ゆき子の初恋の丘 2
夢見が丘公園には展望台がある。
そこはこの公園で、私が一番好きな場所、私はその展望台に向かった。
その展望台からは、この小さな町の風景が良く見える。
舗装されていない菜の花畑の脇の小道と、たくさんの人が暮らす数々の屋根。
緑色や赤い屋根が、この展望台からは良く見えた。
お母さんが働くちっぽけな工場の黒い屋根。
私が通う中学校も小さい。
バスの停留場も見える、バスを待つ人も見える。
バスが停留場に向かって走っているのも見える。
お客を乗せて走り出すバス。
みんな玩具みたいに動いている。
その展望台の壁にあの子の自画像を見つけた。
さっき見たばかりのボサボサ頭。
たしかに、乞食みたいな感じだった。
その絵の、恥ずかしそうな上目遣いの視線が本当に貧乏臭い。
チョークで何かを書いた跡があるけれど、何かの布でチョークの文字を引きずった帯状の太い消し跡の線がある。
照美が言っていた公園の壁とはこの事だったと思った。
でも、チョークの文字は消されていて、何が書かれてあったのかは、わからなかった。
あの子、これを消しに来たのかな、そんな風に思えた。
たしかに、絵は下手なんだろうな。
あの子はこの絵の感じとは違う、ぜんぜん似ていない。
似ているのはボサボサで尖がった髪型の頭だけ。
照美が言っていた面白い文章は読めなかったけれど、少しも残念ではなかった。
絵も特に面白くなかった。
あの子が私を覚えていて声を掛けたこと、そっちの方が私の心を和ませた。
これまでの私の記憶とあの子の記憶は、どんな方向へ進むのだろうか。
六月になって照美が言ってきた。
「とうとう見つけたよ、住所を聞いたら教えてくれた。手紙を書いたら返事も来た」
照美はその封筒だけを証拠のように自慢げに見せてくれた。
差出人は『石山剛』。
やはり、あの落書きの主があの男の子だった。
私はそのチョークの落書きの内容も知らないし、照美への手紙には何を書かれて有ったのかも知らない。
私はその子の存在を知っている、私は家も名前も知っていた。
『私はその子を前から知っている』と照美には言えなかった。
知っている事なんて、実は何にもならない。
大好きな夏休みがまたやって来た。
夏休みに入る直前に、別のクラスの男子から好きだと告白された。
お祭りに一緒に行きたいと言われて断った。
お祭りの当日、照美と約束した場所に行くと、そこにはその男子が私を待っていた。
「照美は?」
「照美は先に神社で待っているから、俺と一緒に行こうよ」
「ふざけないで」
「いいじゃんかよ」
もうこの年は浴衣も小さすぎて着られなかった。
それも良かった、私は杉山神社へと走った。
神社へたどり着いても照美を探さなかった。
腹立たしくて、華やかなお祭りの提灯の灯りを全部消して回りたかった。
『ひどい』
これは何なのか、どういうつもりなのか、腹立たしさで答えなんか見つからない。
でも私はそのまま家には帰らずにお祭りに来た。
何故あの時、私は家には帰らなかったのだろう。
大好きな母は、お祭りの夜も家に居る、真っ直ぐに帰っても良かった。
思惑なんてなかったつもりだけれど、私は金魚すくいの屋台を探した。
この夏の今夜の『ひどい』お祭りにも、あの郵便受けの子はいた。
金魚すくいの桶の前に立っている私を、この子は多分私よりも先に気づいた。
「こんばんは」
この子とは出会いから今日まで、何度目を合わしたのだろうか。
私はまた縦に『うん』と首を振った。




