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第17話 崩壊の序章

 如月凛音には、年の離れた兄がいた。


 名前は如月流星。

 ロボット工学においては学生ながら突出した天才であり、彼が設計した制御AIは一時期、国家主導の研究所でもテストされていた。


「凛音、お前ならできるよ。おれの“後継ぎ”じゃなくて、“お前だけの答え”を見つければいい」


 いつも穏やかで、優しくて――

 それでいて凛音よりも遥かに高みにいた兄。


 凛音はそんな兄に憧れ、追いつこうと努力を重ねた。


 だがそれは、悲劇の伏線でもあった。


 あの日、兄妹は共同で開発していた新型AI制御システムの実証試験を行っていた。


 凛音がプログラムの一部を修正し、テストに臨んだのだ。


 兄の許可を得ず、自信と焦燥が入り混じった暴走だった。


「兄さんなら、すぐ気づく。大丈夫……私の処理のほうが、きっと早い」


 だが、事故は起きた。


 テスト機に接続されたAIユニットが突如暴走。制御を失い、動作アームが流星を直撃――


「兄さんッッ!!」


 駆け寄った時、兄は頭部を強打し、意識を失っていた。


 そのまま、彼は二度と目を覚まさなかった。


 ――――

 

 病室。静かに機械の音が鳴る中、兄は今も眠り続けている。


 医師たちは言う。


 「脳の深部損傷による植物状態」


 「回復の見込みは不明」


 凛音は泣かなかった。ただ、冷たく沈黙した。


「全部……私のせい」


「許されるわけがない。私は、兄さんの未来を奪ったんだ」


 その日を境に、彼女は感情を表に出さなくなった。

 それは自罰でもあり、他者との関係を断ち切る手段でもあった。


 兄が作りかけたAIユニットのデータを引き継ぎ、凛音は徹底的に自分を鍛えた。


 人格形成AI、管理プロトコル、演算速度、反応遅延の最小化――

 どれも“ミス”を一切許容しない構成。


 やがて凛音は、“クロノス社”の支援を受ける特待操縦士として共生学園に招かれた。


「私は失敗しない。私が操作する限り、誰も壊れない。私が完璧であれば――兄さんのような犠牲は二度と出させない」


 彼女が「誰も信じない」のは、信じた結果として“兄から未来を奪ってしまった”から。


 彼女が「常に上位でいようとする」のは、完璧でなければ他人を守れないと信じているから。


 そのすべては、“償い”だった。


 彼女は今も、週に一度だけ兄の病室を訪れる。


 何も話さず、何も語らず。


 ただ一言――


「……兄さん。私は、今日も負けなかったよ」


 そしてそのまま、病室を後にする。


 孤独と誓いと、赦されない想いだけを胸に秘めて――。


 

 ――――


 

 準決勝第2ステージ。

 校庭に設営された巨大ホログラムが出場チームを映し出し、観客の熱狂と共に「準決勝第2ステージ:タッグマッチ」の開幕が告げられた。


「第1試合、チームA――天城翼&如月凛音 VS チームB――黒川迅&砕牙ドレイク」




 


 観客席がざわめく。


「まさか如月先輩と天城くんがタッグ!?」

「凛音がペア組むなんて前代未聞だぞ!?」


 その異色の組み合わせに、生徒たちはざわつきを隠せなかった。


 


 ――ステージ裏、出撃直前の控室。


「……足を引っ張らないでね。これは試合じゃなくて、評価項目よ」


「俺も本気でやるよ。パートナーになった以上は信頼してくれ」


 凛音は一瞬だけ驚いたように眉を上げるが、すぐに無表情に戻った。


「信頼……そう。なら、見せてもらうわ。あなたの“覚悟”を」




 


 ――――


 


 フィールドは崩落寸前の高層都市を模したステージ。

 メカニカルバトル形式での2vs2、制限時間10分。


「試合開始まで、5秒前――」




 ドォォォォンッ!!


 開始と同時に、相手チームの黒川迅が猛然と突進する。

 彼の機体クラッシュハウンドは重装甲タイプで、かつて凛音がシングル戦で完封勝利したことのある選手だった。


「へへっ、今度は違うぜ。お前らにただやられる俺じゃねぇ!」


 黒川迅の言葉通りクラッシュハウンドが単騎でユノとオメガを圧倒する。


(この動き……以前より格段に反応が速い?)


 凛音のオメガ・クロノスが防御に回るが、明らかに迅の機体は異常な機動性を発揮していた。


 観客席から観戦していた陽翔は、違和感を覚えた。動きが速すぎて確証が持てないが腕が増えたり消えたりしている……?


