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*注釈について
この作品は世界設定をより詳しく説明するために注釈を使っています。しかし大事な世界設定は作中で書かれているので、物語を解釈するためには必要ありません。注釈はより深くこの作品の世界について知りたい方たちのためにあります。基本的に注釈は前書きに書きます。
[1]Dスタッフ:ディテクティブ・スタッフが正式名称。ヴォルケン校の私立警察で生徒の行動を監視し、ヴォルケン校で発生する事件を調査する。生徒の逮捕、罰則、処刑もDスタッフが受け持っている。
[2]シリコニック:有機ケイ素化合物をナノテクノロジーを使って組み換えた素材を示す使う範囲が広い単語。カーボニックに似ているが、炭素の代わりにケイ素を使う素材である。
[3]アレックス社:東京に本部を置く世界最大の軍需産業。防衛用のロボットの開発からSF用の銃まで様々な武器を生産している。
[4]ST30‐MG:ST30はシリーズ名で、MGはメカニックガン(メカニックガンは[6]で詳しく説明する)の略。五年前に発売されたST29‐MGをよりスムーズに使えるように工夫を施した武器である。
[5]バイオニック:バイオニック製品は全て生きている生物である。DNA組み換えによって武器や他の道具として使える生物を育てることによってカーボニックやシリコニックではできない効果を出すことができる。
[6]メカニックガン:弾丸を連射する小さな銃を意味する。他にもエネルギー弾やレーザー弾を発射する武器があるが、それはメカニックガンではない。
[7]ヴァン・ヘルシング:有名な吸血鬼ハンターの名を取ったバイオニック製の弓。光合成を行うことによって、ヴァン・ヘルシングは矢を作り出すことができる。
[8]スフィア:アレックス社が発売している最新型の護衛ロボット。球状だが、普段は一センチほどの大きさなのでペンダントとして首からかけることができる。発動されれば必要に応じて膨張することもできる。
→専門用語リスト: http://marianflayer.blogspot.de/2012/12/blog-post_21.html
→専門用語グロサリー: http://marianflayer.blogspot.de/2012/12/blog-post_23.html
鉱山を探検することについて、僕は文句を言わなかった。文句を言ったところでウトが僕の言うことを聞くは思えなかった。それに鉱山はウトを殺すことができる絶好の場所でもあった。死体を完全に処分することができれば罪を|イェーガー(狩人)になすりつけるのは簡単だ。
だがヴォルケン校にはDスタッフ[1]と呼ばれる職員たちがいる。Dスタッフは校則違反を取り締まる学校側の人間で、兎狩りが行われている間に生徒が死んだ場合、死体と現場検証を優先的に行えるのは|ズゥーハァー(探索者)に加えてDスタッフたちである。ズゥーハァーは生徒を殺したイェーガーを殺すのが目的なのに対してDスタッフはあくまで校則を犯した生徒を捕まえる役目を持っている。エンブレムの所有者はヴォルケン校がリアルタイムで把握しているから、もし殺人許可を持たない生徒が犯人だと判明すれば、Dスタッフは速やかにその生徒を逮捕する。
あらゆる科学捜査を誇りと学校側の完全協力を持つDスタッフの検挙率は95%である。しかし、それは殺人だと確定した事件の場合だけで、そもそも死体がない事件の検挙率はそれよりずっと低いはずだ。特にイェーガーの|デン(巣窟)と呼ばれるほど危険な鉱山で行方不明になれば疑いは僕にかかりまい。それでも油断はしない方がいい。完全犯罪でなければいけないのだ。
「鉱山探検にいく前にいちおう装備を確認した方がいいよ」ミオンとナンと別れてから僕はウトに言った。彼を殺したい気持ちは嵐の海のように荒れ狂い、感情の波は身体の内側にあたっては砕けていたが、イェーガーのデンで僕は死にたくない。万全な装備で鉱山探検に挑みたかった。
「俺はスタンダードな装備さ」腰に巻いたガンベルトをウトは指さした。二丁のシリコニック製[2]のアレックス社[3]のST30‐MG[4]がガンベルトの両側に下がっている。連射速度と反動の強さを設定できる使い勝手がいい武器だが、防音機能はないのでゲリラ戦には向いていない。
一方僕はバイオニック製[5]のスナイパーを得意としている。しかしスナイパーは室内戦では殆ど使う機会がないので、僕のベッドの下に眠ったままでいる。今腰に携えているのはヴォルケン校が前生徒に配布している黒い刃に青い柄のサヴァイヴァルナイフだ。ウトが携行しているようなメカニックガン[6]も持っていることは持っているが、至近距離の戦いで勝ったことはないので、そのような武器は使わないことにしている。
「確かにイノの装備は薄いな」ウトは頷いた。「弓を使ったらどうだ?」
僕は弓も得意だった。メカニックガンは使えないくせに、もうどんなSFも使わない弓は上手かった。弓も至近距離では効果的な武器ではなかったが、僕が使うメカニックガンよりはマシなので、僕は渋々自分の部屋に戻り、バイオニック製の弓、ヴァン・ヘルシング[7]を肩から下げた。矢は主にバイオニック製を使うが、カーボニック製の矢もあって、標的によって矢を選んでいる。
部屋から出ると壁に持たれたウトがつまらそうに銀色に光るメカニックガンのマガジンを点検していた。僕を見るなり、彼はしゃきっと立ち上がった。「弓とメカニックガン二丁。準備万全だな」
「うん」僕は同意した。
