2.騒音
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日本国内で一日に発生する交通事故の数は、決して少なくない。そのため、テレビなどでとりあげられるほどの交通事故には、幾つか共通する特徴が存在する。
・死亡者がいるなど、被害が大きい
・加害者側に、強い問題性がある
・ドライブレコーダーなど、映像による目撃情報がある
・上回るニュースと時期が被っていない
他にも、被害者が妊婦や高齢であったり、被害者家族が世の中や大きく訴えるなどがあるのだが、ネット社会の昨今、上記四つを満たすだけで、ある程度情報は拡散される。不幸にも雨宮蓮の両親を奪った交通事故は上記四つを満たしており、テレビだけでなくネットニュースやSNSでも切り抜き動画が出回るなど、連日大きく取り上げられていた。
大きな事件や事故、芸能人や政治家のスキャンダルなどがあった際、自宅や職場に押しかけてくるテレビや新聞の記者たちを、「マスゴミ」と揶揄しているのを目にすることがある。
時には家族や関係者など、当事者本人でない者たちに害を及ばすこともあり、雨宮蓮も、そういった記者たちにはいい印象を持ってはいなかった。
だが。
雨宮蓮が実際にそのメディアの波に飲まれたとき、当事者である自分を苦しめてくるのは、決してマスゴミだけではなかった。
「……大丈夫か?」
――何が?
「サンキュ、なんとか!」
親しいはずの人間を、鬱陶しく感じてしまう。
「力になれること少ないかもだけれど…何かあれば、遠慮なく相談しろよ」
――ありがとう、って言えばいいかな。
「サンキュー!」
人の優しさを、苦痛に感じてしまう。
「ぐすっ、あの人、最低、すぎるよね」
――で?
「なー。何でそうハンドル切るんだよって感じよな」
共感を求めてくる声に、憤りを感じてしまう。
「マスコミって、やっぱりマスゴミだよな」
――お前らもな。
「本当だよなあ。もういいよなあ」
事故当日から、二日後。警察の管理下に置かれていた雨宮蓮の両親の遺体は、雨宮蓮ら遺族に引き渡された。そこからさらに数日後、まだ学生の身で勝手を知らない雨宮蓮は、親族の協力を得たうえで二人の葬儀を喪主として執り行った。
雨宮蓮の母親は交友関係が広く、子の同級生の親とも繋がりがあったことから、葬儀には雨宮蓮の同級生も親と共に多く参列した。
顔見知り程度の者もいたが、事を知る参列者たちは明らかに自分を気遣う言葉をかけてくれているのに、どうしても、負の感情が過ってしまう。
雨宮蓮は、基本的に《うまくやる》タイプで、人との諍いを好まなかった。
だからといって、言いたいことを全て飲み込んでしまうのかというとそういうわけではなく、言いたいことを伝える相手、伝えない相手を選別し、程よい距離感で周囲と付き合うのが上手であった…のだが、両親を失ってからここ数日、心の内の感情がコントロールできなくなっていた。
***
「はい、お釣り」
葬儀後。
葬儀場から自宅の最寄駅までタクシーを使用した雨宮蓮は、運転手から運賃のお釣りを受け取ると、「よいしょ」と遺影や遺骨の入った大き目な紙袋を肩にかけて、降車した。
(さん、ごー、はちはち、か)
受け取った小銭をスーツのズボンのポケットに無造作につっこみながら、去っていくタクシーのナンバープレートを、雨宮蓮は名残惜しげに見送る。
タクシーの運転手は眼鏡をかけた細身の物静かな男性で、言葉を交わしたのは行き先を告げた際と乗車賃の支払い時のみ。しかし今の雨宮蓮にとって、人が居ながら静かに過ごすことのできる空間は、非常に心地良かった。
「……は?何でいんだよ」
夕方五時を知らせる市の音楽に耳を傾けながら自宅マンションまでの道を歩いていた雨宮蓮は、マンションの入り口前に、マイクを手に持つ綺麗な女性とカメラを肩にかけた男性、その二人を遠巻きに見つめるマンションの住人たちの姿を見て、悪態を吐く。
