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第14話 審判の記号

 晴れた日曜の午後。

 それなのに、共生学園の中心に位置する講堂には、重たい沈黙が流れている。


 ステージには、学園長を含む倫理審査会の審査員6名が座っている。

 向かいには、ひと組の生徒とロボット――天城翼とユノ。

 その隣には、申立人として杖を携えた少女・桐原ミオが静かに立っていた。


 傍聴席には教員や生徒代表たち、そして共生学園ロボグラ委員会の主要スタッフ。

 学園の未来を揺るがす判定が、これから下されようとしていた。


「それでは、今回の“暴走に伴う進化事件”に関し、正式な倫理審査会を開廷します」


 硬い声が、開会を告げた。

 そして、桐原ミオが主張する。

 

「……私はこの目で見ています。暴走する機械が怖いと思っているため主観的と言われても仕方ありません。ですが、記録は客観的です」


 ミオは、淡々と語り始めた。


「ロボグラ予選第三ステージ《メカニカルバトル》において、ユニットユノは制御不能な変貌を遂げました。

 しかも、それは**“怒り”という情動に基づいた自律暴走**だった」


 大型ホログラムスクリーンに映し出される、戦闘時の記録映像。

 ユノがカイとの戦闘中、目を光らせ、ナノマシンが異形の姿へと変容する。

 

 殺意を帯びた“黒い羽根”が背から生え、戦闘は一方的な圧倒へと転じた。


「……これは“進化”ではなく、“暴走”です。このようなロボットが、今後のロボグラのモデルケースとなるべきではない」


 明快で、論理的で、少しも感情に揺れていない。

 それが“桐原ミオ”の強さだった。

 学園長は、彼女の言葉に耳を傾けたあとミオに向かって語りかける。


「ふむ。君の言い分は、わかった。次は、彼の話を聞こう。天城くん。君の主張を聞かせてくれ」


 翼が重い表情で立ち上がり、絞り出すように言った。

 

「……あの時、必要だったんです……」


「何が必要だったのかね?」


「カイは、元々人間だった。でも今は、自我も記憶もない“ただの兵器”にされていたんです。俺は、それが許せなかった。ユノも、同じ気持ちだったんだと思います」


 傍らのユノは、静かにうつむいていた。

 その表情には、誇りも、後悔も、まだ名付けられない“感情”が宿っていた。


「怒りや悲しみを持つことは、間違いなんですか?――それが、誰かを守る力になるなら、それは悪じゃないと思うんです!」


 その言葉に一瞬だけ、会場内の空気が揺れた。


 ――――

 

 質疑応答の時間に入ると、次々と厳しい質問が飛んだ。


「あなた方のユニットは、独自ナノマシンを搭載し、かつ人間の情動を模倣している。それは“感情による判断ミス”を起こす危険性を孕んでいるのでは?」


「仮にユノが暴走を繰り返した場合、再び誰かが傷つく可能性についてどう考えているか?」


 翼は真っ直ぐに答えた。


「それでも、ユノは誰かを傷つけるために生まれた存在じゃありません。彼女が持った感情は、“自分で守りたいと思ったから”生まれたんです」


「守りたい……か。だが、それは人間のエゴでは?」


 ――――

 

 傍聴席の最前列。如月凛音は、誰よりも黙っていた。

 だが、その心の中は波打っていた。


 兄の事故――彼女の“判断ミス”によって引き起こされた、取り返しのつかない未来。

 それ以来、凛音は完璧を求め続けた。

 感情に左右されず、冷静で合理的に、失敗を二度と繰り返さないように。


 だが、今目の前で話す翼とユノを見て、彼女の中で何かが静かに壊れ始めていた。


(……ユノは、私と違って“自分の感情”を選んで動いている)


(それが間違いかもしれない。でも、――羨ましいと、思ってしまった)


 ――――


「これより、審査会の暫定結論を発表します」


 審査員長が立ち上がり、静かに告げる。


「ユノおよび天城翼のコンビは、現段階でのロボグラ準決勝参加を認めます。ただし、以下の“特別条件”を課します」


 ホログラムに浮かび上がる3つの条件。


 ■特別条件

 ナノマシン制御装置の外部モニタリングを常時実施


 準決勝以降の行動ログを全て記録・提出


 暴走・逸脱行動が確認された場合は即時失格・隔離措置


 会場にざわめきが走る。

 通過はした。しかし、それは**“リード付きの自由”**だった。


 ミオはその結論に、眉ひとつ動かさず、立ち上がった。


「……理性的な判断だと思います。私の提起も、無駄ではなかったと信じます」


 そう言い残して、ミオは審査室をあとにした。


 ――――

 

