確認の日付と時間
アラスカ‐19:05
凍える風が吹き込んでくる窓を閉めてる。
今自分の身に何が起きたのかの確認だ。
部屋の中は外気に晒されていた事もあり、鳥肌が簡単にたつ温度であった。部屋と外の気温が同じになってしまってるのだ。
「ここどこだよ。」
彼は何回も口にしていた言葉を言う。落ち着こうと先ほど入れたコーヒーを一口含む。
先ほどまで湯気を出していたコーヒーはすっかり冷えており、その味は彼の気持ちとリンクする。
これは非常にまずいぞ。
彼は何が起きたのかを確認するためにまず窓越しに部屋の外を見る。
白銀の世界に吹きすさぶ雪と大地、そして遥か彼方にある山々。
彼はここでもしかしたら自分は異世界に来たのではないかと考え出す。
常日頃から異世界に迷い込む小説などを好んで読んでいた彼は本来なら想像だにしないことを想像した。それだけ今起きている自体が異常であった。
異世界に来たかどうかの確認は魔法やら人の髪の色などと相場が決まっている。
しかしこの場には自分しかいない。なら星の位置を確認しようと彼は買ったばかりの毛布を羽織り、部屋の外へと向かう。
外に出ても感じる寒さに変わりはなく、別段空気になにかが含まれているというものもなかった。
空を見上げると微かにではあるが光り輝く星が浮かんでいるのを確認する。
これが二つならと淡い期待をしたが、どうやらその星は日本でよく見てきた月とそっくりであった。
彼は自分の部屋が外からどのようになっているのかを確認する。どうやら部屋の外観はアパートの外装と同じ木でできているだけの小屋であった。六畳一間の小屋である。
「これ以上は無理だな。」
身体の体温がどんどんと奪われていくのを感じた彼はすぐに部屋に戻った。
部屋に戻り、雪で濡れた髪をタオルで拭き着慣れたガウンを来てマフラーをし防寒に努めた。
身体を温めながら彼はそもそも何でこんなことになったのかを思い始める。
新しく引っ越した部屋でパソコンをいじり、コーヒーを入れ日付と時間を設定して…
そこで彼は気づく。タイムゾーンをアラスカに変えたのであったと。
彼はすぐさまデスクトップ画面に映るウィンドを見た。
そこに映し出された世界地図は日本を左の方に置き、アラスカを地図の中心へと持ってきていた。
「もしかして…」
彼は恐る恐ると震える手でマウスを持ち、カーソルを再び国の名前がある項目を確認する。そこから元々自分がいた日本の項目を選ぶ。標準時が日本と変わり世界地図も日本を中心へと持っていった。
彼は意を決してOKボタンをクリックする。
日本‐13:15
直後先ほど迄の暗さは消え、悴む程の寒さを感じなくなった。
「……」
自分の身に何が起きたのか理解できていない彼は困惑した。
彼はもう一度確認のために先ほどと同じタイムゾーンが出ているウィンドを開き、ペキンを選択し適用ボタンをクリックする。
北京‐14:17
特に部屋の中で変化は感じられなかった。そう感じた彼は部屋の窓から外を確認する。窓の外には沢山の住宅街が並んでいて人がそこで生活をしている姿が見れた。
疑問は確信へと変わっていく。
彼はここで自分の持つパソコンのあのウィンドが世界の国々へとこの部屋ごと移動しているのを知った。これは何かの能力かと疑問に感じた彼であったがこのパソコンの力がそこまで使えないことも知ってします。
ウィンドに出ている国には行けるが先ほどみたいに訳のわからない場所に飛ばされる。
飛ばされた先の国で別になにかをするという目的もないしすることもない。
飛ばされた先の国の人と言葉も違うのであるから交流のしようもない。彼は母国語しかしゃべれない。
これが異世界だったら何かの力で言葉が通じたり、なにか事件に巻き込まれたりとするだろうが、まさか現代社会で飛行機を使わずに世界の国々に行く力を持つパソコンがあるだけだ。なにをするのだと逆に問いたくなる。
実家で読んだ漫画はそういう展開だったなと思い出しながら彼は再び日本の項目を選び、空間を部屋ごと飛ぶ。選んだ直後にすぐに部屋は日本に戻ると彼はわかっていた。
日本‐13:19
「随分と微妙な力だな。」
なにか力がつくわけでもなく、よくあるナビゲーターの妖精さんや亜人の子が出るわけでもなくパソコンは黙したまま画面に世界地図を映していた。
「話のタネにはなるけどな…どうやって言うよ。」
仮に彼以外の人が部屋にいる状態でこのパソコンの力を使ったら先ほどの様に移動するのか気になりだした。確認したいことはまだたくさんあったのだ。彼はもしかしたらこのパソコンの力を与えてくれた人がいて、その人から世界の国々を救えなど言われないのかと少し期待をしていた。
それから10分経っても部屋の中は先程と何ら変わり無い。
お昼どきというのもあったので彼は財布を片手に羽織っていた上着を外行に変え部屋の外に出る。
「なんだい。やっと起きたのか?もうお昼ご飯できてるよ。」
部屋を出た瞬間に母親に声をかけられた。
彼のいるアパートは外にでるとすぐに手すりがある外に面した廊下であった。
