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02 思いつき、はじまり。
「私が伝えたいのは、痛みじゃないの」
楽器の手入れをしながら、不満そうに言った。
今日はもう、終いなのか、それともただの気まぐれか。楽器の手入れは、本来吹き終わり、片付ける前にするもの。まだ納得いかなさそうなのに、今日はもうやめてしまうのだろうか。
「でも楽譜が、そう書かれてる」
綺麗な指が、譜面をなぞる。
「人にそう見えなくても、私は、『痛み』に思う」
言った彼女の瞳は、暗く、深い色をしていた。
そして、不意にこちらに語りかけた。
「ねぇ、キミはどう思う?」
その問には、答えなかった。かわりに、さぁね、とだけ返しておく。
「そっか」
彼女は、悲しげに、少し微笑んだ。
「私の、この温かい感情は、どうしたら表し切れる?
浮かれた気持ちを、どうしたら…。
…。
あ。あぁ、あはは。そっか、もう、いっそのこと…」
思いつきが名案だったようで、嬉しそうに顔を綻ばせる。
目の前の鏡に顔を写して、
「全部全部無くしちゃえば、イチから作りなおせるね」
可愛らしい笑顔を浮かべた。
無邪気に笑うその声が、紡ぎだされたその言葉が、ただただ真っ直ぐに恐かった。