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死に切れなかった者たちへ贈る旅〜気球編〜

作者: 昼月キオリ


南隼人(みなみはやと)。27歳。


ミーンミンミンミン。ミーンミンミンミン。

部屋の外でミンミンゼミが鳴いている。

街は暑さで陽炎ができるほどの暑さになっていた。

夏真っ只中だ。


休みの日。

俺はエアコンの効いた部屋で真っ昼間から酒を飲んでいた。

ビール一杯飲んだだけでふらふらになるほど酒に弱い俺は簡単に酔っ払うことができる。


意識が朦朧とする。

八畳一間の部屋の中央には縄がぶら下がっている。

天井が剥き出しで柱が何本か横向きに交差している珍しい部屋だ。

狭苦しい部屋に柱とか邪魔だし掃除が面倒だとずっと思っていたが

今日この日の為に備わっていたようなものだな。

何とも死にやすい部屋だ。


脚立を一段一段登る。


もういい。仕事へ行くのも嫌だ。人と関わるのも嫌だ。

俺が生まれたこと自体全部なかったことにしてくれ。

家族と絶縁してこのアパートに住み、彼女もいない。

友達はいるが皆んな結婚したり子どもができたりと最近ほとんど会っていない。

俺には失うものなど何もない。


このアパートには日中ほとんど人がいない。

その為、誰も物音には気付かない。

俺が首を吊って死んでも誰も気付かないだろう。

なんて死ぬのに好都合なアパートなんだ。


縄を首にかけて飛び降りた。


タンッ!!ドサッ・・・。


ミーンミンミンミン。ミーンミンミンミン。


縄の結び目が甘かったのか衝撃が加わって少しして縄が解けてしまった。

床に叩きつけられた衝撃で俺は意識を失った。


一時間ほどして意識が朦朧とする中で俺は薄らと目を開けた。

 

横たわる俺の前に黒いローブを着た男が立っている。

顔はフードを深く被っていてよく見えない。

だが、背丈は俺以上ありそうだ。

ぼんやりとしていて視界が定まらない。

酒って弱いと幻覚まで見えんのか。


黒いローブを着た男。

奴は俺を見下ろしてほくそ笑んでやがる。


デカい鎌なんか持ちやがって。

厨二病もいいとこだよ。カッコつけてんじゃねーぞコラ・・・くそっ。

バカだな。幻覚に悪態付いてどーすんだよ俺。


ああ、そうか。俺は死に切れなかったんだな。

俺は生きることも死ぬことさえもできないのかよ。

とんだ厄日だよ。くそっ・・・。



そしてまた意識が途切れた。

数時間後。

意識が戻った時、縄はまだ床に落ちたままで脚立も置かれたままだった。

俺しかいないんだから片付ける奴なんかいやしない。

当たり前だ。



カタンと外から音がした。

郵便か。

税金の支払いか電気代か、どちらにせよ一人暮らしの郵便物なんてろくなもんじゃない。

このまま外に出て山にでも行って未遂に終わったこの縄で再チャレンジと行こう。


俺は郵便物をポストから取り出した。

車に乗り、郵便物を見た。

何も書かれてない真っ白な手紙。支払いでは無さそうだ。


手紙の中にチケットが入っている。



本日。気球。由比ヶ浜。夜7時。

"死に切れなかった者たちへ贈る旅"

 

隼人「何だこれは・・・」


説明文を読む。


 

気球の旅のチケットが届く人たちにはある特徴がある。

それは本気で死のうとしたことがあるかどうか。


強い自殺願望、自殺未遂・・・心が壊れてしまった人たちを運ぶ気球。



俺は山へ向かうつもりが気付けば海岸へ向かっていた。

アパートから海岸の方が近かった、ただそれだけだ。


車で10分足らず。

海岸に行くと気球が4つ置いてあり、俺以外にすでに数人がいる。


同い年くらいの男が一人、30代後半くらいの女が一人、中学生くらいの男の子が一人。


どいつもこいつもしけた面してんな。

まぁ、それは俺も同じか。




少しして気球から"何かが"降りて来た。


ペチャ!


