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奇跡は満月とともに

作者: 水瀬あすか




冬の夜の満月というのは、死者を生の世界へ呼び戻す力を、持っているらしい。








「 あぁ、もしかして今僕は、奇跡を与えられているのかな? 」



美しい演奏が鳴り響くホールから、遠く離れた別館の書庫。


普段の賑やかさも想像できないほど寂しげに光るその部屋で、私は初めて人に、涙を見せた。



「 ......申し訳ないけど、出ていって 」



静かな空間に、威厳の欠けらも無い涙声が響く。


顔の半身を手で覆った青年は、私の声など届いていないように、歩みを止めはしなかった。



「 君でも、泣くことがあるんだね。ティスデイル・レイーー 」



カツン、カツンと、靴の音が鳴る。


そして、両手で顔を隠す私に影を伸ばした彼は、膝まづき、私の両手を優しく握った。



「 ......いやっ 」



剣士の男の力に、呆気なく外された諸刃の仮面。


淑女としてあるまじき醜態に、頬に火が点ったのがわかる。



「 どうして泣いているの? 」



腰が抜け、抵抗をなくした私の手の代わりに、頬を撫でる彼は、甘い声色で囁いた。



「 ディー、教えて 」



久しぶりに呼ばれた、その名前。


懐かしさの魔法にかかったのか、あの瞬間から私は、もう"ティスデイル・レイ"ではなかったように、思える。



「 アル 」



目の前の、紳士の襟を掴んで引き寄せた。


懐かしいこの香りに、もう自分の身体すら溶けてしまえばいいと、ただただ強く、抱きしめた。



「 アル、アル、アル、私、あなたがいないと壊れそうよ。帰ってきてよ、早く、早く、いや、 」



あなたがいないと、寒いの。


だれもいないの、もう。


仲の良かった子も、みんな離れていったわ。


私は、良き国母になろうとしただけなのに。


どうして?


王子も私を、きっと愛してはいない。


あなたの頼みだから、引き受けたのよ。


私は、あなたがいないと、こんなにもーー



「 弱いの 」



ティスデイルの声は濡れていた。


そしてまた、アルーーアルバート・ケレスの声も。


愛する人の呼ぶ声に、自分は応えられない。


せめてもと、笑顔で見送った友人の隣は、彼女にとっては茨の海で。



「 ......そうだね、君は弱いのかもしれない。でも、それは、いけないことではないよ 」



諭すように、アルバートは言う。


優しさと、甘さと、弱さに塗れた声は、ひどく震えて頼りない。



「 無理して強くなろうとしないでほしい。僕はずっと、君にとって必要でありたいんだ。もう、叶わないことだとしてもね 」



それは確かに、自分本位な願望だった。



「 でも、君は強くならなきゃいけないんだろう。君自身の、ために 」



俺はもう、君の隣にはいられないから。


せめて君のことを、ずっと見てきた不器用な青年と、運だけに恵まれなかった自分の要らないほどの器用さを、君に。



「 僕の全てを君にあげよう。僕が君を愛してあげる。だけど、君は僕に縋っちゃいけない 」


「 ジークのことを愛していいよ 」


「 あれは素直じゃないし怖いけど、ずっと君を想ってきた。この僕が、その想いの強さを恐れるほどに 」



ーーーもしこれ以上、あの人の心を傷つけたら、俺が絶対に許さない。


だから、死ぬな。


生きてくれ、アルバート・ケレス。



「 アル 」



いつの間にか、腕の中のティスデイルは、力をなくしていた。


弱々しく微笑み、俺の名を呼ぶ。



「 好きよ、愛してるわ 」


「 あぁ、俺も。愛してる、ティスデイル・レイ 」


「 だけどもう、 」


「 お別れだ 」



午前0時の鐘がなる、静かな部屋に明かりが灯る。


ギギイと重いドアの音が響き、ティスデイルは穏やかな目でそちらを見やった。


そして静かに、呟く。



「 良い月ね、ジークフリート 」


「 ええ 」



ジークフリートは、穏やかな足取りで、靴の音を鳴らすことなく、私の隣に腰掛けた。



「 ねえ 」


「 はい 」


「 これからは、ジークと。そう呼ぶわ。だから、あなたも私のことは、ディーと呼んで 」



ティスデイルは、ジークフリートの顔を見ようとはしなかった。


しかし、ジークフリートは、不器用な感性のなかで、その悲しみを悟っていた。



「 会ったんですね。アルバートに 」


「 さあ、どうかしら 」


「 あいつは、なんて 」


「 知らないわ。でも、そういえば、さっき知ったんだけどあなたってずっと私のことが好きだったの? 」


「 え!?あ、いつ余計なことを... 」


「 なによ、余計なことって。なんか傷つくわ 」


「 あ、......すみません 」


「 そんなに申し訳なさそうにしないで。で、結局どうなの 」


「 はあ 」



今宵は、とても美しい、満月だ。



「 本当はずっと、愛していました。ディー、アルバートの分も、俺にあなたを、愛させてください 」









冬の夜の満月というのは、死者を生の世界へ呼び戻す力を持っているらしい。


しかしそれも、王子が一介の貴族令嬢に敬語を使ってしまうような、小さな国での言い伝えで。


本当かどうかは、誰にも、わからない。











こんにちはこんばんは、なろうユーザーの皆様。


後書きというのは、こんな感じで、いいんでしょうか?


よくわかりませんが、私の記念すべき(?)一つ目の作品を、皆様のもとへ、お届けさせていただきました。


「 気軽に読める、でも感動できる 」をコンセプトに描いたこの「 奇跡は満月とともに 」でありますが、いかがだったでしょうか?


気に入ってくださった方も、納得できなかった方もいらっしゃると思いますが、どうかティスデイルやアルバート、ジークフリートの未来に、思いを馳せてくださると嬉しいです。


描写や構成など、至らない点も多いかと思いますが、ここまで見てくださり、本当に、ありがとうございました。

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