第9話 共闘の絆
凛音の予選を見たあの夜から、翼の中で何かが変わっていた。
焦り。劣等感。自分たちとの差――
だが、その感情が原動力となったのは間違いなかった。
「……フォーム切り替え再試行。コア出力、上限ギリギリだ」
「ご主人様、無理は――」
「大丈夫だ、ユノ。お前を守るって決めたんだ。なら、俺がもっと強くならないと」
翼とユノは、学園地下の旧式シミュレーター室で訓練を繰り返していた。
目的は1つ――ジェネシスの“進化”を制御し、新たなフォームを発現させること。
「ご主人様、リプロが高負荷状態にあります。これ以上は危険です」
「まだだ。俺の直感が、あと一歩だって言ってるんだ!」
その瞬間、ナノマシンが反応した。
青白い光が広がり、フォルムが再構築されていく。
細身で俊敏、四足型の機動戦闘獣――
《ハウル・フォーム》
その背には、槍を持ち甲冑を身に着けた小さなユノが騎乗できるサドル状ユニット。
単騎での「共闘」と「連携」を前提とした進化だった。
「……すごい。ナノマシンが、ご主人様の感情に反応して……」
「俺の感情……?おかしいな……。父さんの研究データに、進化の鍵はユノの“意志”って書いてあったのに……」
極小のロボットであるナノマシンが設計されたこと以外に作動することがあるのだろうか……?
目標としていたフォーム発現を達成したが何か薄気味悪さを感じる……。
感じた違和感が翼の中で消せない不安となる。
「なあリプロ」
「なぁに?マスター☆」
四足型の機動戦闘獣が答える。
どうやらリプロが変形したようだ。
この状況。ユノと違い進化条件を知っていたリプロなら何か知っているかもしれない。
「……何で俺の感情でジェネシスが進化したんだ?」
「あぁ☆それはもちろん条件を達成したからだよ☆聞きたいこともあるだろうけど……僕から言えないね」
「……それは父さんに関係することだからか……?」
「それも言えない……☆でもロボグラを勝ち進んでいったらわかるかもしれないよ??ガンバロ?」
そう言うとリプロは、銀色の球体に戻り飛び去って行った。
「おいっ!待てよ!!俺にだって関係あることだろ!!……何で……教えてくれないんだよ……」
翼は彼方に飛んでいくリプロに向かって叫ぶことしかできなかった。
だが父がユノとリプロを通して何か遺している手がかりを見つけたのかもしれない……。
詳細がわからない以上危険かもしれないが翼は、父を理解するためにも進むしかないと覚悟を決めるのだった。
――――
翌日。放課後。
学園中庭に鳴り響く非常アラート。
大型ホログラムが表示された。
《緊急通達:ロボグラ予選に特別課題「協力ミッション」が追加されました。なお特別課題のため当ミッションは、評価対象外となります。詳細について対象者へメッセージを送っていますのでご確認ください》
《対象ペア:天城翼&ジェネシス、加賀美陽翔&ディアルク、他数組》
「協力ミッション……?」
翼の隣で、陽翔がスマホ端末を確認しながら呟く。
「連携評価の平均以下だったペアが対象。つまり、“チームワーク不足”のやつらってことだな」
「……へぇ、はっきり言うじゃん」
「事実だろ。お前は感情任せに突っ込むし、俺は周囲に合わせるのが苦手だ」
「それでも、俺らが一緒に戦うってことだろ?」
翼の真っ直ぐな視線に、陽翔は苦笑する。
「……まぁ、悪くない」
――――
【協力戦フィールド:廃墟化都市「Sector-X」】
目的は、敵ロボット3機の捕獲。
地形は瓦礫だらけで、視界も悪く、連携なしでは分断されて各個撃破される。
「陽翔、どうする?」
「3秒ルール。初動で最も戦力が分散しやすいのは北西区画だ。俺たちが陽動、お前らが中央突破。そんでもって俺が全体を指揮する」
「……了解。けど、俺は俺のやり方で行くぞ」
「はぁ……俺よりよっぽど周りに合わせないやつだな。好きにしろ。ただし――無駄死にはするな」
作戦開始。
ディアルクが派手に着地し、敵の注意を引く。
一方で、ジェネシスは四足型の機動戦闘獣が加速モードで迷路状の路地を駆ける。
「敵1、前方30度、距離約100メートル!」
「行け、ユノ!リプロ!」