ん?ペチャ?・・・。


音がする方へ全員が視線を向ける。

砂浜に何やらぽにゃぽにゃした生き物がいる。


水たまりを立体化したような薄いブルー色に可愛らしい目とにまにまとした口が付いている。

体のあちこちに黒い汚れが付いている。


ああ、ついにこんな幻覚まで見えるようになっちまったのか俺は・・・。

他の三人は一瞬驚くもあまり動揺はしていないらしい。

まぁ、死にかけた奴からしたらそんなもんか。


水たまりは何かを喋るわけでもなく、ただそこに立っている。

立っているのか座っているのか。はたまた寝転がっているのか定かではないが。


水たまりが気球の方を指差す(?)。

どうやら一人一人、気球に乗れという合図らしい。

それぞれが気球の前まで歩いていく。



気球はカラフルでそれぞれ模様が違う。

夜なのでまるでランタンのようにオレンジ色の光を放っている。

幻想的だなと思った直後。気球に堂々と黒い文字で

"しっちゃかめっちゃかな旅"と書かれている。

それにしても下手くそ過ぎる。

てゆーか"しっちゃかめっちゃか旅"って何だよ。

誰が書いたんだ・・・いや、あの水たまりに違いない。

体に付いていた黒い汚れの正体はきっとインクだ。



ワルツ「いらっしゃい〜」

トルテ「ようこそ気球の旅へ〜」


俺が乗る気球にまたしても何かがいる。

今度はなんだ・・・。


気球の中を見回すとバスケットの端に黒い生き物が二匹ちょこんと乗っている。

手のひらサイズのネズミか?いやモグラか?


二匹は体の大きさが少し違う。

と言っても人間から見たら大差ないのだが。


トルテ「僕らはネズミでもモグラでもなくてヒミズって言うんだ」

ワルツ「ちなみに字は日を見ないでヒミズだよ」


こちらの思考を見透かしたように二匹が喋る。


隼人「あ、そう・・・」


声の発生源はこの二匹か。どうなってんだこの世界は。急にファンタジックになりやがって。

世も末だな。


トルテ「僕らは兄弟なんだ、兄のトルテ、よろしくね」

ワルツ「僕はトルテ兄ちゃんの弟でワルツって言うの、よろしくね!お兄ちゃんは名前なんて言うの?」


隼人「隼人だよ」


ワルツ「隼人君ね!」

トルテ「いい名前だね」


隼人「それはどーも、てゆーか"しっちゃかめっちゃか旅って何」


トルテ「特に理由はないよ」


隼人「いや、理由ないって・・・」

 

