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episode2 小さな王女と小さな騎士[2]

 自室に戻ったジュリアは考える。

 先ほどの少女は一体何者だったのだろう。

 マーヤ・ガーディールと名乗り、騎士団に入団すると言っていたが、結局それが事実だという確証は持てなかった。

 不思議な少女だった。少なくともジュリアが出会ってきた同世代のどの女の子とも違う雰囲気を持っていた。目を閉じれば彼女にかけられた言葉が、笑顔が、一つずつ思い出されては消える。

 今思い返せば、彼女は自分が見た白昼夢のようなものだったのではないかとすら思えた。

 ……だとしたら、二度と会うことは――


「こんにちは! また会ったね」

 先ほど別れたはずのマーヤがそこにいた。

「――!!」

 言葉を失うジュリア。

 その時、マーヤの頭に拳が振りおろされた。

「あぷッ」

 奇妙な声とともにマーヤは背後を振り返る。そこでジュリアは室内にマーヤと自分以外の人物がいることに気付いた。それまで気付かないほど、ジュリアは物思いにふけっていたのだ。

 マーヤの背後にいたのは騎士団の副団長、ルーカスだった。歳は二十歳前後、艶のある金髪に整った顔立ちの青年だった。青を基調とした団服を着こなしており、良い意味で目を引く外見だ。

 彼は外見だけでなく剣の腕も確かで、グリーデント王国でも一、二を争うほどだ。その上、事務的な仕事も真面目にこなしており、ジュリアは彼が副団長から団長になる日はそう遠くないと考えていた。

「言葉遣いを考えろ。――申し訳ありません、ジュリア様」

 ルーカスが言うと、マーヤは、

「うう、ごめんなさい……」

 頭を押さえながら案外素直に謝った。ルーカスは改めてジュリアのほうを向く。

「何度か声をおかけしたのですが返事がありませんでしたので、勝手に入らせてもらいました。お許し下さい」

「それは良いんですが……彼女は?」

 ルーカスはマーヤを手で差し示す。

「彼女はマーヤ・ガーディールです。本日からジュリア様のお付きの騎士になりました」

「……そうなんですか」

「先週お話しましたが……」

 そういえば言っていたような気もする。あまり興味が出ず、適当に聞き流していた記憶がかすかに残っていた。

「以前は王妃様と共に過ごすことが多かったジュリア様も、成長なさるに従い離れて行動することも多くなりました。よって護衛の為に彼女をジュリア様の元に配備することに決定いたしました。

 これは国王陛下にも同意していただいたことでして――」

 説明を聞きながら、ジュリアはだいたいの事情を把握した。

 護衛云々は恐らく表向きの理由で、マーヤは友達を作ろうとしないジュリアの相手役といったところだろう。ジュリアの事を案じた父が取り計らったに違いない。

 あえてそれに反抗する気は、無かった。寧ろ素直に嬉しかった。

 ……今までの自分なら、きっと喜ぶことが出来なかっただろうな。

 自分の周りにうっとおしい人間が一人増えたとでも思っただろう。今はそうは思わない。

 だからといって、その気持ちをマーヤに伝えられるほど素直になってもいなかった。

 長年の、物事を斜めに見る癖が直った訳でもないのだ。

 ……でも、前よりはましな気分だ。




 それから、ジュリアとマーヤの生活が始まった。

 生活が始まった、と言っても寝食を共にしている訳ではない。マーヤはジュリアが朝食を食べ終わったくらいに城に来て、夕食の前には帰る。

 だが殆どの時間、マーヤはジュリアのお供をしていた。

 二人で特に何をする訳ではない。雑談したり、マーヤがジュリアの勉強やらを見ていたりしている。

 そして今は午後のお茶の時間で――


「このクッキー、貰ったんだよ。ほら、俺達と同じ位の歳の使用人がいるだろ。灰色の髪の……えと、名前なんだっけ」

 ジュリアの前にはティーカップと皿に並べられたクッキー。クッキーのほうはほどよく焦げ目がついた、実に美味しそうなものだ。

「名前忘れちゃったの?」

 相変わらず言葉遣いなどどこ吹く風のマーヤだが、これでも彼女はまわりに人目がある時は敬語を使っている。つまり、区別をつけた上でこのような話し方をしているのだ。それはルーカスが聞いたら頭を抱えそうだが、ジュリアにとっては嬉しいことだった。