事故当日や翌日、新聞やテレビの記者のなかには雨宮蓮の元に訪れる者もいたが、何度も訪れる者は居らず、葬儀場にもカメラがまわることなども特になかった。交通事故では流石にマスコミも気を遣うのだろう、と雨宮蓮の中でマスコミに対する認識を改めかけていたのだが、その認識は目の前の光景で再度修正される。
「蓮くん」
「!」
呆然と立ち竦む雨宮蓮の背中に、少し低めの女性の声がかかった。雨宮蓮は、びくっ、と肩を上げる。
「……吉川さん」
少し肩を上げ驚いた雨宮蓮が斜め後ろを見ると、喪服姿の恰幅のいい中年の女性が、雨宮蓮の数は後ろに立っていた。
雨宮蓮は、見知った顔にほっと胸を撫で下ろす。
「ゴミ捨て場の方から入ったほうがいいかも…キー持ってる?」
彼女は雨宮蓮と同じマンションの住人で、雨宮蓮の母親と交流があり、今日の葬儀の参列者の一人。雨宮蓮も何度か顔を合わせたことがあり、温かみのある人間性であることはある程度把握していた。
「ありがとうございます。はい、持ってます。すみません、そうしますね」
確かにマンションの住人であれば、エントランスキーを使用して裏のゴミ捨て場からマンション内に入れる。雨宮蓮は、自身では思いつかなかった吉川の提案に、礼を述べた。
「こんな時に…本当にマスコミって最低ね。あのアナウンサーの子、好きなほうだったのに、ショックだわ…」
(俺も好きでした)
背後でぼそぼそと溢す吉川に、雨宮蓮は心の中で相槌を打った。
***
「つっかれたあ」
――ギシ
無事マスコミと遭遇することなく自宅に戻った雨宮蓮は、二十畳ほどの広さのリビングに向かった。几帳面な母親の性格と趣味で、大体の家具がホワイトで統一されており、数日前まではフローリングの床も清潔に保たれていたのだが、現状は書類や荷物、雨宮蓮の衣類などが散乱している。
リビングの中で、唯一意識的に綺麗にしていた四人掛けのダイニングテーブルの上に紙袋を丁寧に置くと、同じく四人掛けのソファーへと倒れるように身を投げ出した。
《ごめんなざいっ》
ごろんと仰向けになった雨宮蓮は、先日聞いた高野愛菜の叫び泣きを想起する。
「……あの人、この先地獄だろうなあ」
ぽつんと口から零れた声には、高野愛菜への憐憫の念が込められていた。
雨宮蓮と両親の仲は至って良好で、両親の死が謝罪のみで済むなどとは、雨宮蓮も、微塵も思ってはいない。
ただ、『両親が殺された』という高野愛菜への憎しみよりも、『両親が死んでしまった』という喪失感の方が、雨宮蓮にとっては強かった。
ネット上には、既に高野愛菜の《元》職場や学生時代の顔写真なども公開されている。《情報》があまりにメディア向けで、新聞やテレビの報道はもちろん、動画配信サイトや情報掲示板にも連日事故を絡めて様々な憶測がSNS上にも流れていた。
「……」
雨宮蓮はむくりと起き上がり、ソファー横のローテーブルに手を伸ばすと、テレビのリモコンを手に取った。
ピッ
リモコン右上の電源ボタンを押すと、パッとテレビの画面が点灯する。
夕方という時間帯もあってか、ニュースが流れていた。
“女優Aさんの元美人マネージャー、高野容疑者が”
ピッ
“女優Aさんのパワハラ疑惑で高野容疑者は精神科に通院、さらに事故当日も、退職しているにもかかわらずAさんは呼び出し”
ピッ
“事務所及び女優AさんはSNSにて、そのような事実はないと”
ピッ
“本当に、息子さん思いのいいご両親で…ぐずっ”
「!」
チャンネルを切り替えていた雨宮蓮は、テレビ局でニュースを報道する番組ばかりの中、外でインタビューを行っている番組が目に入り、手を止めた。
“今日も、頑張って喪主を務めてて…ぐずっ”
帰宅時に見かけた、女性アナウンサー。背景には、見知った建物。そして、《被害者の友人》のテロップの横には、喪服に身を包む恰幅のいい中年女性――吉川が、ハンカチで鼻を抑えながら涙ながらに悲しみを訴えていた。
“――現在、被害者遺族は示談を拒否しているという情報もあり”
――ピッ
「……本当、うるせえ」
先ほど告げた感謝の気持ちを打ち消すように、雨宮蓮は静かにリモコンの右上のボタンを押した。




