、まあ良いかとそのままにしておいた。
無言で食卓を囲み、食後のお茶をこれまた無言で啜る。
男が窓を開けて一服しはじめたところで、洗い物に取り掛かった。
台所が片付いたら居間に布団を敷き、風呂に向かう。
風呂あがりに居間を覗くと、窓枠に肘をついてぼうっとしていた男と目が合った。
「一緒に寝るんじゃないのか?」
おやすみなさいと手を振れば、真顔でそう返されて。
きょとん、と暫し二人で見つめ合い、ああ寝ぼけているのかな、と。
緩い笑みを浮かべ、ぱたん、と居間の戸を閉めた。