戦前の怠惰
亜樹side
「戦争…なう…っと………」
「どうする?これから」
突然のことに、生徒は全員が混乱していた。
教師達も、恐らく同じだろう。だが、意外にも素早い対処がなされた。
俺達はその結果、今こうして部室に戻されている。普段なら、4時間目の授業が始まった頃だろう。今日の俺のクラスの授業は…歴史の……大正デモクラシーあたりだったかな。今頃教科書を丸読みして回しているくらいだろうか。
いつもならその次の昼食時間に対し思いを馳せているところだが、今日はとてもそんな気分にはなれなかった。
「亜樹……私今日早弁しちゃったよ……」
俺と同じクラスの広田李紅がケータイ片手に何やら死にそうな顔をしている。
昼食の心配をしているのだか、これからの美術部――北中の心配をしているのだか微妙な発言だが、その表情は今まで平和に暮らしてきた俺からは何とも形容し難い暗いものだった。
「腹が減っては戦は出来ぬ だよ、李紅。幸運なことに、うちの学校には購買がある」
「うん……でも、限りがあるから……数日続いたらキツイだろうね」
「数日か……コバトル、帰ってこないな……」
「部長会、荒れてるんでしょうね……」
俺の代わりにナルポスが応えた。生徒会執行部議長団議長の鈴森菜瑠、通称ポスにおいても、この事態はどうにもならない深刻なものであることが伺える。
他の部員も、世界の終わるような出来事であると考えているのが目に見えて分かった。
いや、本当に崩壊しかけているのだ、俺達の世界……俺達の全てが。
「ただいま」
「コバトル!!」
「部長!!」
部長の鳥羽孝明、通称コバトルが、げんなりした顔をして帰ってきた。それを、後輩含む全部員が感じ取る。どうやら予想通り、部長会は相当荒れた様子だったようだ。
「各部活の部長が話し合った結果、やはり全面戦争は避けようという話にはなった。
……でも、それは無理みたいだ」
「無理って……なんで?」
コバトルが、何も言わずに窓の外を指差した。
「突然こういう状況に置かれて自我が制御できなくなり、過度なホームシックに陥っている生徒もいるという報告を受けた。そういう連中は、既に殺気立って全部活を潰す気満々だってさ。また、そういう奴らに流されたほかの部員も同じく殺気立っている。
そして俺がここに戻ってくる間に、サッカー部と野球部、男子テニス部、男子バスケの男子部連中が戦争を本格的に開始した。
女子テニス部、女子バスケ部、吹奏楽部なんかもそろそろ開戦するだろう。全部活を潰すというのだから、男子女子で別れているのも時間の問題。
そのうち、男女関係無く荒れまくる乱戦になるだろうな」
校庭では、どの部活も抗争を開始していた。
同時刻に体育館でも抗争が起きているのが、勢いよく開いた体育館の非常口から雪崩てきた生徒軍から分かった。
武道場の方からも生徒が大人数やってきた。
比較的美術部員と友好的な陸上部や、うちのすぐ裏に住む佳紀や美佐子が部長を務める剣道部・バレー部もその中にいて、心が少し軋んだ。
見たこともない顔をして戦う彼らの姿に、心臓が経験したことのないような速さで脈を打つのが感じられる。
「直に他の部も活動を開始すると思うけど…俺たちはどうする?」
コバトルの青い眼鏡がきらりと光った。
まるで開戦の合図のように。