焦燥
父がシェパードの子犬をどこからかもらってきたのは、私が小学校6年生の時だった。
「こいつはまだ三ケ月くらいばってん、足が大きいからでかくなるぞ」
そんな父の言葉を、私と三つちがいの弟は目を輝かせて聞いていた。当時流行っていた時代劇から大五郎という名前をつけた。洗面器いっぱいの、ドッグフードとご飯をまぜたエサをいつもおいしそうに食べていた。
一年近くが過ぎた。大五郎は立ち上がると、4年生だった弟より大きくなっていた。
夏休み中の暑い昼間だったように記憶している。散歩させようと小屋から出すと、大五郎はじゃれて弟に飛びかかろうとしていた。
当時、リードは鉄の鎖で、手元がT字型になっているものを使っていた。私はそれを両手で引いて踏ん張っていた。
しばらくはそうしていたが、いたずら心から大五郎を弟に飛びかからせてやろうとリードを放した。弟が走り出すと、大五郎もリードを引きずりながら追いかけだした。
当時の私の家は旧国鉄のローカル線沿いにあった。追いかけるものと逃げるものが線路の方へ向かった時、嫌なざわつきが胸の奥の方からわいてきた。
照りつける夏の太陽の中で、軽い眩暈を覚えながら、走り去る二つの影を見つめていた。
弟が線路の向こう側に逃げた時、私の背後にディゼル機関車の汽笛が響いた。振り返ると、一時間に一本も運行していない単線のローカル線の汽車が容赦なく近づいてきている。私は、大五郎も弟を追って当然線路を越えているだろうと思っていた。
が、再び振り返ると、大五郎が線路上でせわしく跳びはねている姿が目に飛びこんできた。リードがどこかに引っかかって逃げられないのだ。助けに行くのは、そこまでの距離と時間を考えると絶望的に不可能なことだった。私はただ立ち尽くしたまま、その時を待つことしかできなかった。
橙色の車体が、汽笛を鳴らしながら大五郎をのみこんだ。
つづく