幕間:旧友との語らい
幼馴染が戦犯認定されて、早一か月以上が経った。
「や、久しぶり」
冷やかしに来る旧友がたくさん部屋を訪ねてくる。
「何の用だ、渡良瀬」
俺はこの軍の少佐。若くしてそこまで上り詰めた実力と学力を備えた人物と評価されている。
「そんなこと言わないでよ。つれないな」
そういいながら部屋に入ってきた女は応接用のソファーに座って俺をふりむく。さらさらと細い髪の毛が革張りのソファーに音を立てて落ちる。
俺はため息をついて、重要な書類がないことを確認してから立ち上がって紅茶を淹れて彼女に出した。
「ん、ありがと」
「これが目当てのくせに」
そういって俺は彼女の正面に座る。彼女は軍人ではない。警察庁のほうの人間だ。
この国の治安維持部隊の事情は複雑だ。
「いやあ、キミたちが仕事やってくれるから暇でさー」
「そんなことを俺に言われても困るな」
そういって俺は紅茶をすする。久しぶりにかいだ香りにふっと表情が緩むのが感じた。
昔、警察がやっていた取り締まりはほとんどすべて我々国防軍がやっている。今では警察がやっている仕事といえば、普通学校に行って講演会を開いたり、家出少年の補導などだ。はっきり言ってしょぼい。
「いっそ解散させて統合してくれればいいんだけどね~」
「そんなことしたら、お前も銃を握ることになるぞ?」
「それは勘弁なんだよねー。なんていうかな、一連隊ぐらいにまとめてパトロール隊みたいにやってくれないかな」
「そりゃ税金泥棒だ」
「今のままでも税金泥棒だよ~」
とりあえず自分で言うなと突っ込んでおいて俺は、疲れた様子も何もない彼女を見てため息をついた。
「暇そうで何よりだ」
「ん。そっちはいそがしそうだね」
「どっかのバカのおかげでな」
「はは、勇介か。まさかあいつが戦犯になるとはねえ」
「……ああ」
あいつが戦犯になったいきさつの真実はかん口令が出ている。かん口令の出どころは長澤大佐、つまり、親父さんからだ。
「で? なんで戦犯になったの? カメラで何かやらかした?」
「いや、兵士を撃ち殺した」
「なんで」
「……」
それ以上はかん口令が出ている。そう告げると、彼女は目を向いて首を傾げた。
「それこそなんで?」
「とても表に聞かせられるような話じゃない」
カップを置いて俺は彼女のまあるくて大きな目を見つめる。
軍人であればとっくに食われていただろうな。
小動物的な魅力を放ちつつも、彼女の射撃技術は俺よりあるこの子は惜しまれつつも人に銃を向けたくないという理由で軍から警察に下った。。
「ふーん。オフレコねえ。国軍がらみ?」
「いや、そうでもない」
肩をすくめて俺は深くため息をつく。いくら旧友とはいえ戦犯を取り逃がしてしまったのだ。その事実が俺を責める。
「でも、……ごめん、ここでこんなことを言うのはあれだけどさ、栄ちゃんが勇介撃たなくてよかったよ」
小動物的だがざっくばらんにものを言う彼女は奥ゆかしい同級生より人気はあった。だが、これははっきり言いすぎだ。
「お前な……」
ちらりと戸口の方を見やって彼女を見ると彼女は真剣な目をしていた。
「だって撃ったら栄ちゃん自分のこと責めるでしょ?」
「……」
撃てなかったら撃てないでそうで、撃ったら撃ったらそうなのだ。それでも。
「それでも、職務を遂行しなければならないんだ。上官のいうことには絶対服従。ノーは言えない」
「……」
言い切った俺に、彼女はすっと目を細めて少しだけ悲しそうな顔をして、ちいさくそう、とつぶやいた。
「ノーというならば、俺はこの職を辞さなければならないし、そうすれば大勢に迷惑をかける。そんなことは俺はできない」
扉の前で書類を提出しに来た部下がいることを知りながらつぶやく。
「……そうね。ここでも優等生なのね、栄ちゃんは」
そういうと彼女は紅茶を飲みほして外へ出ていった。
彼女が残したかすかなシャンプーの匂いと、色濃く漂う紅茶の香りがむなしく残る。
「少佐」
呼び声に立ち上がって顔を出すと、書類を提出しにきた部下を言葉でねぎらって退室させると俺は深くため息をついて書類を机の上に放り投げる。
目を向けると、レジスタンスのアジトの報告書。ひときわ大きく目を引いたのは、詳細不明の赤文字。あとで呼び出そうと思いながら目を通す。
「少佐」
呼びかけに顔を上げると、警らの時間ですという声がかかる。時計を見れば確かにそうだ。
「すぐに支度をする」
「承知いたしました」
律儀な声を聞きながら書類を見ながら装備を整えていく。
「レジスタンス『クロートー』か」
ポツリとつぶやいた俺は書類の重要度を確かめてから外に出て部下を伴って廊下を歩いていく。
俺は、この国の軍人だ。国民のために職務を遂行し、上官の命令には従う。それが当たり前、それが当然の環境なのだ。
次は撃つ。そう心に決めて歩みを進めていく――。