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――ドッカーン!!ガラガラガラ……



破壊音と共に、目の前で崩れ落ちていく“我が家”。



「あ、敵が逃げた!!」

「……ふざけてんじゃねえぞ‼︎」

「た、倒した!!あいつら、やったぞ!!」

「この家、買ったばっかだぞ!!」

「うおおおおおおおっ」

「ありがとおおおおおっ」


「畜生がっ」




涙を浮かべながら吐き出した悪態は、『主人公』を讃える歓声に打ち消されていく。



今この場で、街を救ってくれた英雄を睨みつけているのは、恐らく俺だけであろう……そう、思っていたのだが。



「お、おおお、俺の家が」

「ああ、俺の車が」

「おばあちゃんからもらった自転車が」

「くすん、くすん」



案外、そんなことはなかったようで。




***





――二週間前 side雨宮蓮――





俺が『警察署』に足を踏み入れたのは、今日で人生3回目。



1回目は、高校卒業後の3月。

普通自動車運転免許を取得したとき。


2回目は、大学三年生の7月。

免許の更新をしにきたとき。


そして、今日が3回目。

大学四年生の、8月。




その日は雲一つない快晴で、視界が揺れるような、猛暑日だった。



エアコンの冷房をがんがんに効かせた自室のベッドの上に寝転んで、俺はスマホでweb漫画を読んでいた。


時刻は、16時過ぎ。

一緒に住む両親は、二人で仲良く近所のスーパーへと出かけている。


俺も、17時からは近所の居酒屋でのアルバイトを控えていたため、思う存分くつろいでいた。



読んでいた漫画は少年漫画で、鈍感な主人公の男が、ヒロインらしき女の子に向かって他の女の子を褒めちぎるというなんともいえないシーン。



「だからダメだって……ん?何この番号」


ブーン、ブーン……


振動と共に着信を知らせる通知が画面の上部に表示されて、俺はページを進める手を止めた。



表示されている番号は、市外局番から始まる見知らぬ番号。電話がかかってくるような予定も特に覚えは無い。



俺は、首を傾げながら体を起こした。

ベッドの上で、胡坐を組む。



(なんかの営業かなあ)



知らない番号は、一度ネットで調べてから電話に出るか折り返すと決めている。


俺は着信はそのままに、スマートフォンの画面を検索サイトに切り替えた。



上部に表示されている市外局番から始まる電話番号を検索サイト内のバーに打ち込んで、虫眼鏡のマークを押す。画面が切り替わり、検索結果一覧が表示された。



営業会社などの不審な番号であれば、一番上に表示されるのは注意喚起が集まる口コミサイトなどなのだが、その電話番号は違った。


「は?警察署?」


思いもよらない相手に、声に出して読む。


画面上には建物の画像と共に、県名と市名が入った『警察署』の名前が表示されていた。



俺は着信の知らせに表示されている電話番号と検索結果に表示されている電話番号を交互に見た。


やはり、一致している。




(警察に世話になるようなこと、してないけど……なんかしたっけ)




いまだに画面上部に表示されている着信の文字と、急き立てるようなスマートフォンの振動。



――どくん…どくん…



警察から電話がきた、というイレギュラーに若干の緊張を覚える。

でも、後ろめたくなるような悪さをした覚えは全くなかった。


躊躇いながらも、『通話する』のボタンを人差し指でタップして、スマートフォンを耳にあてた。



「……はい」


『……〇〇警察署の者ですが、雨宮蓮さんでお間違いないですか』


一拍おいて、若めの女の人の声が耳に届く。

事務的で、けれども、どこか緊張しているような、硬い声だった。



「は、はい。そうですけど……なんでしょうか」


『ご家族の、雨宮紡あまみやつむぐさんと雨宮志保あまみやしほさんが、交通事故に遭われました』


「……は?」


『現在、詳しい状況確認が必要ですので、至急ご本人確認書類をもって、警察署までお越しいただけますか。ご来庁されたら、交通課窓口の担当者にお名前をお伝えください』


「え?ちょ、どういうことですか⁉︎事故?え、両親は無事なんですか⁉︎」


『申し訳ございません。詳しい内容は、ご本人確認をさせて頂いてからでないとお答えできないんです。必ず、ご本人確認書類をもって、気を付けてお越しください……では、失礼いたします』


「ちょっ」


――プツッ



電話を切られた。



「……え、は?いやいやいやいや、んなわけ」


スマホを耳にあてたまま呆然と固まっていた俺は、ハッと我に返り、慌てて震える指先でスマホを操作して、メッセージアプリを開く。


あまりにも突拍子もない話に、思わず苦笑いを浮かべていた。




(事故に遭ったら、さすがに俺に連絡してくるべ)




アイコン一覧をスクロールして、父さんのアイコンを選択。内容を確認するも、最後にメッセージを交わしたのは2か月前で、特に新しいメッセージはない。



次に、一つ前の画面に戻り、母さんのアイコンを選択。昨日俺の帰宅時間に関するやり取りを最後に、特に新しいメッセージはない。


念のため、母さんに『今どこ?』とメッセージを送ってみた。

数秒待ってみるが、既読のマークはつかない。



「……まあ、買い物したもので手が塞がってんだろ」


メッセージアプリから電話アプリに切り替えて、アドレス帳から父さんを選択し、電話をかけた。


『電源が入っていないか、電波の届かない位置に…』


数秒のコール音の後、スマホからは機械的な女性の声が流れる。

二度ほど同じことを繰り返してみたが、繋がらない。



次に、母さんに電話をかけた。


『電源が入っていないか、電波の届かない位置に…』


同じ音声アナウンスが流れ、やはり繋がらない。

頭の中で女性警察官の言葉が反芻し、サー…っと血の気が引いていく。




――ご家族の雨宮紡さんと雨宮志保さんが、交通事故に遭われました。



(まさか……本当に?)



