表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/18

第6話 「誓いと距離」

 ――七年前・夏

 蝉の声が止まない研究所の裏庭で、翼は地面にしゃがみ込み、小さなロボットをいじっていた。


「ここのコイル、逆巻きだって言ったろ?」


「うるさいな、陽翔。これで動くんだってば!」


 隣に座る少年――加賀美陽翔は、肩越しに覗き込みながら溜息をついた。


「ほら、また煙出てる。コンデンサ逆接だっての。やっぱり俺のやり方が正しかったな」


「……ぐぬぬ。ちょっと見てただけで分かるの、ズルいよなあ……」


 そんな他愛ない言い合いをしながら、二人はミニAI搭載ロボットを改造して競い合っていた。

 試作型とはいえ、カメラと足回りの制御をプログラムするのは至難の業。だが、そんな苦労すら楽しかった。


「ねえ、陽翔」


「ん?」


「大人になったらさ……一緒に、本物のロボット作ろうぜ。人間と話せる、ちゃんとしたやつ」


 陽翔は口元をゆるめる。


「うん。それも空飛べるやつな。ちゃんと“心”もあるやつ」


 その言葉に、翼は目を輝かせた。


 二人の父――天城博士と加賀美誠――は、当時「人型ロボット開発プロジェクト」の共同責任者だった。

 だがその研究は世間からは“危険な境界線”と評され、陽翔の家族は批判に晒されることもあった。


 それでも、子供たちにとっては「父の背中」はただただ誇りだった。


 ──この約束が、やがて運命の転機になるとは、その時はまだ誰も知らなかった。



 

 

 ――――――

 


 


 ──【半年前】旧加賀美研究所・地下ラボ


 硬質な静寂が支配する、封鎖されたラボの一室。

 陽翔は、ほこりをかぶった端末の電源をゆっくりと入れた。


「……父さんの、研究データ……本当に、ここに」


 ログイン画面に、緋色の光が灯る。

 数秒の沈黙の後、“Kagami Makoto”の研究者アカウントが認証され、アクセスが開かれた。


《プロジェクト名:D.I.A.L.C.》

《Dynamic Intelligence Autonomous Linked Core》


「ディアルク……? これが、父さんの設計?」


 端末に次々と表示されるのは、完全には完成していない断片的な構造コードと設計図。


 膨大なニューラルネットの仮設計。

 ヒューマンリンク用の脳波同期アルゴリズム。

 そして、未完成の自己拡張プログラム「コード・Δ(デルタ)」。


「これ……ただの補助プログラムじゃない……まるで、“人間の意志”を模倣する機構……!ロボット工学審査委員で働いている父さんが何でこんなの研究してんだ?」


 震える手でデータをスクロールしながら、陽翔は息を呑んだ。

 父が目指していたのは、単なる人工知能ではなかった。


「……これを、形にするには……俺がやるしかない」


 誰かに命じられたわけでもない。

 誰かを越えるためでもない。


「自分で選ぶ。俺は、ディアルクを“完成させる”」


 ディスプレイに映る設計の骨格に、陽翔は自らのコードを書き加え始めた。

 より効率的な演算サブコア、リアルタイム解析特化のアクティブスレッド、共感反応のシミュレータ。


 一行、また一行と命を吹き込んでいく。


 その目は、ただ静かに、しかし確かに燃えていた。



 


 ――数週間後。


 完成したばかりの仮想中枢に、リンクテストを開始する。


「ディアルク、起動」


 ブース内部の光が明滅し、やがて人型のホログラフが現れる。


《接続確認。人格モジュール:β版、同期率62%。音声出力開始。》


『──マスター。はじめまして。私は……ディアルク』


「……ああ。ようやく会えたな、お前に」


『解析完了:あなたの脳波、加賀美誠と一致率72%。あなたは……“彼の子供”?』


「ああ。俺は親父の“未完”を、繋ぐ存在だ」


『記録に残された“未来構想”──リンク型AIと共に“対等な共存”を目指す意思。あなたは、それを選びますか?』


 陽翔はしっかりと頷いた。


「選ぶさ、俺の意志で」


『では、私はあなたと歩む。──共に“解”へ到達するために』


 光の中、ひとつの機械知性が生まれた。


 その名は──ディアルク。

“誰かのコピー”ではない、“共に進化する相棒”として。


 

