第15章:咆哮の共鳴
準決勝のステージ発表が行われた朝、ロボティクス委員会の通達が会場に響いた。
「準決勝第1ステージ:ジェネシス、ディアルク、ノクト・シーカーの3組による協力任務。任務内容は『制御不能ドローン群の排除と施設修復』。連携評価を重視する」
控え室に重たい空気が流れる中、運動着のユノは不安げに手を胸に当てた。
「リプロ……復旧、間に合いませんでしたね……」
翼は小さく首を振り、ユノの肩にそっと手を添える。
「暴走の影響が大きすぎた……。でも、ユノ……お前ひとりでもやれる。俺が、全力でサポートする」
ユノは頷いたが、その指先はかすかに震えていた。
(“共にいる”はずの存在がいない。こんなにも……体が、重い)
その空気を断ち切るように、隣のベンチで立ち上がったのは桐原ミオだった。
「随分と呑気ね。まさかあの支援ユニットがいないのに本気で出場する気?」
その声音には明確な“嫌悪”が込められていた。
「暴走を起こしたロボットに、何を期待してるんだろうね?倫理審査が甘すぎるわ、ほんと」
その言葉にユノが小さく目を伏せる。
翼が何かを言いかけた、そのとき――
「ミオ。言葉、選べよ」
低く、けれどどこかあたたかい声でたしなめたのは加賀美陽翔だった。
陽翔はミオの肩を軽くたたき、彼女とユノたちの間に割って入る。
「責めるのは簡単だ。でも、踏み出そうとしてる人間を、最初から拒絶するのは違うと思うよ」
ミオは目を細め、陽翔を睨むように見返した。
「……あんたはいつも、甘い」
「そうかもな。でも、俺は“結果”で判断したい」
そのまま、陽翔はユノの前に膝を折り、軽く目線を合わせた。
「大丈夫、ユノ。戦いはもう始まってる。あとは、どう立ち向かうかだ」
「……はい」
わずかに頷くユノの瞳に、再び意志の光が戻っていく。
ミオは踵を返して背を向けると、淡々と告げた。
「勝手にすれば?でも足を引っ張ったら、そのときは許さないからね」
その冷たい言葉の余韻だけが、控え室に残された。
――――ミッション開始の1時間前。
共生学園・戦術演算室の小さな会議スペースに、準決勝を戦う三人のパイロットが顔をそろえていた。
天城翼と加賀美陽翔――幼なじみのふたりの間には、穏やかで自然な呼吸があった。だが、その空間にもう一人の影――桐原ミオが加わると、空気は一変する。
大型モニターに投影されたマップには、ミッションの舞台となる廃工場跡地の構造が表示されていた。
狭い通路と崩れた建材、そして無数の警戒ドローン。
危険と混乱の渦に包まれた戦場だ。
「まずは役割分担から確認しようか」
陽翔がいつものように率先して口を開いた。
「マップを見る限り、ドローン制御システムはフィールド奥。正面突破は厳しい。セキュリティ解除班、電源系統遮断班、中央陽動班に分かれるのがセオリーだな」
「制御システムには私が行く」
ミオが即答する。
その声は落ち着いていたが、冷ややかで容赦のない色が含まれていた。
「最も複雑な制御システムの突破はノクト・シーカーの専門分野。私がやるのが一番効率的」
「なら、俺はサイドから電源系統の遮断だな」
陽翔が穏やかに言う。
「ディアルクは複数ユニットの妨害に強い。障害物の処理も任せてくれ」
「……となると、俺が中央か」
翼が小さく呟く。
「すまない、ユノ。リプロがいない状態で中央突破なんて――」
「問題ありません。ご主人様」
ユノの声はかすかに震えていたが、はっきりと強さを含んでいた。
「あなたのサポートがあれば、私は動けます。……努力します」
その瞬間、ミオの視線がユノに向けられた。
「“努力”でなんとかなるなら、暴走事故なんて起きなかったでしょ」
言葉は淡々としていたが、その奥には棘のような嫌悪がはっきりとあった。
「暴走事故を起こしたユニットがまだロボグラに参加していること自体、私は納得してないから。……足を引っ張るようなら、私が切り捨てるだけ」
その場の空気が、音もなく凍りついた。
「ミオ、それ以上は言い過ぎだ」
陽翔が静かに制した。
「リスクは承知してる。でも、彼女は今ここに立ってる。それだけで、もう“覚悟”はできてるってことだ」