「うーん、エリーナだかエミルだか……普通の名前だったんだけどなぁ。今度聞いてみるよ」

 ジュリアのほうも二人きりの時は自分にとって自然な話し方だ。

 クッキーの一つを口に運ぶ。さくっとした食感と共に、程よい甘さが口の中に広がった。

 ……おいしい。

 そのメイドは、これを渡すとき「お口にあわないかもしれませんが」と言っていたが、そんな心配はまったく無かったようだ。

「お礼も言うことにする」

「そう」

 適当な返事のマーヤが見つめる先にあったのはクッキーだ。

「…………」

 試しにジュリアが、マーヤの目の前を右から左にクッキーを動かしてみる。すると、マーヤの翡翠の瞳も右から左へと動き、それを追うのだ。

 なんとも分かりやすいものである。

「……一緒に食べるか?」

「うん! 食べる!」

 そう答えるマーヤからは迷いとか遠慮というものをけし粒ほども感じられない。

 マーヤは本当に嬉しそうにクッキーを食べる。

「おいしいね! もう少し甘くてもいいけど……」

「十分だと思うがな」

「そう言えばさ」

 クッキーを頬張りながら、マーヤは続ける。

「わたしもさっき話してた使用人の子見たことあるよ。

 たしかロエル様とほんの少し喋っていた」

「……そう」

 ロエルの名が出て、ジュリアは僅かに眉をひそめる。マーヤは敏感にそれを察知した。

「まだ、お兄さんのこと嫌い?」

「……」

 口をつぐむジュリアに、マーヤは諭すように言う。

「兄弟は仲良くないと駄目だよ」

「兄弟っていっても母親は違うんだぞ?」

「それでも、ね」

 悲しそうな目を向けられ、ついジュリアは顔を逸らした。

「……家族は大切にしないといけないんだよ」

「……マーヤはどうなんだよ」

 マーヤから家族の話やここに来る前の話は聞いたことがない。それなりの事情があるような気がして今まで尋ねなかった事だ。

 それを誤魔化しのために訊いたことを少し後悔しながら再度マーヤを見る。

 マーヤはちょっとうつ向いただけだった。

「家族は、いないよ。だからジュリアが羨ましいなぁ」

「……」

「だからこそ、仲良くなってほしいんだけどなぁ……」

 消えそうな声だったが、間違いなく本心からの言葉だった。




 次の日の早朝――

 着替えを済ませたジュリアは練習用の剣を片手に庭の片隅にいた。

 少し肌寒いが、息をすると朝の新鮮な空気が入ってくる。だがジュリアはそれを楽しむ様子はなく、眠そうに目を擦っていた。

 いつもなら起床する位の時間なのだが――

「マーヤのやつ、呼び出しておいて来ないってことはないよな」

 不機嫌に呟きながら、昨日帰り際にマーヤが言った言葉を思い返す。早朝中庭に来るように言われたのだ。剣を持って来いとの指定付きである。

 理由は教えてくれなかったし、一晩考えても分からなかった。

 ……まさか決闘でもするつもりか?

 だとするならせめて本物の剣を持って来るべきだっただろう。マーヤの大剣を相手に戦うには、刃のついていない剣では役不足だ。

 だが肝心のマーヤの姿が見えない。自分で呼んでおきながら忘れたのだろうか。マーヤならばありそうだとジュリアは思う。

 もう帰ってしまおうかと思ったが、庭の別の所にいるかも知れない、と考えジュリアはすこし庭の中を歩いてみることにした。

 今いるのは入口付近。広い庭では無かったが奥にいたなら気づけないだろう。

 そう思ってしばらく歩いた所で、人の気配がした。


 反射的に、木の陰に隠れる。城の者にこんな時間にこんな所でいるのを見られたら、厄介なことになりそうだ。

 ……誰だ? 庭師か?

