9話
体が重い。というか何もしたくない。これ以上苦しみたくない。嫌だ嫌だ嫌だ。周りの景色から鮮やかな色が抜け落ち全てが灰色に見えた。灰色になんてなるわけないのに。とっくに枯れ果てたはずの涙腺から涙が吹き出ていた。唯一の安全地帯だったはずの自室すらまともに休息することが出来ない。
犯人の手の上で踊らされている。いや、操り人形とでも言うべきだろうか。はは。こんな時にダンボールとかあったら少しは楽だったんだろうな。俺は自分という存在に蓋をした。いや、瓶詰めに詰め込んだ。
意味があるかは分からない。ただ、少しでもこの苦しみから解放されたかった。今の俺は感情を持たないロボットだ。じゃあなんで泣いてるんだよ。瓶に詰め込んだはずの良樹から声が聞こえた。そんなの知るわけないだろ。まるで時が止まっているようだった。もしかしたら本当に止まっているのかもな。だといいな。
もし時間が止まってないんだとしたら経っただろうか。少なくとも24は経っている。
まぁ多分もっとだろうけどな。はは。少しでも笑ったフリをして良樹に平気だと見せ掛けた。今の俺にできるのはそんくらいだ。すまないな良樹。俺はもう自分が誰なのか。なんのために生きているのかわかんないよ。
「......の帰宅だぞ〜!!」
はは。とうとう幻聴まで聞こえ始めたか。しかしどこか安心した。そういや飲まず食わずだったな。さすがになにか食わないと良樹が可哀想だ。いや瓶に詰めたから平気か。まぁ一応食べるとしよう。
「...樹〜!!...良樹〜!!おーい!!聞いてんのかぁ!!」
ッチなんだよ。幻聴にしてはやけに自我が強いな。ていうかなんで女の声なんだよ。普通男だろ。いやそこは関係ないか。
「姉ちゃんが帰ってきたのにフル無視とはいい度胸してるじゃん?お??」
はぁ。いい加減黙れよ。ていうか幻聴ってこんな自我強いもんだっけ。姉ちゃんとか言ってるし。
右頬が熱くなった。というより痛い?なんでだ。まさか虫歯か?なんでこんな時に。
「いい加減こっち見ろっての!!」
幻聴と同時に誰かに顎を掴まれた。は??今俺と母さんしかいないよな??じゃあ今掴んでんの誰なんだよ。また瓶の中から良樹が語り掛けてくる。んなもの知らねぇよ!!知るはずねぇだろ!!なんで誰もいねぇのに感覚があるんだよ!!
俺は過呼吸になりながら顎を掴んだ主がいるであろう場所に目をやった。
そこには20代ぐらいの女?みたいな人がいた。なんだ?顔にモヤがかかってよく見えないな。ッチ。幻聴どころか幻覚も見え始めたか。いよいよ限界ってことか。
「あ!やっとこっち見た!!ていうか過呼吸じゃん!?大丈夫!?」
また幻聴だ。まるでこの世界に存在して目の前にいるかのようなテンションで聞こえた。
「良樹〜!?おい良樹!!!しっかりしな!!」
今更だけどなんで俺の名前知ってるんだろう。まぁ幻聴なら知っててもおかしくないか。よし決めた。良樹は瓶詰めにしたから残念ながらいないけど俺が変わりに幻聴と会話をしてやろう。
「ッチなんだようるせぇな。良樹は瓶詰めにしたからいねぇよ」
よし。これで現実を受け止めてどこかへ消えるだろう。まぁ幻聴がここまで自我強いのもどうかと思うが。
「は...?」
あれ。なんかミスったかな。幻覚はとてもキョトンとしたような感じがした。まだ顔にモヤがかかっている。上手く幻覚のイメージができていないのだとモヤの正体に自己完結する。
「瓶詰めってどういうことよ。良樹ってあんたのことでしょ?」
くっ。返す言葉が見当たらない。正論を突きつけられた。
「いやそれはそうなんだけど...」
「ていうかおかえりくらい言いなさいよ」
おかえり?え何こいつ。ほんとに自分が存在していると勘違いしているのか?それともそういう設定か?
「いや。おかえりってなんだよ。幻覚に帰るもクソないだろ」
両頬に焼けるような痛みを覚えた。幻覚から往復ビンタを食らった。それと同時に目の前の人物が幻覚ではないことに気づいた。時間の流れがとても遅く感じた。脳の処理が追いついていない音が聞こえた。
「私の事わかる?」
処理中に話しかけてくるとかこの女は常識がないのだろうか。一体どんな教育を受けてきたんだ。いや。普通に考えたら処理音とか聞こえないか。
「すまん。誰だ?」
待てよ。体から冷や汗が吹き出てきた。衝撃のことに気づいてしまった。俺は今見知らぬ女に絡まれている。こんな時に良樹がいれば...。いや俺も良樹なんだけど。瓶詰めするんじゃなかった。呼吸が犬のように荒くなっていくのを感じた。
「やっぱりわかんないか〜。うーん参ったなぁ〜。じゃあ顔は覚えてる?」
うっわ。絶対俺に関わりある人だ。焦りと安堵を同時に覚えた。ストーカーだと勝手に断定したがこのセリフでその可能性は俺の中でゼロになった。部屋に盗聴器とか仕掛けるやつがわざわざこの段階で会いに来るわけがない。
にしても顔にモヤかかったままだからわかんないな。名前さえ教えてくれれば思い出せるかもしれんが。
「すみません...大変失礼なのですが心当たりがないです。」
ここまで丁寧に返せばわかってくれるだろう。
「そっかぁ。お姉ちゃん悲しいなぁ。弟がやばいから見に来たら誰か忘れられてるんだもんなぁ。」
ん?この話し方。どっかで聞き覚えが...。脳の中で引き出しという引き出しを探し回った。瓶詰めの良樹に頼んでだ。
あったぞ。そいつ明美だ。良樹から声が聞こえた。明美?誰だそいつ。ダメだ。わかんねぇな。
相手に悟られないように考え込んだ。そして努力は実り思い出すことが出来た。俺の姉だ。
気づいたら姉ちゃんに抱きついて赤子のように泣きじゃくっていた。
「うわぁ!?急に泣き出さないでよ!?」
この声を最後に俺は意識が遠くなるのがわかった。この時何を思い。なんで泣いたかは分からないが。冷静さを取り戻すことは出来た。瓶詰めの良樹も外に出してやることが出来た。俺は良樹だ。正真正銘の良樹だ。
投稿遅くてすみません。一応受験生なので週1投稿と思って貰えると助かります。