ミオはふっと鼻で笑い、視線を逸らす。
「“覚悟”で壊れた命が戻るなら、誰も苦労しないわよ」
そのまま椅子を引いて立ち上がると、ミオは背を向けた。
「それじゃ、準備するわ。開始前にノクト・シーカーと同期を完了させたいし」
無言で去っていく背中を見送る翼とユノ。その視線は、重く、そして静かだった。
「……悪い。ユノ。余計にプレッシャーかけさせたな」
「いえ……ご主人様がいるだけで、私は大丈夫です」
その返答に、翼はゆっくりと頷いた。
「よし。やってやろう。たとえ欠けたままでも……俺たちは、進むしかないんだ」
――――
作戦開始の合図と共に、三人のパイロットは一斉にフィールドへと躍り出た。
舞台は、瓦礫と砂塵に覆われた旧工場跡地を模したエリア。
そこには既に暴走したドローン群と、無人防衛システムが待ち構えていた。
「作戦通り、私は制御エリアへ向かう。ノクト、索敵開始」
ミオのコマンドに応じて、ノクト・シーカーの眼部センサーが鮮やかに輝く。
同時に、彼女の周囲を複数のウィンドウが浮遊し始めた。
「パターンβで侵入。干渉レベルは高いけど、想定内……」
その様子は、まるで芸術作品のような冷静かつ完璧な動きだった。
――――
一方、陽翔とディアルクは右サイドルートを突き進む。
頭上から飛来するドローンを、ディアルクの高精度レーザーが次々と打ち落とす。
「ドローンパターン解析完了。次のブロックも同様のリズムで行ける」
「OK、ディアルク。ルート維持して電源エリアへ。翼、そっちはどうだ?」
---
中央ルート――最も危険な突入ルートを進むのは、翼とユノ。
だが――その進撃は、明らかに他のチームと比べて遅れを取っていた。
「っ――ユノ、左から回避っ!」
「ご主人様……、避けきれません……っ!」
背後から急接近してきた高速ドローンが、ユノのを狙う。
翼が即座に操作盤をタップし、緊急制御モードを起動――ギリギリでユノの回避運動が成功する。
「セーフ……! でも、反応が遅れてる!」
「リプロがいないと……演算補助が間に合わなくて……!」
ユノの体は、かつてのような精密さと柔軟性を欠いていた。
攻撃精度は大きく落ち、移動ルートの予測演算も一部で破綻を見せている。
普段なら、支援ユニット《リプロ》が補助していた思考分散処理や視覚補完機能――
それらが今、まるごと欠けている。
(俺が、もっと支えてやらないと……!)
「ユノ、落ち着け! 見るべきは一つだ、全部じゃない!」
「……はい!」
翼は自分の操作卓から、簡易マニュアル制御を起動。
最低限の命令でユノの補助をしながら、並列処理で周囲の索敵とルート指示までこなしていく。
(本来、リプロがやっていたことを――今、俺が全部……)
脳への負荷が高まり、額に冷や汗がにじむ。
だが、止まるわけにはいかなかった。
---
「……やっぱり、無理なんじゃない?」
ミオの声が通信越しに響く。
「ユニットが不完全。連携も取れていない。戦術として成立してないわ」
その冷たい指摘に、翼は歯を食いしばる。
「黙っててくれ。まだ――終わってない」
次の瞬間――
中央ルートの障害物エリアにて、巨大なガードドローンが立ち塞がった。
接近センサーによって即時攻撃モードへ移行。ユノが真っ直ぐに狙われる。
「……っ、来る!」
「ご主人様、回避行動――」
しかし翼の指示が間に合わず、ユノの機体が弾き飛ばされる。
「ユノォォッ!」
砂煙が立ちこめる中、ユノの機体は片膝をついて動けなくなる。
だがその瞳は、光を失ってはいなかった。
「……私は、動きます。ご主人様の言葉が、届いてるから……!」
ユノは立ち上がる。
リプロがいなくても――共に戦うために。
――――
通信の向こう、陽翔の声が飛んだ。
「時間がない。電源系統の破壊まであと3分。中央ルートが抜けられなきゃ全体が詰む!」
「わかってる……でも、任せてくれ。こっちは、絶対に通す!」
──不完全な三角形。
噛み合わない歯車。
けれど、それでも動こうとする意志が、そこにあった。
(今だけでも……この手で、ユノを支えきる!)
