合唱コンクールなんて、大嫌い
もうすぐ合唱コンクールが始まる。
あたしは学校行事に張り切るタイプだから、金賞を貰おうと張り切っていた。
しかも、ピアノ担当は海ちゃんなのだ。
海ちゃんのほっそりした指先で紡ぎ出す音は繊細で、歌っているとまるで海ちゃんに優しく抱きしめられているような感覚になるのだ。
最高の音楽を提供してくれる海ちゃんのためにも、絶対金賞を取ってやる!
最初はそんなやる気に燃えていた私だけど、最近萎んでしまった風船のように、やる気がどんどん小さくなってゆく。
原因は、三間坂さんだ。
三間坂さんは、うちのクラスの指揮者を担当している、美しい黒髪で眼鏡をかけた美人さんだ。
彼女が指揮をすると、海ちゃんはのびのび曲を弾くような気がする。
恐らく、彼女を信頼しているのだろう。
演奏が終わったときに二人でニコリと目配せするのを見ると、どうにも胸がモヤモヤする。
だから楽しくない。
あーあ。どうせならあたしが指揮者をやれば良かった。
そうすれば海ちゃんは私だけを見てくれたのに。
※※※※
合唱コンクールの練習が終わったので海ちゃんと帰ろうとしたのだが、先に帰っててと言われてしまった。
なんでもピアノの音でうまく表現できないところがあるから、三間坂さんと相談したいんだって。
音楽室で肩を寄せ合って楽譜と睨めっこしている姿がありありと想像できて、とても嫌な気分になる。
だからあたしは先に帰っててと言われたのに、しつこく海ちゃんが戻ってくるのを下駄箱で待ち続けた。
夕日が沈み辺りが薄暗くなってきた頃、やっと海ちゃんは下駄箱にやって来た。
だけど一人じゃない。三間坂さんと一緒だ。
二人で楽しそうに笑っている姿に頭がカッとなった。
睨むような目線で三間坂さんを見ていたら、海ちゃんが私に気が付いた。
「あれ? 澪、まだ帰ってなかったの?」
「海ちゃんを待ってたの!」
「えー? 先帰っていいって言ったじゃん」
「やなの! 一緒に帰るの!」
「えー?」
あからさまに困った表情を浮かべている海ちゃんとあたしを見比べ、三間坂さんはクスクス笑っている。
「ふふ。遠野さんは海のことが大好きなんだね」
海!? 海ちゃんのことを呼び捨てで呼んだ!
大っ嫌い、三間坂さん!
私は三間坂さんの言葉には反応せず、海ちゃんの腕を掴み、ワガママを言う子供のようにゆらゆら揺らした。
「ねぇ、海ちゃん。帰ろう?」
「しょうがないなぁ。じゃあ三間坂、また明日ね。今日は相談乗ってくれてありがとう」
「うん。バイバイ」
こうしてあたしは三間坂さんから海ちゃんを奪還し、無事帰路に着いた。
海ちゃんと手を繋ぎ駅に向かっていたら、それだけで胸がポカポカした。
最近合唱コンクールの練習のせいで一緒に帰れないことが多いのだ。
そう考えると合唱コンクールというイベントが憎くてたまらない。
それさえなければ三間坂さんと海ちゃんが仲良くなることもなかったし、あたしがひとりぼっちで帰ることもなかったのに。
私はぷりぷり頬を膨らませながら、海ちゃんに愚痴をこぼす。
「あーあ。合唱コンクール、早く終わってくれないかなぁ。面倒くさいよ」
「……」
あまり深く考えずに言った言葉なのだが、言った瞬間に海ちゃんの表情が冷たくなった。
「は? そういうこと言っちゃう?」
「え?」
海ちゃんの表情にさあっと血の気が引く。
海ちゃんは不快なものを見るような目つきで私を見ながら、話を続けた。
「みんな精一杯頑張ってるんだよ。それなのにさ、面倒くさいとか言わないでくれる? やりたくない人の気持ちも分かるけどさ、わざわざ口に出さないでくれないかな? そういうの頑張ってる人に失礼だよ」
「……!」
海ちゃんの言葉を聞いて、私はかなり嫌な失言をしてしまったのだと悟った。
確かにみんな頑張っている。
その中でも一際頑張っているのは海ちゃんなのに……!
「ごめん!」
「……いいけどさぁ」
いいと言う割に海ちゃんの表情は冷たい。不快に思っていることは確実だ。
どうしよう……。本当はあたしだって、合唱コンクールが大好きなのに。海ちゃんと三間坂さんにモヤモヤしたから、つい嫌なことを言ってしまっただけなのだ。
訂正したいのに上手く言葉が紡げない。海ちゃんに嫌われてしまったことも相まって、あたしは我慢出来ずに号泣した。
「うわーん! ごめんなさい! 本当はあたしも合唱コンクール大好きなの! でも、海ちゃんが三間坂さんとイチャイチャ演奏してるのを見て、胸がモヤモヤしちゃったの! それで心にもないこと言っちゃったのぉ! ごめんなさい!」
海ちゃんは面食らったような表情をしている。
「……別にイチャイチャはしてないけど」
「してるもん! 海ちゃん三間坂さんと話すとき目がキラキラしてる! あたしより三間坂さんと話す方が好きなんだぁ!」
海ちゃんは困ったように頬をぽりぽりかいたあと、呆れたようにため息を吐いた。
「……つまり、澪は私と三間坂が一緒にいることにヤキモチ妬いちゃったってわけだ」
「違うもん」
「なにが違うんだよ。君、私のこと好き過ぎだろ」
「違うもん」
なにが違うのか自分でもさっぱり分からないが、なにか反発したくなったので、否定の言葉を言い続けた。
自分でも分かっている。
私は拗ねて海ちゃんに甘えているのだ。
おおらかな海ちゃんには全部お見通しのようで、そんな私の態度にお腹をかかえて爆笑し始めた。
「あはは! 分かったよ、澪。でも、頑張ってる人をバカにするような発言はしちゃダメだよ?」
「……うん」
「澪も合唱コンクールにやる気を出してくれたらさ、ご褒美をあげるよ。だから頑張んな」
「……ご褒美?」
私は海ちゃんの顔を覗き込むように見上げた。
海ちゃんはコクンとうなずくと、ニコニコ笑いながら私のほっぺをつねった。
「食いしん坊澪にアイスを奢ってあげよう。しかもトリプルだよ。嬉しいでしょ?」
「トリプル……!」
私は一気に気分が上昇した。
本当のことを言うと、アイスより海ちゃんが機嫌を直してくれたのが嬉しかった。
私は海ちゃんの腕にギュッとしがみ付くと、ニコニコ笑った。
「海ちゃん大好き!」
「不貞腐れてると思ったらすぐにこれだよ」
「海ちゃんが構ってくれたら、いつでもご機嫌だよ?」
「この甘えんぼうが」
本当にあたしって単純だな。
海ちゃんの言葉一つで泣きべそかいたり笑顔になったり。
でも、それだけ海ちゃんのことが大好きなんだよ?
あー! 胸のモヤモヤが取れた!
とりあえず、合唱コンクール頑張ります!
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。




