第3話 初めてのロボグラ登録
入学セレモニーが終わり、ユノは無事に入学手続きを完了させた。
翼と共に校内を歩きながら、その先進的な設備に目を輝かせていた。
共生学園は巨大なドーム型の校舎を中心に、複数の研究棟・演習フィールド・ラボが広がっている。
人間とロボットが共に学ぶだけでなく、互いの技術開発や訓練、協働実験が日常的に行われていた。
ガラス張りの廊下を歩くと、窓の外には空中ドローンによる模擬演習が展開され、サーバールームの監視ロボットたちが巡回しているのが見える。
「すごいです……まるで、実験都市みたい」
「父さんが昔言ってた。ここは"共生の未来"の縮図なんだって」
翼はユノの隣でそう答えたが、内心では少しの不安も感じていた。
高度なAIたちの中で、ユノとリプロが受け入れられるのか――。
「……ねえマスター」
通学カバンの中から、リプロが小声で囁く。
「そろそろロボグラ登録、行かなくていいの?」
「あ~……。まだユノに確認とってないんだよな」
「?……ロボグラって何ですか?」
ユノが首をかしげてこちらを見つめてくる。
「あれだよ」
そこには学園最大のイベント《ロボグラ》の参加者募集告知がディスプレイに表示されていた。
「正式名称は**《ROBOGRA:Robotics Grand Prix》**。学園に通う生徒と彼らのパートナーロボットが腕を競い合う、共生学園の象徴的な大会だ」
「ご主人様、これは戦闘訓練プログラムの一種ですか?」
ユノが純粋な興味を浮かべながら翼に尋ねる。
「少し違うかな。確かにロボット同士での格闘も含まれている。だけど、最も重視されるのはパートナー同士の連携なんだ」
「そうだよ~。訓練ってより、"競技"。皆自分のロボットをカスタマイズして、技術と連携を競い合うんだよ」
突然2人の会話に割り込んできたのは、奏だった。
彼女も加賀美に頼んでこの学園の教師として働くことになったのだ。
「……天城先生……。くっつき過ぎ」
「も~愛しのお姉ちゃんにちょっと冷たいんじゃない?」
「はぁ……。もう高校生なんだからほっといてくれよ」
「天城先生。ご主人様は、思春期なのです。くっつき過ぎると嫌われてしまいます」
「そうね~。ユノちゃんの言うように嫌われたくないからやめとこう」
「俺の思春期は、もう終わってるっての!」
出会った時からすると冗談?に聞こるようなことを言うので彼女も少しづつ成長しているように感じる。
ユノのスペックの把握もここ数日で出来てきた。
"社会の中で学ぶ"という姿勢を加賀美に見せつけるのにロボグラは、ちょうど良い舞台かもしれない。
そう考えた翼は、ユノに向かって問いかける。
「出てみないか?ロボグラに」
ユノはわずかに目を見開いた後、静かに微笑んだ。
「ご主人様がそう望むなら」
――――
《ロボグラ登録センター》は、校内の中央管理棟にあった。
巨大なホログラムパネルと無数の認証ゲート、専用のアナウンスが稼働しており、登録希望者たちが列を作っていた。
「次の方、どうぞ」
受付端末の指示に従い、翼は認証パネルの前に立つ。
ユノがそっと寄り添い、リプロもケースの中で振動を始める。
『登録操縦士氏名:天城翼――確認』
『パートナーAI名義:A_yk07 - YOU KNOW――確認』
『補助ユニット名義:A_yk07S- REPRODUCTION――確認』
『ユニットコールサインを入力してください』
翼は一瞬だけ迷った。しかし、父の研究所の扉に書かれていた、あの名を打ち込む。
「――ジェネシス」
『登録完了――ロボグラ競技参加資格を認証しました』
「えーと……。これで基本ルールとかの説明会を来月受ける必要があるみたいだな」
――翌月。
翼たちは、共生学園中央アリーナにいた。
校長の挨拶のあとロボグラの歴史について説明がされたあと壁の大型ホロモニターに、大会のルール説明が流れた。
《ロボグラ概要》
主催:共生学園ロボティクス委員会 × 共生学園生徒会×国際ロボット産業連盟
人間とロボットの「協調性」「創造力」「判断力」を総合評価
●競技形式:
・予選:A フィールドミッション、B レスキュー、C メカニカルバトル
・準決勝、決勝は各トーナメント方式によるメカニカルバトル
●基本ルール:
・参加は「人間×ロボット」のペアのみ
・ロボットは最低50%以上が自作構成
・人間側は操縦・指示・プログラム更新を担当
・審査項目には“連携精度”“創造性”“判断力”が含まれる
ロボグラは、放映料を運営費の一部としてあてているため一般への放映もされている。
そのため過去の記録からある程度の対策をたてることはできる。
だが、それは全ての参加者に言えることだ。
最も重要なことは互いへの理解。
参加者たちは、長い期間を共に過ごし理解しあったうえでロボグラに参加する。
