B面の途中
浴槽の隅の黴が気になった。
洗剤で軽く洗えばまだ落ちるだろう。根が深く張る前に掃除でもしようか。
浴室で一人、ふわふわと湯気に煽られている。のぼせそうになる位が丁度いい。余計な思考力が死んでくれるから。
あの子のスカートの内側、ワイシャツから透ける下着の線、薄桃の唇、肌の白に浮き上がる青々。
どうせそんなものしか目には写っていない、黒板の暗号なんかより妄想を膨らます方が有意義だとか言ってしまえそうだ。
今日もまた邪であったな、あの空なんかよりもよっぽど清々しい。
明日の課題を済ませてないとか考えながら下着を履く。
下着一丁。うろうろと台所へ。
冷蔵庫、幾度となくなにかをぶつけられてへこみきった扉を開ける。
適当に飲料を漁る。今日のお伴は三ツ矢サイダーか。
夏だ。
子供の寝る時間、大人でも子供でもない僕は途方に暮れている。とりあえずは、ペンを握ってみた。
すぐにあきらめてヘッドフォンに手を伸ばす。
やっぱりここにしか居場所はない。音にて死す、去らば内申書。
指先にある不快感をどうにかしたくてベッドへ身を投げる、ボリュームを上げる、流れ出したのは厭世の歌。
自傷癖の女に憧れた、カッターを握ることもできないから。
口だけの死にたいが一人歩きしている真夜中、切り傷を開くような曲達が鼓膜に哭けと訴える。簡単に言うてくれるな。
どっちみち友人も少ない、愛してくれる人なんていない。親は、それは、ちょっと違うだろう。
つまりは存在が存在していない。僕と言う人間が此処には居ない。
指先の不快感はとうとう全身に走る、脳みそを取り出してかきむしりたい。
もう嫌だ、止まっていられない。僕は誰だ。僕は誰だ。
僕は僕だろう。何故胸を張って言えないんだ。
耳元のフライ・アウェイが投身しろとがなっている。やめてくれ、やめてくれよ。
僕は玄関からつっかけを履いて外に出た。駆け出したい気分なのに、足はメトロノームだ。湿気った火薬を呑み込むしかない自分を誰が抱き締めると言うんだ、この自嘲が僕を僕たらしめるのか。自分を呪うしかないのか。
まだ夢を見られるはずなのに、なんで僕はよれたシャツとジャージで徘徊しているんだ。人一人居ない街、時間を考えれば当然だが、本当に一人なんだ。バイクを噴かすど阿呆も阿波ずれを抱いて寝ていやがるんだな。ああ嫌だ嫌だ、僕は何処に向かうんだ、どんな音をたてられるんだ、どんな人と愛し合えるんだ。
昨日今日明日、今僕はどこだ、明日はとうに落としてしまった、誰も拾ってくれやしないんだってテレビのミュージシャンは歌った。
もう僕は汚れきっているのだろうか。
ああ、どうしよう太陽が迫ってきた。
信号の止まった交差点で一人、車道にうずくまる。大声も出せないから下唇を噛んで、シャツの袖を強く、強く握った。
もうすぐ酔いも醒めて、また日常へ向かう。
玄関の前まで這うようにして戻る。
一台の車が排気ガスの風を運んでくる。
また、焼き増しの今日が始まる。