 体を隠したまま、顔だけ出して様子を窺う。

 そこにあったのは、

「ロエル……!」

 一人剣を振る、兄の姿だった。

 金髪に眼鏡、いくら彼を嫌うジュリアでも兄の顔を見間違えようがない。確かにロエルだ。


「……なんでこんな朝早くに」

「毎朝のことですよ」

 声をかけたられ、ジュリアは慌てて振り返る。背後にいたのは中年の庭師だった。普段は見かけないジュリアの姿をを見かけ、様子を見に来たといったところだろう。

「毎朝、ですか?」

 ジュリアはすぐに王女らしい丁寧な調子で聞き返す。

「はい。ロエル様はここ二、三年、天気の悪い日以外は毎日ここで、一人剣術の鍛錬に励んでおられますよ。

 『不遇な妹に報いることが出来るような立派な王位継承者になりたい』と。以前おっしゃっていました」

 庭師の眼差しが本当に優しかったので、それが口からでまかせではないかと疑うことは出来なかった。

「そうですか……」

 短く答えると、ジュリアは押し黙ってしまった。

 今までロエルのそんな思いに気付けないでいた。いや気付こうとしなかったのだ。自分に苦悩や葛藤があるように、ロエルも自分に対して複雑な感情を抱いているいうことに。

 そもそもロエルの気持ちなど考えたことがなかった。ロエルは恵まれていて幸せで、自分ばかりが不幸だとそう思って。

 そのくせ文句ばっかり心の中で言って、現状を変える努力などしてこなかった。大きな自己嫌悪に陥る。自分はなんと愚かだったのだろう。

 兄は自分に歩み寄ろうとしてくれていた。ジュリアが弟にあるまじき態度をとっても、兄として自分と接しようとしてくれた。それを踏みにじり続けてきたのは他でもないジュリアだ。


 ……今更気付いても遅いか……

 社交性はあるジュリアだが、それはあくまで上辺だけの付き合いでの話。長い間、溝を作っていた兄といかにして仲直りをすればいいのか。検討もつかなかった。

 ……無理だ、今更。


 ふいに、あの暖かい手の温もりが、ジュリアの手に蘇った。

『自由になれるよ』

 彼女は言った。

『ジュリアの心はジュリアの自由』

 彼女が教えてくれた。


「あ……」

 ……そうだ、決めたんだ。

 ……自分は自由だって!

 それなのに、また自分で壁を作る所だった。だが、もう一度マーヤが思い出させてくれた。

 無理なんかでは無い。

 ……自分は、自由だ。

 自由なら自分が出来る事、出来ないことは自分で決める。

 ……なら、限界なんてきっとない!