 ――――――

 

 

 ――【現在】共生学園

 

 翼が教室に入ると、すでにざわめきが起こっていた。背筋の通った新入生が、担任の紹介のもと立っていた。


「加賀美陽翔です。編入ですが、よろしくお願いします」


 ――加賀美、陽翔。


 一瞬、時間が止まったように感じた。


(まさか……陽翔!?)


 懐かしさと驚きとが胸をかき乱す。少年の面影は、今も確かにその中にあった。


「陽翔……」


 思わず声を漏らすと、陽翔の瞳がこちらを向いた。だが、その表情は意外にも硬い。


「よ、翼。久しぶりだな」


「お、おう……!」


 再会はあっけなかった。拍子抜けするほど、簡素で。どこかよそよそしくて。


 ユノが控えめに問いかける。


「ご主人様、あの方は……?」


「昔の友達、だよ。……親友だった」


 教室に立つ陽翔の背筋が、ほんの少しだけ揺れた。


 

 ――放課後・中庭

 

 翼は意を決して声をかけた。


「話、しないか? 昔みたいにさ」


「……わかったよ」


 陽翔は無表情のまま、腰かけたベンチに視線を落とした。


「お前の父さんが亡くなったあと、うちの家も色々あってさ。親父と母さんの喧嘩が増えて突然家族バラバラになっちゃってさ。俺、しばらく引きこもってた」


「……そんな……」


「でもな、俺は今、それでも前に進むって決めた。自分の意志で、親父を超えてみせるって」


 翼は黙って隣に座る。


「お前も、同じ道を?」


「たぶん。でも……俺には、ユノがいるから」


 ユノがそっと頭を下げる。


「加賀美陽翔さん、お会いできて光栄です」


「……ふっ」


 陽翔が笑った。


「お前も、ロボットと一緒に進んでるんだな」


「陽翔も来いよ。お前なら――」


「言うな」


 彼は目を細めた。

 

「“誘ってほしい”って思ってた自分が悔しくなるから」


 その一言が、かえって優しくて。


 翼はふっと笑った。


「変わってねえな、陽翔。へそ曲がりでさ」


「ははっ。お前もな、相変わらずアホっぽい正義感だけで突っ走る」


「でも、それでいいんだろ? 俺たち」


「……まあな」


 二人の間に、静かな沈黙が流れた。


 陽翔は小さく呟いた。


「覚えてるか? あの約束」


「覚えてるよ。俺たちで、ロボットを作るってやつ」


「なら、俺は俺で証明する。お前とは違う方法で、“ロボットと人間”が並び立つ未来を」


「望むところだ。どっちが先に、その未来に辿り着くか、勝負だな」


 夕陽の中で、再び交わされた無言の約束。


 それは“再会”という名のスタートラインだった。



 

 ――――



 

 共生学園・ロボティクス棟の夕刻。選抜制の上級プログラミング講座を終えた翼が、ユノと共に廊下へ出る。


 ふと目の前に現れたのは、黒髪の少女――如月凛音。実験端末を抱え、無表情に廊下を歩いている。


 そこへ、もう一人の人物が現れる。

 黒銀の制御ケースを片手に、無言で進む編入生――加賀美陽翔。


 すれ違いざま、ふたりの視線がぶつかった。


「……あなたが、加賀美陽翔?」


「そう名乗った覚えはあるが?」

 