そのため――。
「マスター。僕たち出会ってそんなに経ってないよね?」
「そうだな」
「相互理解足りてなくない☆?」
「大丈夫だ。父さんの研究室で2人の資料読み込んだから。本番までに実践あるのみ」
その時だった。
「……随分と余裕じゃない?参加者は、みんな少なくとも1年前から準備してるってのに」
冷たい声が背後から降り注いだ。
振り返ると、鋭く整った長髪と透き通るような白い肌――如月凛音が立っていた。
如月凛音――共生学園の象徴とも言われる才女。
政府系巨大企業《クロノス社》が支援する特待生であり、ロボグラでも連覇を続ける絶対的王者。
その横には彼女のパートナーロボ《オメガ・クロノス》も控えている。
漆黒の鋭利な装甲に包まれ、赤く光るコアアイが不気味な存在感を放っていた。
「あなたが、噂の"特例生"ね。ロボット審査をすり抜けた違法開発ロボット……」
「違法じゃない。正規に許可は下りてる」
翼は静かに言い返す。
だが凛音は鼻で笑った。
「形式上は、ね。でも甘く見ないことね。この学園では――実力だけが全てよ」
凛音はほんの僅かに口角を上げた。
それは冷笑とも自信ともとれる表情だった。
「あなたたちがどんな理屈で出場しようと、ここは実力の世界。ロボグラは共生学園最大の舞台。中途半端な理想で勝てるほど甘くないわ」
翼は凛音の鋭い眼差しを正面から受け止めた。
だが、その横でユノは微かに身体を硬くしていた。自らが特異な存在であることを、あらためて痛感していたのだ。
凛音の視線が、まっすぐにユノへ突き刺さる。
対するユノも、わずかに瞳を揺らしながらも凛音を見返していた。
「私は如月凛音。政府特別支援企業《クロノス社》専属。トップの座を守るのが私の責務」
隣でオメガ・クロノスが、低く唸るように冷却音を放つ。
その威圧感に、通学カバンの中のリプロも微かに身震いした。
「リプロ、平気?」
「う、うん……ちょっと怖いけど……マスターが守ってくれるもん」
翼は静かに微笑む。
「大丈夫だ。ロボグラで証明するよ。君たちが――認められる存在だってことを」
ユノも力強く応える。
「はい。私は学び、成長します。ご主人様と一緒に」
凛音は冷たい笑みを残し、そのまま踵を返して去っていった。
残された3人は静かに拳を固めた。
ここからが本当の挑戦――ロボグラへの第一歩が始まるのだった。
――――
如月凛音は、学園で誰もが認める完璧な優等生だった。
成績は常にトップクラス。
政府系企業《クロノス社》が支援する次世代パイロット育成プログラムにおいて、選抜第一位。
そして彼女には、人間以上の処理性能を誇る相棒ロボット《オメガ・クロノス》が常に伴っていた。
「新たな出場申請、1-B所属・天城翼。登録ユニット名。操縦ロボットは……ユノ?」
ロボグラの登録情報を閲覧したその瞬間、凛音の眉がわずかに動いた。
「……違法起動ロボットの噂、あれ、本当だったの?」
その名に聞き覚えがあった。
少し前、学内で話題になっていた“ロボット審査基準ギリギリの特例ロボット”――それが、ユノ。
そしてもうひとつ、彼女が反応したのは、そのロボットのユニット名。
《ジェネシス》。
かつて、クロノス社が設計した高位知性制御モジュールの初期型名称――プロトタイプの呼称。
「どうして、あの名前が……?」
「凛音様」
横に控えるオメガ・クロノスが無機質な声で問いかける。
「感情の乱れが検出されました。対象は“ユノ”ですか?」
「……ええ。ちょっと、因縁の匂いがしてきたわ」
その日、凛音はロボグラ説明会へ参加していた翼とユノに会うため共生学園中央アリーナに現れた。
そして言い放つ。
「あなたが、噂の"特例生"ね。ロボット審査をすり抜けた違法開発ロボット……」
――挑発。
凛音にとって、それは礼儀だった。相手を認めたからこそ、真正面からぶつかる。
「私は如月凛音。政府特別支援企業《クロノス社》専属。トップの座を守るのが私の責務」
そう言い残し、踵を返した。
でも、胸の奥にほんのわずかな“ざらつき”が残った。
(あのロボット……私と似ている)
自分自身を“正しく設計された存在”と信じてきた。
でも、あのユノは違った。まだ不完全で、どこか幼い。それなのに――
(まるで、“感情”があるみたいだった)
――夜。凛音の個人訓練ルーム。
「オメガ。次回フィールドミッション用にジャンプ制御を最適化しておいて」
「了解。データログ取得中……補足報告:ユノの動作は、ナノ粒子可変構造による予測不能挙動が含まれています」
「予測不能、ね……」
その言葉が、なぜか嬉しく思えた。
プログラムされたものではなく、“成長する意志”が相手に宿っている。
凛音は天井を見上げ、そっと目を閉じた。
(あなたが“本物”なら……私がそれを、証明してあげる)