ワルツ「とりあえず乗って乗って!」

トルテ「僕らが案内するからね」


隼人「あ、ああ・・・」



この二匹と一緒に気球に乗って飛ぶのか。

安全性は皆無だな。

まぁ、どうせ死のうと思ってたわけだし

このまま気球に飛ばされてどこかへ落ちて死ねるんなら願ったり叶ったりか。



気球に乗り込み、空へと向かって飛んでいく。

へぇ、意外と気持ちいいかも。



ワルツ「ねーねー、お兄ちゃんも死のうとした人?」


隼人「そうだよ、ま、上手くいかなかったけどな」


ワルツ「そっかぁ、何に悩んでるの?」


隼人「悩みってゆーか、生きてんのがしんどくなった、ただそんだけ」


ワルツ「生きるのって大変だもんねー」


隼人「モグラに何が分かるんだよ」


ワルツ「んー、そりゃ人間の悩みは分からないけどヒミズにはヒミズの悩みがあるからさ」


隼人「悩みって何」


ワルツ「ママがハヤブサに連れ去られたりー、パパがヘビに食べられたりー」

トルテ「友達が畑で見つかって人間たちに殺されたこともあったよ、僕たちはたまたま生き残れたんだけどね」



隼人「マジか」


悩みがエグ過ぎる・・・。



ワルツ「それでね!弱っていた僕たちを水たまりさんが助けてくれたの」

トルテ「だから僕たちは水たまりさんに恩返しがしたくてこの気球の旅をしてるんだ」


隼人「な、なるほどな・・・恩返しの為とは言えよく人間嫌いになんなかったな」


トルテ「その人たちとお兄ちゃんたちは違うからねー」

ワルツ「さすがにその畑にいる人たちは嫌いになったよ」


隼人「いやまぁそうなんだろうけどさ・・・」


目の前で家族が連れ去られて食われて友達が殺されて。

それでもこの二匹は生きてんのか。


夜空の遠くから花火と人混みが見える。

花火かぁ・・・まぁ、俺には一緒に行く相手もいないけどな。


ワルツ「わぁ、綺麗だね!トルテ兄ちゃん!」

トルテ「うん!すっごく綺麗だね」


ヒューッドンッ!!ヒューッドンッ!!ヒューッドンッ!!


隼人「はぁ・・・このまま落ちて死なないかな」


トルテ「えー!そしたら僕たちまで死んじゃうよ」

ワルツ「僕まだ死にたくないよ〜!」


隼人「だよな・・・ごめん」


ワルツ「いいよいいよ〜」

トルテ「隼人君もいっぱい頑張ったんだね」


ヤバい、なんか泣きそうだ。

目に涙が溜まる。

ヒミズに慰められて大の大人が泣くとかありえねぇだろ。

いや、もうそもそも今日一日がありえねーよ。

何一つまともじゃないんだから。


隼人「なぁ、何で君たちはそこまでして生きてんだ?」


ワルツ「う〜ん、何でって言われてもな」

トルテ「生きるのに理由なんてないよ」

ワルツ「うんうん、僕たちただ生きてるだけだもん」

トルテ「今は水たまりさんに恩返ししたいとは思ってるけど生きる理由ってわけじゃないしね」


隼人「じゃあ、意味もなく生きてんの?」


トルテ「物事全てに意味なんてないよ」

ワルツ「うんうん、意味があることもあるけど大体意味がないことばっかりだもん」


隼人「物事に意味なんてないか・・・」


トルテ「意味なんてあってもなくても楽しかったらいいんじゃないかな?」

ワルツ「うんうん、僕たち今楽しいしね」


隼人「二人はさこれからのこと不安にならないの?」


トルテ「ないよ、だって僕たち今日生きるか死ぬかだもん」

ワルツ「うんうん、だって僕らは明日ハヤブサに連れてかれちゃうかもしれないしヘビに食べられちゃうかもしれないもん!」


トルテ「人間に会うまで未来って言葉さえ知らなかったよ」

ワルツ「人間たちの話を聞いて初めて知ったもんね!」

トルテ「人間だけだよ、明日のことに悩んで寝れないとか未来のこと考えて不安になるの」


隼人「だ、だよな・・・俺もお前たちみたいにシンプルに生きたいよ」


ワルツ「あ!じゃあ僕たちと一緒に暮らす?」


隼人「いや、土の中はちょっと・・・」


トルテ「ワルツ、人間は土の中じゃ生きられないんだよ」

ワルツ「だよねぇ・・・僕たちと一緒に落ち葉の下でお兄ちゃんも暮らせたらいいのにね」


隼人「いいなそれ・・・俺もそうしたい」


ワルツ「う〜ん、お兄ちゃんの家の近くで暮らす?