 ジュリアは考える。ロエルの思いを知った今、何をするべきなのかを。

 手にある剣を見た。なんとなく、マーヤがなぜこれを持ってくるように言ったのか分かった気がした。

 ……ならするべきことは一つだ。

 軽い足取りで、木の陰から飛び出した。

 弟のいきなりの登場に驚くロエル。そんなロエルを見てニッと笑うとジュリアはなにも言わず――ロエルに斬りかかった。


 鈍い金属音がした。ロエルは驚きながらもその剣を受け止めたのだ。いきなりのことだったが、体が勝手に動いたようだ。

「何を」

 するんだ。そうロエルが言い切る前にもう一度、ジュリアの剣がロエルを襲う。

 今度は受けることも出来ず、後ろに飛び退いた。

 ジュリアの攻撃は止まらない。

 斬撃、斬撃、斬撃。

 そして――

「スキあり!」

 ジュリアの攻撃は見事にロエルの右手にあたり、ロエルは剣を手放した。

 剣が転がる音がして、ジュリアは勝利を確信し、不敵に笑う。


「何のつもりだよ、ジュリア……!」

 右手を押さえるロエルの声にはさすがに怒りが込められていた。

「……ロエル兄さん」

 ロエルの言葉には応えず、ジュリアは兄の名前を呼んだ。初めて『兄さん』と呼ばれたことに驚きながら、ロエルはジュリアを見た。

「兄さんは勉強出来るし、友達は多いし、努力家だし……俺より王にふさわしいと思う」

「ジュリア……」

 ロエルは感動を露にした。

 妹が、いや弟が自分を認めている。今までずっと壁を作り続けてきたジュリアが。

 喜びを言葉にしようと思ったその時――

「ま、俺のほうが剣の腕は上だけどなっ!」

 ジュリアは片目の下を引っ張って、舌を出した。

 ロエルは思わず腹を立てた。

「なんだよ、その言い方……!」

 事実だがなんとも憎らしい。先ほどの素直な言葉はどこに行ったのか。

 ロエルがさらに何か言おうとすると、ジュリアはまた不敵に笑った。

「悔しかったら、かかってきたらいいじゃないか。百回やったら一回くらい勝てるかも」

「……」

 ロエルは黙って剣を拾う。




 そして、また戦いが始まった。

 剣を交えるジュリアとロエル。

 今、お互いがなんの気兼もなく、それぞれの気持ちをぶつけあっていた。

 必死になっている二人は気付いていない。自分達の関係が変化し始めていることを。


 ありのまま向き合える、自然な関係に。

 一人の少女が望んだ通りに。


「……こんなつもりじゃなかったのになぁ」

 マーヤは二人から離れた所でこっそり様子を見ていた。

 マーヤは二人に決闘して欲しかった訳ではなく、共に鍛錬に励んで欲しかったのだ。

「マーヤちゃんも大変だねぇ」

 隣で庭師が苦笑する。

「うん、でも。ちょっとだけ、二人が仲良くなれたみたいで良かったよ。

 兄弟は仲良くないとね」

 マーヤは、もう一度二人を見る。

 まさにその時、ジュリアがロエルを再度打ち負かしていた。




「どうしたの、ジュリア」

 ぼんやりと昔のことを思い出していたジュリアは、マーヤに声をかけられ、意識を過去から現在に戻した。

「いや、ミルシーといいお前といい、俺を驚かせる奴はいっつも木の上から登場するなと思って……城の外ではそういうのが流行ってるのか?」

「驚かせるじゃなくて、喜ばせるでしょ?」

 馬鹿言え、ジュリアは小さく呟く。

「それより、ロエル様のことはどうするの?」

 ジュリアが思い出していたことを察しているかのように、マーヤはジュリアの表情は見た。

「そうだな……」

 少し思考を巡らせ、ジュリアは意味深に笑った。




 ロエルの自室の扉を何者かが叩いた。

「どうぞ」

 そう応えると少し間を置いて、ジュリアが入室した。斜め後ろにはマーヤが保護者のように付き従っている。

「なんだい、ジュリア」

「えっ、と……だな……」

 もごついているジュリアをマーヤが小突いた。

「っつ! ……分かったから! ……兄さん。ごめんなさい」

 余りにも素直な言葉に、ロエルは噴き出しそうになった。しかしそうしてはジュリアの機嫌を損ねるのは必至なので、なんとか堪えて弟の言葉に耳を傾ける。

「だからその、母さん達には言わないで欲しくて……」

「じゃあ一つ、約束してくれるかい? もうミルシーを危険な目にあわせたりしないって」

 ジュリアは瞳を輝かせた。

「うん……! もちろん……」

「ならそれでいい。僕も父親達に心配をかけたくないからね」

「……ありがとう」

 照れ臭そうに目を伏せながらもそういうジュリアも、ロエルの胸も自然に暖かくなる。過去の冷え切った関係を思い出すと、なおさら弟の態度が嬉しかった。

 だが、ロエルが感慨に浸れたのも僅かな時間だった。

「この借りはすぐに返すよ」

 意味深に口の端を吊り上げると、ジュリアはすぐに踵を返して部屋を出て行った。

「あ、待ってよ、ジュリア」

 追いかけようとするマーヤは、思い出したようにロエルのほうを向いた。

「ごめんなさい。ジュリアがちょっとお節介なことをするかもしれないけど……悪気はないんです!」

 詳しい事情を説明するでもなくそう言い残すと、マーヤは部屋を出ていってしまった。

「……どういう意味だろう」

 ロエルは腕を組み考える。だか皆目検討もつかない。

 少しの間そうした時だろうか。また何者かが扉を叩いた。

 ジュリアが戻って来たのかとでも思い、適当に返事をする。しかし部屋に入って来たのはまったく別の人物だった。

「失礼します」

 ロエルの耳に届いたのは、落ち着いた声。ジュリアではなくエミリアの姿がそこにはあった。

 ……どうして彼女がここに!

 ロエルの胸の鼓動が思いがけず高鳴る。

「何か用、かな?」

 そんな気持ちを隠しながら尋ねると、エミリアは首を傾げた。

「私はジュリア様から、ロエル様が私に用があると聞いたのですが」

「……え?」

「特別なお話があるとかで……」


 マーヤの言葉が思い起こされる。

『ジュリアがちょっとお節介なことを――』

 ……そういうことか。

 恐らくジュリアはマーヤから聞いていたのだろう。あの口先に見合わず鈍感なジュリアが気付くはずがないのだ。ロエルが自分でもあまり意識しないようにしているこの気持ちに。