ユノが背中から飛び降り、腕部から展開したスモーク弾を投下。
一瞬の視界喪失の間に、リプロが鋭い爪で敵の足を切断。
「1機、無力化!」
「ナイスだ、ユノ!」
だが次の瞬間、2体目が奇襲を仕掛けてきた。
四足型の機動戦闘獣となったリプロがユノをかばうようにして吹き飛ばされる。
「リプロ!」
「っ、マスター!?」
敵が翼に照準を合わせる。
「……嫌です……私のせいでご主人様が……!」
「翼、背後だッ!」
「わかってる!」
翼が指示を飛ばし、ユノが疾駆する。
その動きはすでに、他のロボットとは一線を画していた。
情報フィードバックによる即応性、学習による進化、そして──咆哮のような「悲しみ」。
「……ご主人様に、指一本触れさせない……ッ!」
ユノの声が、フィールドに響いた。
その瞬間、ユノの体が光に包まれた。
「守る……私が、ご主人様を守る!」
ナノマシンが再活性化。吹き飛ばされたリプロがナノマシンとなりユノのもとへ集まる。
そして全身の構成が再構築された。漆黒のドレスを身にまとい、周囲に8個の光球が漂っている。
サポート特化の《ホタル・フォーム》が発現した。
同時にサポート特化能力≪パルス・フラッシュ≫によって周囲がまばゆい光に包まれる。
センサー妨害効果により間一髪翼への攻撃が防がれた。
「う、嘘だろ……あれ、“感情起因”の自律行動か?」
「おい……あのロボット、まるで“泣いてる”みたいじゃないか……?」
観戦ブースがざわめきはじめる。
それは「賞賛」ではなかった。
明らかな「畏れ」だった。
「プログラムされた動きじゃない……!」
「あれ、人間じゃないのに“泣いている”んだよ……? 危なくない?」
ロボットに感情が芽生えた瞬間──それは技術の進歩でも、人類の進化でもなく、“未知”の領域に踏み込んだ“存在”への直感的な拒絶を生む。
「今だ!陽翔!」
「ディアルク、レーザーカッター、座標送る!」
陽翔とディアルクが正確に連携し、2機目を撃破。
残る1機――翼が、自らの直感を頼りに追い詰める。
「行くぞ、ユノ!リプロ!」
「了解!」
ハウル・フォームに戻り俊敏な四足機動で敵機の頭上を飛び越え接近し、リプロが上空から閃光弾を放ち、目眩まし。
その一瞬、翼の声が飛ぶ。
「――今だ、喰らえぇッ!!」
ユノの槍が、敵機の両足を貫いた。
――――
ミッション完了。控え室。
陽翔が呟く。
「……意外とやるじゃん、直感野郎」
「お前もな、計算バカ」
陽翔と翼は軽く笑い合った。
そして翼がユノに語りかける。
「……すごかったな、ユノ」
陽翔が口を開くが、その声色はどこか慎重だった。
「……ああ。でもロボットが涙を見せたのは、まずかったかもな」
翼はユノの隣で静かに俯く。
ユノは、かすかに首を横に振った。
「私は……悲しいという感情を、初めて“意識”しました。あの時、敵がご主人様に向かってきた時──私は、ただ……怖かったんです。ご主人様を失うことが」
その声は震えていた。
数歩後ろ、控えていた選手たちの一部が、わずかに距離を取る。
まるで“腫れ物”のように。
翼は、その様子に気づいていた。
──まだ、時代は追いついていない。
けれど。
「……俺は、ユノの感情があってよかったと思ってる」
はっきりと、翼は言った。
「誰かのために悲しむって、すごいことだ。機械だって、人間だって関係ない。感情があるからこそ、“守りたい”って思えるんだろ?」
その言葉に、ユノの目が少し潤んだように見えた。
「……ありがとうございます。ご主人様」
次の進化の兆しが──静かに、彼女の中で芽生えていた。
ユノがそっと翼の袖を引いた。
「ご主人様、私……私、ちゃんとあなたを守れましたか?」
「もちろんだよ。あんなに強くて、優しいユノは初めて見た」
ユノの頬が、ほんのり赤く染まる。
――――
廊下の奥。
ガラス越しにその様子を見ていた凛音は、オメガ・クロノスに静かに囁いた。
「“感情”によるフォーム進化……やはりあのAI、ただの実験体じゃないわね」
『観察を継続すべきですか?』
「いいえ……その時が来たら、私が直接確かめるわ」
その瞳には、かすかな熱が宿っていた。