そしたら僕らお兄ちゃんに守って欲しい!」


隼人「それはいいけどアパートじゃまずいだろ・・・苦情が来る」


ワルツ「だよね〜」

トルテ「んー、じゃあ別の場所にお家建ててその庭で暮らすとか?」


隼人「そんな金ねーよ・・・」


ワルツ「だよねー」


隼人「いっそ、日陰で暮らしたいっていう奴らだけ集まるカフェがあったらなぁ・・・」


トルテ「それいいね!」

ワルツ「僕やりたい〜!」


隼人「つったってカフェやるには相当な金が必要だしなぁ」


ワルツ「僕、水たまりさんに何とかできないか聞いてみるよ」

トルテ「確かに、水たまりさんなら何か手があるかも?」


隼人「水たまりさんねぇ・・・」





後日。

水たまりさんが空き家を無償で提供してくれた。

何者なんだ・・・。



住宅街を抜けた森の中にある小さなお店。

と言っても山奥にあるわけではないので割と行きやすい場所にある。

お店は壊れている部分はほとんどなく、綺麗なままだったので掃除は俺一人で充分だろう。



枯れ葉舞う秋の季節になった頃、俺はサラリーマンを辞めて店を開くことになった。


カラン、とベルが鳴る。

同じ年くらいの男性が一人入ってきた。

俯いていていかにも気の弱そうな感じだ。


隼人「いらっしゃいませー」


このカフェに来る人のほとんどが死にそうな顔をしている。

当たり前だ。店名がそもそも"日見ずカフェ"。

病んでる人限定のカフェなのだから。


店内は間接照明のみの明かりで薄暗く、カウンター席のみ。

カウンターの後ろ側の棚には様々な紅茶やコーヒーが並べられている。

時間も夕方5時から夜の12時まで。

薄さも相まってバーみたいだ。



隼人「どうぞ座って下さい」


「はい・・・わっ!?このカウンター、土と葉っぱが入ってる!?」



隼人「それだけじゃないんですよ」

隼人は手を動かしながら話を続ける。


カウンターの部分からモゾモゾと何やら動いている。


「え、な、何!?」


ひょこっと枯れ葉の下から現れたのはネズミのようなモグラのような黒くて小さな生き物だ。

しかも二匹。


下の部分は普通のカウンターだが、上三分の一ほどはガラス張りとなっている。

土の上に枯れ葉が敷き詰められている。

カウンターは外と繋がっている為、自由に行き来できる。


木でできた小さなテーブルが飛び飛びで土の中にぶっ刺さっている。

なんて斬新なアイデアなんだ・・・。

 

お客さんが来た時や気が向いた時にカウンターの方へ来るのだ。

土の中は定期的に確認し、虫などがお客さんに見えないように工夫している。

と言ってもエサをあげる時はお店の外なので虫はほとんどいない。

いてもヒミズたちが食べてくれる。


隼人「その子たちはヒミズと言って兄弟なんですよ」


「へ、へぇ・・・」


二匹は枯れ葉の下にまたモゾモゾと潜っていく。


「可愛いですね」


隼人「ありがとうございます、うちのマスコット的存在なんですよ」


「あの・・・」


隼人「はい、ご注文伺います」


「あ、えと、アイスティーを下さい」


隼人「かしこまりました」


「あの」


隼人「はい、何でしょうか?」


「気球にいた人ですよね?」


隼人「え?・・・ああ、あの時の!」



奏太「僕、泉奏太(いずみかなた)って言います、気球の旅が終わった後、自宅宛てにこのカフェのチラシが入ってて・・・気になって来てみたんです」


隼人「なるほど、そうでしたか・・・わざわざありがとうございます、俺は南隼人って言います」


奏太「南隼人さん・・・」


紅茶を淹れてそっとカウンターに置く。

紙のカップに入っていて二匹のヒミズのイラストが印刷されている。


奏太「あ、ありがとうございます・・・」



奏太が紅茶を飲んでいると

テーブルのすぐ横からひょこっと枯れ葉を退けて二匹のヒミズが顔を出す。


二匹は仲良しなんだなぁ・・・。

僕にも兄弟がいるけど、兄ちゃんとはそりが合わないし一緒に行動することもない。

母さんと父さんは僕と関わろうとしなかったけど兄ちゃんは僕が自殺未遂をした日はちゃんと心配してくれたっけ。



二匹のヒミズは自由に潜ったりひょこっと顔を出したりしている。



なんかここいいな・・・。


奏太「はぁ・・・ここ、和みますね」


隼人「そう言ってもらえて嬉しいです」



紅茶を飲み終えると会計を済ませた。


奏太「また来ます」


隼人「はい、お待ちしています」


カラン、とベルが鳴り、奏太は帰っていった。




奏太が帰った後。

隼人「お客さん、喜んでくれてたよありがとう」


トルテ「良かった」

ワルツ「隼人君、ご飯ごはん〜!」


隼人「ごめんごめん、今用意するからお店の外の穴まで来てくれる?」


「「は〜い!」」



住宅街を抜けた森の中にある小さなカフェ。

今日も"日見ずカフェ"は隼人とヒミズ君たちによって守られている。

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