「まさか……ドーピング……?」


 疑惑を確かめるために陽翔がデータ端末を睨みつける。


「あいつ……違法ナノマシン使ってる?制御できてないぞ。数値が限界突破してる……反応速度が異常だ。ナノマシンが増殖してるぞ……」


 

 

 クラッシュハウンドの全身が膨れ上がり、暴走形態へと変貌する。

 狂気の咆哮が戦場に響き渡り、翼の目前に巨大な鋼の爪が迫る。


 その瞬間――凛音の時間が、ほんの一瞬、止まった。


 


(また……この光景……)


 襲い来る鋼の爪、警報音、翼の背中。

 研究所の事故当時と、いまの光景が重なる。


「……私が、判断を誤らなければ――兄さんは……っ!」



 それは、自身の才能への過信。

 完璧を追い求めながらも、「人としての怖れ」を忘れたあの日の過ち。


 そして今。


 目の前の少年が、兄の背中と重なった。

 真っ直ぐで、愚直で、不器用で――


(……また、失うの?)

 


 息を飲んだ凛音は、反射的に叫んでいた。


「天城っ、下がりなさいッ!!」


 次の瞬間、凛音はオメガ・クロノスごと飛び込み、暴走したクラッシュハウンドの一撃を真正面から受け止めた。


 ドガァァァンッ!!


 火花と爆煙の中に、凛音の影が消える。


 


 ――――


 


「如月先輩ッ!!しっかりしてくれ!」


 崩れ落ちた機体の中から、翼が必死に凛音の身体を引き出す。

 血の気の引いた顔、か細い呼吸。だが、意識はまだ残っていた。


「……あなたを、守れた……なら、十分よ……。……あの日の代わりに、今度は……守れた……から……」



 凛音の瞳に、初めての“涙”が光った――。

 その手が、静かに落ちる。



 ――――

 


 その日のうちに凛音は医療棟に運ばれた。


 重症。だが命に別状はない。


 翼が再び病院を訪れたとき、病室の扉には「面会謝絶」の札がかかっていた。


「昨日、彼女を移送した記録はあるが、どこにも詳細が残っていない――?」


 陽翔の調査でも、凛音の転院先は不明。

 そして――凛音は消えた。

 彼女の存在だけが、学園から抜け落ちたように……。


 

 ――――



 ――世界に公表されている『次世代ロボット技術の先導者』というクロノス社の“清廉”な姿は、偽りの仮面にすぎない。


 その裏には、人間の魂すら素材とする、非人道的なテクノロジーの墓場が存在していた。


 この場所は“非存在領域”とも呼ばれる。

 全ての記録から抹消された、闇の研究拠点アーカイブ・ゼロ


 そこに、ひとりの男が立っていた。


「……再構成、完了か」


 艶のないスーツに身を包み、静かに歩く長身の男――アナト・クロイツ。

 クロノス社の最高意思決定者。だがその名は、政府関係者ですら知らぬ者が多い。


 眼前には、ノワールとして再構築された凛音の姿が静かに立っていた。


「優秀な器だったよ、如月凛音。君のように“心に揺らぎを抱えた者”こそ、我々の目的に必要な部品だった」


 背後にいた部下が一礼する。


「人格層の切除は完了。記憶を制御装置を使い封印済みです。現在の状態では、命令以外に反応はありません」


「そうか。では、次のクロノス社が支配する世界の“象徴”として働いてもらおう。我々にに“管理される幸福”の正しさを証明するためにね」


 アナトの口元に、冷たい笑みが浮かぶ。



 ――――



 場面は切り替わり、政府内のとある密室。

 暗がりの中、アナトは数名の政治家と面会していた。


「……我々としても、技術の暴走は回避したい。だが“管理AI構想”が広まれば、国民の反発は免れん」


「ええ、だからこそ我が社が“裏”から支援いたしましょう」


 アナトは、静かに分厚い封筒を差し出す。中には――巨額の“再選資金”。


「国を憂う者として、当然の投資ですよ。秩序ある未来は、あなた方の手によって築かれるべきですから」


 議員たちは顔を見合わせ、そして静かに頷いた。


 これが、《クロノス社》が世界の中枢に食い込んでいく構図だった。



 ――――



 再びアーカイブ・ゼロの隔離室。


 ノワールは、モニターに映し出された「風間翼」や「ユノ」「陽翔」らの戦闘映像を無言で見つめていた。


 その瞳に、わずかに揺らぎが走る。


(……記録にはない、反応だな)


 アナトはそれを見て一瞬だけ目を細めた。


「ふむ……まだ“完全”ではないか。だが、それでいい。感情を封じられた存在に、感情の片鱗が芽生える――それは、人間の無力さを際立たせる最高の演出だ」


 冷たい指先が、モニターの上をなぞる。


「君の物語は、人類が“選ばれるべき存在”でないことを証明するための道標だ。ノワール――この世界を、君の“沈黙”で塗り替えろ」


 室内の灯がひとつ、またひとつと消えていく。


 それは、かつて“凛音”だった少女の存在が、完全に闇へと葬られていくかのようだった。  

 


 数日後――


 クロノス社の極秘研究施設。

 冷たい光の中で、新たな起動シーケンスが始まる。


「コード000《ノワール》、起動」

 

「目的:最終進化型ナノマシン同調兵器の運用試験。人格抑制装置起動――“如月凛音”を上書きします」


 


 瞳が、赤く、無感情に光る。


「……命令を」




 


 ――かくして、決勝トーナメントは“人間の意志”を超えた戦いへと、静かに傾き始めた。

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