しかし実は僕はウトが知らない武器をさらに一つ、制服のTシャツの下に隠し持っていた。それはスフィア[8]と呼ばれるペンダントの飾りの大きさの小型ロボットだった。スフィアはヴォルケン校の受験に合格して、月へいくと決まった日に両親からもらったものだった。両親は僕がヴォルケン校に入学するのに反対していたが、結局はスフィアを一つ僕に託して送り出してくれた。
スフィアは球状の小型ロボットである。いつもはペンダントとして首から下げているが、僕に危険が迫ると発動され、僕に対するあらゆる攻撃をシールドで弾きながらエネルギー弾を撃ち返すように設定されている。ピンチになったら僕は弓なんて捨ててしまってスフィアに守ってもらいながら逃げ出すつもりだった。
鉱山への入り口は大聖堂から一番遠い、地下二階の奥深くにあった。ヴォルケン校は大きいので、僕たちは二回ほど迷ってしまい、電子式の生徒手帳に乗っている学校の地図がなければ鉱山の入り口事態見つけられなかっただろう。
「用意はいいかい?」ウトは左手を腰のST30‐MGに当てながら尋ねた。
「いつでもOK」
ウトはイェーガーのデンへと続くドアのノブを掴んだ。金属音が小さく響き、ドアは開く。鍵はかかっていなかった。
扉の後ろには薄暗い廊下が続いていて、ウトは電灯のスイッチを捻ったが、旧式の電球は全て割れていて、電気はつかなかった。僕はポケットからペンライトを取り出し、彼に渡した。ウトはそのペンライトをかざして、廊下へ一歩踏み入れた。
「鉱山と呼ばれているからもっと洞穴みたいな場所を俺は想像していた」
「同感」僕も廊下に入り、背後で鋼の扉を閉じた。すると唯一の光源は懐中電灯だけになってしまい、少し不安になった。
「そう怖がるなって」僕の震えを察知したのか、ウトは振り向いて言った。「それともおまえの手を握っていてやろうか」
「いいよ」少々荒く僕は答え、ウトを追い越して先を突き進んだ。
鉱山の廊下は曲がりくねっていたが、分かれ道はなかった。だから迷うことなく進むことができ、数十メートル歩くと、廊下の終りから淡いブルーの光が見えた。
「あれはなんだろう?」同時に僕たちはいい、その光に向かって足音を立てず、しかし素早く走った。
廊下を抜けた。そしてそこには、今まで見たこともない世界が広がっていた。
まるで全ての方向から流れ落ちる滝のようにゆっくりと青く明滅するクリスタルが壁を覆っていた。ヤコウタケのように柔らかい光だったが、海のように深い真っ青だった。
「凄いな」ウトは僕の隣で呟いた。彼もあんぐりと口を開けて、水晶の壁を見つめている。
綺麗なだけじゃない。そのシリンダー形の空洞はとても広く、大きかった。
「自分が蟻になったみたいに感じられる」僕はウトに言った。彼はうなずき、両手を伸ばした。
空洞の天井には白いガスが溜まっていたので、正確にはわからなかったが、見える部分だけで小さなビルが一つ入りそうな高さだった。横の広さも極端で、サッカーフィールド一つくらいの幅はあった。巨人が掘ったみたいだ――と、僕は思った。
僕たちが抜けてきた廊下は洞穴の一番下ではなく、そのちょっと上に面していて、さらに上へと続く足場が迷路のように組み立てられていた。僕は錆び付いた足場に乗り、下を見てみた。空洞の底に液体のようなものが滞留している。水ではない。水にしてはドロっとした感じで、危険そうだった。
「月の石を発掘するさいに溢れだす化学薬品だ。吸い込むのは構わないが、肌に触れると、触れた部分の細胞が死んでしまう猛毒だ」空洞の底を見下ろしながらウトが解説してくれた。「落ちたらまず助からないだろう。それに死体も浮かばない。ここでイェーガーたちは死体を処分しているんだな」
「この青い光を発しているのが月の石だよね」
「ああ。小さな核融合を繰り返すことで光を発するんだ。昔はエネルギー源として使われていたけど、危ないからもう月の石の採掘は行われていない」
僕たちはいくども枝分かれする足場を登っていきながら月の石の光を楽しんだ。なぜこの場所を観光地にしないのだろう、と僕はウトに聞いてみた。
すると彼は「あんまり人がこないからだよ」と答えた。「月の石はいちおう危険なんだぜ。放射能はあるし、割ると毒が溢れだすし。それにこの鉱山だけを見るためにわざわざ月にくる人間はいないよ。だから他のアトラクションも作らなければいけなくなる」
ウトの説明は筋が通ったので頷いた。その時――
背後から話し声が聞こえてきた。ずっと遠くからの声なのでなにを言っているのかはわからなかったが、この鉱山に確実に他の人間がいた。
僕とウトは顔を見合わせて足場に伏せた。話し声は下から聞こえてくるので、足場に横になれば、簡単には見つからない。僕は頭を少しだけ上げて、鉱山から僕たちが通った廊下へと続く足場を凝視した。ちょうどその時一人の少年と少女が現れた。少年の方は黒い袋を担いでいて、少女の細い手には大きいメカニックス式の突撃銃が握られていた。少年は黒い袋を開き、ぐったりとした他の少年を袋からひきずり出した。僕が名前も知らない生徒だが、新入生だ。
二人がイェーガーだと僕が気づくと同時にズボンと袋から引きずり出された少年が猛毒の液体の湖に沈む音がした。ウトが言った通り、新入生の身体は浮かばなかった。
イェーガーの二人は小さく笑い、今度は足場を登り始めた。
「彼らを倒してみないか?」ウトが僕に囁いた。
「なにを考えているんだ!」僕は首を振ったが、ウトはガンベルトからすでにメカニックガンを抜いていた。
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良いお年を!
Marian Flayer 24th of December 2012