11
興奮で沸き立つ魔族たちの間をすり抜け、彼の元へ走る。
彼は仲間に囲まれ、ぐったりと横たわっていた。
無茶な戦い方をしたのだろう。
私のためだけに、という訳でもないだろうけれど、それでも……。
戦いぶりを見る事が出来なかったことを、少しだけ残念に思った。
血だらけの体の横に、膝をつく。
久しぶりに見る傷だらけの姿に、ほんのり懐かしさを感じつつ。
いつも通りに治そうとしたところで、ふと、周りからの視線に動きが鈍る。
じっと此方を見つめる目には好奇心。
私という存在に対してか、この能力に対してか、それとも。
分からないが、何にせよ、落ち着かない。
切迫した状態ではないし、口から流し込むのは止めておこう。
瞬時に決め、そっと彼の胸に掌を当てた。
治る速度は緩やかになるが、仕方ない。
私にも、恥じらいというものがあるのだ。
治す傍ら、興味深々といった様子で質問が飛んでくる。
能力について少し、彼との関係性について大量に。
それらにぽつりぽつりと答えたり、愛想笑いで躱したり。
そうしている内に、ぴくりと彼の瞼が震え。
ぱちり、と、目を開くなり。
素早く後頭部を鷲掴みにされ、ぐっいと引き寄せられた。
重なる唇。
驚く声と、茶化すような口笛。
意図を察し、素早く気を流し込む。
傷が癒えると同時に、唇が離れた。
もう少し、人目を気にしてもらいたかったです、と。
文句を言うが、どこ吹く風。
「この方が早い」
そうしれっとした顔で宣うと、ひょいっと抱きかかえられ。
きょとん、と彼を仰ぎ見れば。
この方が速い、と、囃し立てる周囲を完全に無視して歩き出す。
「良いのか、崩れるぞ」
一度背後を振り返り、ごく冷静に指摘した彼の声と重なるように。
バキリ、と、天井が大きくひび割れ。
低い地鳴りの音と共に、小刻みに揺れる地面。
慌てふためく周囲を尻目に、さっさと走り出した彼に、焦った様子の仲間が続く。
その光景を、何か漫画みたいだな、と。
そんな風に、ぼんやり思いながら小さく笑った。
・・・・
皆が寝静まった中を、月明かりと夜光草を頼りに歩く。
ここは森の奥深く、不可視の結界に守られた、魔族たちの隠れ里の中だ。
彼に抱えられた状態でココに辿り着いたのは昨日のこと。
初めはぽかんと目を丸くして固まっていたものの、急に現れた余所者にも関わらず暖かく迎え入れてもらい。
食事やら風呂やら寝床やら着替えやらと、善意に甘え、あれこれお世話になってしまった。
若い娘さんたちが興味を持っていたようなので、真っ白ふわ甘なあの服をお礼代わりに差し出しておいたが、後々改めて何か贈ろうと思う。
そんな事をぼんやり考えつつ、目についた香草を摘み、さて戻ろうか、と思ったところで。
ザッ、と枝葉を揺らし、肩に雌鹿を担いだ彼が落ちて来た。
雌鹿の首に噛み跡を見つけて、ふと彼の種族を意識する。
人の血じゃなくても大丈夫なんですね、と。
何気なく言った後で、不躾だったかなと後悔したが、彼は特に気にした様子もなく、あっさり頷いた。
人の血が一番美味く感じるが、と、そう補足され。
なら、私の血を飲んでも良いですよ、なんて。
そう持ちかけたのは、ちょっとした好奇心と、助けに来てくれた事へのお礼になれば、という気持ちから。
「馬鹿かお前」
軽く目を見開いた彼は、少しの沈黙を挟み、ふうっとため息を吐いた。
どさり、と雌鹿を地面に下ろし、一歩此方に近づくと。
ぐっと私の顎を持ち上げ、そのまま……
……ぐにり、と頬を挟み潰した。
崩れた顔を無言で見下ろされ、へにゃりと眉を下げる。
ふっと鼻で笑い、彼は雌鹿を担ぎ直した。
そのまますたすたと歩いて行く彼を見送り、私に捕食対象としての魅力はないってことかな、と。
そう納得しつつ、赤くなった頬をさすった。