 ロエルがエミリアに対して、ほのかに特別な感情を持っているていうことに。

「……ロエル様?」

 普段は気の利く彼女が、今日は不思議そうにこちらを見て首を傾けている。隙のあるその表情にロエルは、自分がさらに動揺している事に気付いた。

「あの……それは……」

 言葉に迷いながら、汗の滲む両手を握りしめる。

 ――自分が彼女に、伝えたいこと。

 それは。

「……いつもありがとう、エミリア。君のような使用人に恵まれたことを、僕は誇りに思うよ」

 ロエルの口から出てきた言葉は一番伝えたかった事ではないが、紛れも無い本心だった。

「身に余るお言葉です、ロエル様」

 エミリアは控えめに、しかし本当に嬉しそうに微笑んだ。




「なんだ。告白でもするかと思って期待したのに」

 ロエルの部屋の前で聞き耳を立てていたジュリアは、つまらなさそうに続ける。

「兄さんも意気地がないというか……」

「そう簡単な話でもないよ?」

 隣にいたマーヤが口を挟む。

「ロエル様なりにエミリアさんのことを考えてるのかも……身分が違いもあるしね」

 身分の違い。マーヤの口から放たれたその言葉に、ジュリアは焦るような気持ちになった。

「それって、自分の想いを伝えちゃあいけないってことか?」

「良い悪いじゃなくて……自分の想いを伝えて結果的に幸せにされないって分かっているなら、伝えないほうがいい……そう考える人もいるんだよ。ロエル様だけじゃなくて」

「……そうか」

 ……そう考える人もいる、か。

 ジュリアは心の中で繰り返す。

 お前はどう思うのか。そう尋ねるのは何故か怖かった。




「……ところでロエル様。少し気になる事があるのですが――」

 ジュリア達が部屋の前を去った頃。エミリアが真面目な声色で話を切り出した。

「なんだい?」

「ミルシー様をさらおうとした賊のことです」

「……彼らについて何か分かったのかい?」

 ロエルも思わず真剣な表情になる。

 出来るなら賊を突きとめたい、そんな期待で彼女を見たが、エミリアは首を横に振った。

「いえ、何も。ですが賊について思うところがあるのです。彼らの犯行は行き当たりばったりで計画が無い……と、思ったのですが……ひっかかることがありまして」

「……それは?」

「賊はどうしてジュリア様やミルシー様が城下街に行ったと分かったのでしょうか? 城外にいながらそれを知る方法はないように思われます」

「それはつまり……」

 ――城内に内通者がいる。

 エミリアが無言の内に伝えようとしたことは、ロエルにも伝わった。だが言葉に出して確かめることは憚られた。それは身内――それもジュリアの行動を知るような身近な者を疑うということだ。

「そのことと関連しているかは分からないのですが、クロードからあることを聞きました」

「クロード……ミルシーが連れている少年だね」

「ミルシー様がジュリア様を探していた時、彼もミルシー様を見失い探していたらしいのです。その時、見覚えのないおかしな人物と話していたといいます。白い髪に眼帯の若い女――」

 慌てた様子のクロードに彼女は問うたという。誰かを探しているのか、と。それにクロードは答えた。

『ミルシーちゃんの姿が見当たらないんです! ジュリア王女もどこにいるか分からないし……こっそりお城の外にでもいってるのかも』

「――その女が何者なのかは分かりません。そんなに目立つ人物が城に勤めているなら気付くはずです。そもそもその女が今回の件に関係しているかさえ分かりません。――私が調べて分かったのはここまでです」

「そうか……ありがとう、エミリア。この事は騎士団のほうにも話しておくべきかもしれないね。もう下がっていいよ」

「はい。ルーカス様には私が。失礼します」

 退室しようとするときエミリアは、振り返ることもせず言った。

「そういえば、これは今回の件とは関係が無いのですが。昨日、グレイ・ケイシュ王国からの使者が城を訪れていたのを知っていますか?」

 グレイ・ケイシュ王国。

 前触れも無く出された隣国の名前に、ロエルは思わず身構えた。

 エミリアは、『関係が無い』と言ったが、彼女は意味も無く自分から無駄話をするような人柄ではない。彼女の話が示唆するのは、今回の誘拐が国内だけの問題では無い可能性だ。

 加えて、ロエルにはエミリアの話を無視できない理由があった。

 ロエルは近くグレイ・ケイシュに視察の旅に行くことになっていたのだ。

 ……だが、下手に疑心を表に出しても、国家間の問題になる。

 エミリアもそのあたりは理解しているらしい。だからこんな風に遠回りにほのめかすようなことを言っているのだ。

「ロエル様。どうかお気をつけください」

 そのようにだけ言い残し、彼女は部屋を出て行った。

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