俺は急いでベッドから飛び降りてパジャマを脱ぎ捨てる。


白色の無地のTシャツを被り、ベージュの短パンに履き替えた。机の上に置いていた二つ折りの財布を後ろポケットに突っ込み、キーホルダーのついた家の鍵を鷲塚む。


いつもなら必ず髪の毛をセットしてから出かけるが、ぼさぼさの髪の毛をそのままに、家を飛び出した。




◇◇◇




同市内とはいえ、自宅から警察署までは遠く、徒歩で向かうのは厳しい。タクシーを拾って向かった俺が警察署に到着したのは、家を出てから約三十分後の17時前。



警察署内の駐車場で降ろしてもらって、ガラス張りの自動扉へと走る。建物の中に入ると、まだ受付時間内であるためか、警察署内は来庁している人で賑わっていた。


交通課の受付窓口へと向かうも、窓口の前には順番待ちであろう列が作られている。



受付の終了時間も近く割り込むわけにはいかないが、待つ余裕もない。



(くそっ……)


俺は、空いている警察官がいないか、きょろきょろと辺りを見渡した。

列の後方に、案内係らしき女性警察官を見つけ、駆け寄る。




「あの、ちょっといいですかっ」


「どうされましたか?」



食い気味に声をかけてしまったのだが、女性警察官は慣れた様子で俺の呼びかけに応じた。


歳はそんなに離れていなさそうな可愛い女の子。普段の俺だったらその笑顔に惹かれていたかもしれないけれど、今はそんな余裕もなかった。



「さっき、電話で、両親が事故に遭ったって、連絡をもらったんですが」


しどろもどろになる俺の説明を聞いた女性警察官は、笑顔を崩しハッとした表情を浮かべる。

列の後方に並んでいた人たちにも聞こえたのか、数人振り返り、驚いた表情を俺に向けてきた。



「すぐに担当者を呼びますので、あちらでお掛けいただいてお待ちください」


女性警察官は、少し離れたところに設置されている、壁際の背もたれのない椅子を指さす。椅子の場所を確認してから頷いた俺は、女性警察官の方に視線を戻した。


「わかりました……ちなみに、両親は無事、なんすよね?二人とも、連絡がとれないんすけど……普通、無事じゃなきゃ、病院に呼ばれますもんね⁉︎」


捲し立てる俺に、女性警察官は視線を泳がせながら、何か言いたげな様子で口を開いた。



「…っ」



けれど何も言うことはなく。

唇を噛みしめるかのように閉じると、先程とは比べられないほどのぎこちない笑顔を俺に向けた。



「ごめんなさい。すぐに、呼んできますので」


「……」



言葉を失い固まる俺から逃げるように、女性警察官は走り出した。




「なんだよ、その反応……無事って言えよ」



一人その場に取り残された俺は、遅れて女性警察官への不満を漏らした。




(大丈夫……大丈夫)


祈るように組んだ両手を額にあて、俯く。

待たされていた時間は恐らく5分も経っていなかったが、拷問のような時間に思えた。



「お待たせして申し訳ないです。雨宮蓮さんでお間違いないですか」


「……はい」


声をかけられ、顔をあげる。

俺の前に、女性警察官と、男性警察官がひとりずつ立っていた。


もしかしたら、と一縷の望みをかけて二人の後ろを確認するも、両親の姿はない。




「交通課の山田やまだと、平井ひらいと申します。落ち着いた場所で説明させていただきますので、一緒に来ていただけますか」


女性警察官の山田さんは、ショートカットで小柄。

凛々しい顔立ちで童顔の部類なのだが、醸し出される雰囲気が落ち着いている。先程の女の子は俺と同年代に感じたが、その女性警察官は、俺よりも数個ほど上に見えた。


対して、山田さんの後ろに立つ男性警察官の平井さんは、俺よりも若く見える。10代だろうか。その手には、パソコンと、黒いファイルを抱えていた。



「はい……両親は、どこですか」


俺は椅子から立ち上がりながら、どうしても我慢できずに俺は二人に尋ねた。


二人は、口を噤む。



「…っ、答えてください‼︎ 父さんと、母さんは、どこですか‼︎」



声が大きくなった。

周囲の視線が集まるのを感じたが、俺には、もう、耐えられなかった。



「落ち着いてください。お電話でもお伝えがあったかと思いますが……ご本人確認が終わらないと、」


「免許出せばいいんだろうがっ、見ろよ‼︎雨宮蓮だ‼︎」



俺はズボンの後ろポケットから財布を取り出して、免許証を山田さんの顔前につきつけた。


動悸が収まらず、免許証を持つ手は震え、息が荒くなる。



「……平井」


「はい」


山田さんに呼ばれた平井さんは、パソコンと一緒に抱えていた黒いファイルを開いた。

俺の免許証と、ファイルの中を交互に見る。



「一致しています」


「…そう」


平井さんが頷くと、山田さんはスーッと息を吸い込んだ。



「雨宮蓮さん」



そして、俺に向かって深くお辞儀をした。

平井さんも、山田さんに倣うように俺に頭頂部を向ける。



「何を、」


「ご両親は、事故で亡くなられました」





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