しかし、今部屋の外にでると慣れ親しんだ実家の廊下ではないか。
「…え?」
彼に再び疑問が浮かんでしまった。
日本には確かに戻ってきたがランダムだったらどうしようかと考えたのだ。もし移動先の国が争いごとの真っ最中であったり、国のお偉いさんのSPがいる目の前になんか飛んだら即お陀仏だと考えた彼は実家に戻ってきた理由を探ることにする。
「か…母さん。昼はもうちょっと経ってからでいいや。」
「あら?そうなの?あなたここ最近部屋にこもりっきりだったから心配だったのよ。株の取引してるんでしょ?儲けたりしたら少しは家にいれなさいよ。」
彼は母親からよくわからない言葉をかけられる。
彼は今まで株に手なんか出したことがない。見えないお金程信用ならないと考えいたからだ。実家でそんな話題も素振りもしたことないのに謂れのない話に少し怖くなった。
もしかしたら別次元に存在する世界なのかもと考えた彼はすぐに部屋に戻り、確認を急ぐ。
彼はここが実家だと思った時にパソコンの力で飛んだ理由の予測を立てていた。
北京から日本に戻るとき彼は実家のことを思っていた。
よくある頭の中でイメージしたところへと飛ぶ魔法などだ。今度はアリゾナを選択しグランドキャニオンの大地を想像した。漫画のいれ知恵だけの知識だったので大雑把な想像をした。
項目を選択し適用ボタンをクリックする
アリゾナ‐20:30
部屋は瞬時に暗くなり、雲一つない空に浮かぶ欠けた月が太陽光を反射しアリゾナの大地を淡く照らしていた。窓から見える景色は大地にひび割れが起きていると彷彿させる谷がある場所であった。
また疑問は確信へと変わった。
今度は日本を選択し適用ボタンをおす。彼は押すときにアパートのことを想像する。
日本‐13:36
日本に戻ってきた彼はすぐに外を確認する。
葉がかれて寒そうな木や崩れかけのブロック塀など自分が引っ越してきたアパートから見る景色だった。
「やっぱりな。これはすごい能力だぞ!!」
彼は歓喜しました。
この力を使えば毎日出社ギリギリまで寝ていられる事と外に出かける際に行くお店の出入り口近くに飛べばすむのだ。定期代も浮く交通費も浮く。そして目的地にいけると一石二鳥であったのだ。
彼は自分の愛用していたパソコンを撫でながらこの能力をどう使っていこうかと模索していた。
ふいに軽い空腹感を彼は感じ、歩いて3分程度の場所にあるコンビニへと向かうことにした。
「あら。今からお昼なの?」
彼に話しかけるのはこのアパートの大家の奥さんです。アパートの下見できたときに、優しくひとり暮らしの心得などを彼に細かく教えてくれていた。だから今日から住むことになった彼は気兼ねなく大家さんと喋れた。
「はい。まあカップ麺でも食おうかと思いまして。」
お昼のピークが過ぎる頃の時刻だったのでおにぎりやパンなどの陳列は期待していなかった。
今はこの空腹をいち早くなんとかしてあのパソコンのことについてほかに何ができるのかを調べる必要があったのだ。
「カップ麺ばっかりじゃなくて自炊するのよ。」
「はい。わかっています。」
社交辞令のように彼は会釈しその場からコンビニに向かおうとする。しかし彼の足は動かなくなってしまった。大家さんが言った言葉を聞いたせいだ。
「そういえば越してきてから3ヶ月経つけど、最近どう?」
3ヶ月と言う単語の意味が理解できなかった彼はなんて答えればいいのかわからなかった。
「しっかり働くのはいいけどそろそろ彼女さんの一人でも部屋に連れてきなさいよ。うちのアパート壁は薄いからあまりことを起こさないで欲しいけどね。」
そう言うと大家さんの奥さんは離れにある家に戻って行く。どうやら自分が喋りたかっただけのようだった。
「…も…もしかして!?」
彼はなにかに気づいたようで自分の部屋の中に戻り、パソコンの画面を食い入るように見た。
タイムゾーンのタブではなく、その左横のタブ。日付と時間のページである。
彼は早まる気持ちを抑えながらカーソルを動かしクリックする。そこにはカレンダーと壁掛け時計が映し出されていて、左上には月と年数を決める項目があった。
そして彼は気づいた。さっきは日にちと時間だけしか設定していなかったのだ。
パソコンの月は春先を超え、そろそろ大型連休のある月になっていた。
彼がここに越してきた月からちょうど3ヶ月であった。
「まさか…時間も移動できるなんて…」
彼は気づいたのだ。この日付と時間、タイムゾーンを駆使すれば未来も過去も国も場所も何時どこへでも行ける事を知った。過去の自分に助言したり、実は気になっていたあの子はこの年まで彼氏ができたことがないことや、英語だけはしっかり勉強しろよなどを伝えたり、未来に言って賭け事の結果、自分の未来の結婚相手を知るなどと言うことに胸が躍る。
そういうことを彼が考えていた時になにかひっかかるものを感じた。
それについて考え答えを導き出したと同時に恐怖で彼の身体が震えだす。
先ほどの彼の母親と大家の奥さんの2人は一体3ヶ月の間、なにを見て自分に話しかけてきたのだろうかと。