 その言葉に、凛音の眉がわずかに動く。


「父親のコネで特例入学。期待されすぎた天才……でも中身は?」


「そちらこそ、政府認定の優等生。上からの推薦で自由に設備も使えるんだろう?」


「……何が言いたいの?」


「同類だってことさ。背景が期待値を上げる。だが、勝つのは“結果”を出した者だけ」


 数秒の沈黙。

 互いに一歩も引かないまま、凛音がわずかに口元を歪めた。


「なら、ロボグラで証明しなさい。実力でね」


「そのつもりだ。君を、潰す価値があると判断すれば――」


 背筋が張り詰め、廊下の温度が数度下がったような空気になる。


 翼が思わず口を挟もうとした瞬間、ユノが袖を引いた。


「止めた方がいいです、ご主人様。あのふたり、言葉で殴り合っています」


「……だな」


 ふたりはそれぞれ、無言のまま背を向け歩き出す。

 背中越しに互いの存在を認識しながら――それが火種であることを、はっきりと理解していた。



 ――――――



 共生学園女子寮・夜。

 凛音はデータパッドを開いたまま、薄明かりの下で静かに考えていた。


 視界には、ある人物のデータが表示されている。あの、編入生――加賀美陽翔だ。


(油断ならない。論理型、知性偏重……でもそれだけじゃない)


 背筋の通った立ち姿。沈着冷静な口調。口元の僅かな笑みすら、すべて計算されているような精密さ。


(あの目……私を“解析対象”として見ていた)


 ライバルというよりも、“相手の価値”を計算し、必要なら排除する。まるで最適化されたAIのような視線だった。


 けれど、どこかで既視感を覚える。


(――あの人に、似ている)


 彼女の父、如月重蔵。かつて“機械に人間の倫理は不要”と主張していた冷徹な男。


「……同じ“進化”を信じてる人間は、必ず衝突する」


 だが、陽翔にはそれだけではない。

 時折、その視線の奥に、確かに人間らしい“迷い”がある。あの場でも、一瞬だけ彼の言葉が震えた。


(揺れてる。迷ってる。けれどそれを押し殺して、進もうとしている)


「……同情はしない。でも、もしあれが本物なら――」


 凛音は立ち上がる。


「その意志を、私が試す」


 真の実力者だけが進める道――

 自分の誇りと矜持をかけて、陽翔という“変数”を叩き潰すために。



 ――――――

 


 共生学園・夜の演算室。誰もいない薄暗いフロアで、陽翔は構築台に向かっていた。


 光の中に浮かぶのは、自身の専用ロボット《ディアルク》の設計図。

 演算サブコアが脈打ち、微弱な電子音を発している。


「……如月凛音。やはりデータ通り、論理も実績も本物だな」


『あのお嬢ちゃん……結構敵対的だったな。データからお前と同じタイプ……攻略法は……』


 ディアルクが静かに応答する。


「分析もいいが……俺の判断も信じろ。あいつは“やりにくい”タイプだ」


『完璧すぎるところか?』


「……違う。“理由がある”やつは、強い。理由が明確だからこそ、迷わずに刃を振るえる。俺たちとは……そこが違う」


 陽翔は目を細めた。


「俺がここに来た理由は、親父の夢を超えるため。あいつの理由は、たぶん――誇りそのものだ」


 ディアルクのスキャンラインが静かに波打つ。


『確認:天城博士関連ファイル、未解読領域が22%残存中。補完対象に指定』


「……親父のデータ。まだ残ってるんだな」


 陽翔は、自分の手で再構築したデータパケットをスクリーンに映し出す。

 そこには、天城博士と加賀美誠がかつて共同開発していた「ヒューマンリンク・アルゴリズム」の断片。


「父さん……俺は、答えを見つけるよ。人間と機械が対等に生きる術を」


 ディアルクの光が、まるで理解するように揺れた。


『リンク維持完了。お前の意志を尊重するぞ。──マスター』


「……行こう。ディアルク。ロボグラは、始まってる」

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