翼の操作が、限界を超える速度で連打される。
同時に、ユノのAIコアに走るデータ信号が共振し――
「……ご主人様、データログが……?」
そこにあったのは、わずかな「残響」。
──リプロの演算ログ。
翼とユノの“記憶のデータ断片”が、演算補助として再現されはじめていた。
「ユノ、行けるか?」
通信越しの翼の声に、ユノは小さく頷いた。
壊れかけた関節が軋みを上げる。だが、その目には迷いはなかった。
「はい……。今の私は、“完璧”じゃないけど――ご主人様のために動けます!」
ユノのAIコア内では、失われた演算支援の一部が再構築され始めていた。
それはかつてリプロが担っていた並列処理領域の“残響”――翼との共闘によって蓄積された戦術ログが、ユノの中で自主的に再演算された兆しだった。
「今のルートで突っ込むぞ! こっちが囮になる!」
翼は手元の操作盤を一気に展開。
フィールド中央に向けてドローンの注意を引くプログラムを一時展開し、陽動用のホログラフを散布する。
「――攻撃モードに移行します!」
ユノの脚部が駆動を切り替え、加速モードへ。
その動きはさっきまでの鈍さとはまるで違い、まるで――
「“誰か”と一緒にいるみたいな動きだ……!」
陽翔がつぶやいた。
まさにその通りだった。
リプロ不在でも、そこに“残っている”データログが、ユノの感覚と融合しつつあったのだ。
――――
一方、制御エリアに到達していたミオとノクト・シーカーは、複雑なセキュリティを難なく突破していた。
「ログ改ざん、通行キー再構築……これで終わり」
《セキュリティ:解除完了》
淡々とこなすミオの姿は、冷徹な完璧主義者そのもの。
だが、彼女の眼には、さっきのユノの動きが焼きついて離れなかった。
(あれは……あのロボットは、“自分の意思”で立っていた……?)
その疑念は、ミオの内部で微かな「軋み」となって残った。
――――
電源系統に到達した陽翔とディアルクも、ミッションを完了させた。
《電源遮断:成功》
《全ユニット連携達成率:92%》
《任務クリア判定:合格》
――――
その瞬間、砂塵の舞うフィールドに安堵の声が広がった。
「やったな、ユノ!」
「はい……! ご主人様、私、少しだけ……成長できた気がします……」
ユノは満身創痍のまま微笑み、翼に向かって右手を差し出した。
翼もまた、全身から汗を流しながらその手をしっかりと握る。
「リプロがいなくても……君は、戦えた」
「ご主人様が、一緒にいてくれたからです」
その時、2人の機器に通信が入る。
「何だか僕がいなくても大丈夫そうだね☆さみしいなぁww」
……。
………………。
「「リプロ!!??」」
「やあ、久しぶり〜☆さっき奏ちゃんになおしてもらって戻ってきたよ〜」
相変わらずの彼に翼の目から涙がこぼれる。
「見てたんだろ?俺たち……お前がいないとダメなんだ……すぐそっち行くから待ってろよ」
「あいあいさー☆」
家族のもとへ向かう翼の足取りは、軽かった。
――――
控室へと戻る帰路の途中、ミオがふいに足を止めた。
「……さっきの動き。あれ、偶然じゃないわね」
「ミオ?」
陽翔が問いかけるが、ミオは答えない。
そのまま少し遠くを見つめるようにして、静かに呟いた。
「……今のあの子の動き、前よりも洗練されてた。
補助ユニットがなかったのに、あれは――学習か、別のなにかか……」
その視線には、明らかに“好奇”と“警戒”が入り混じっていた。
――――
準決勝第1ステージ――『制御不能ドローン群の排除と施設修復』任務、無事完了。
しかしそれは、まだ序章にすぎない。
次に待ち構えるのは――かつてない強敵との直接対決。
翼たちは、それぞれの「弱さ」と「強さ」を抱えたまま、本当の準決勝へと進んでいく――。