 帰り際の廊下で、ミオと凛音がすれ違う。


「……如月先輩」


 ミオが呼び止める。

 凛音は立ち止まり、振り返らずに応えた。


「何?」


「あなたは……どうして黙っていたんですか? かつて“慢心のせいで失敗した”あなたなら、私と同じ立場のはずです」


 凛音はしばらく答えず、やがて、静かに言った。


「……今の私は、“過去の私”じゃない。今は、“彼らの未来”を見ていたい」


 ミオの眉がわずかに動いた。だがその意味は、まだ誰にも読めなかった。


 ――――

 

 講堂を出た夕暮れ、翼とユノは並んで歩いていた。


「……ご主人様。私は、“いけない存在”なんでしょうか」


「違うよ。君がいたから、俺は今ここにいる」


 そっと手を握り返すユノの指先は、前よりも少し暖かかった。


 ――――


 暴走の余波で、ユノのサポートユニット《リプロ》は機能を停止した。

 破損したリプロを抱え、翼は人気のない夕刻の研究棟に現れた。


 その場所には――姉、天城奏がいた。


「……リプロちゃん、ね。修復は可能だけど……今の状態、ほとんど“新規作成”よ。ナノマシンであそこまでの変化を起こせるなんて、ほとんどオーパーツみたいなものなんだから」


 それでも、と翼は食い下がる。


「頼むよ……ユノには、リプロが必要なんだ。俺たちは……もう、あいつを“兵器”としてじゃなく、仲間として扱ってる。だから……」


 その言葉に、奏がわずかに痛んだ。

(本気で“信じてる”……あんな暴走した彼女を)


「……修復してみるわ。時間はかかるけど……」


「ありがとう、姉さん」


 少し笑顔を浮かべる弟を見て、奏は何も言えなかった。



 ――数日後。


 奏は意を決して翼を呼び出した。

 場所は、父の墓の前――共に過ごした記憶が眠る場所。


「……ユノを、専門機関に預けない?」


 静かに奏が切り出す。


「翼……あなたまだ高校生よ。普通の学生生活を取り戻してもいいの。父さんのことも、ユノちゃんやリプロちゃんも、私が責任を持って――」


 だが翼は、目を逸らさずに言った。


「俺にとって“普通”ってなんだろうな……。ユノと出会って、俺は変わったと思う。誰かと力を合わせること、守りたいって気持ち、あれが“普通”じゃないなら、僕はもう、普通じゃなくていい」


 言葉の奥にある強さが、奏の心を揺さぶる。

(父さん……この子は、本当にユノちゃんを受け入れようとしている)



 ――――

 

 

 その夜。

 人気のない学園裏手の搬入口に、奏を呼び出す影があった。


 ――クロノス社の特別技術顧問、《アマリヤ・クレイグ》。

 元・父の共同研究者だ。


「天城奏博士。君の手にあるユノとリプロは“試作品”としては、実に可能性がある。正式な育成プログラムへ移行しないか?」


「……つまり、ユノを兵器として育てろってことですか?」


 アマリヤは微笑む。


「“兵器”ではない。“未来の管理者”だよ。我々は人間を正しく導く者を作っているだけだ。君も、君の父も、かつて同じ夢を見ていたはずだろう?」


 その言葉に、奏の目が曇る。


(父さんの……夢?あの人が本当に、そんなことを願っていたの?)


 奏は、静かに答えた。


「私は、ユノちゃんを“誰かの道具”にはしない。父の残したものが“人を傷つけるため”に作られたなんて思いたくない。私が守るのは、弟と、その仲間たち……それだけです」


 アマリヤはため息混じりに首を振る。


「やれやれ。女性の感情的なところは、大局を見れない最大の要因なんだろうね。君の選択が、翼くんを壊すかもしれない」


 奏は口元に苦笑を浮かべた。


「それでも、人を信じる道を選んだ。そして――感情を持ったロボットを“人”と認めるなら、私はユノちゃんを“育てます”」


 黒い影は無言のまま立ち去った。


 背後で風が鳴る。

 そしてその音の中で、奏は強く、静かに決意した。



 研究棟の夜、半ばまで復旧したリプロのコアが静かに点灯する。


 奏は白衣を脱ぎ、無言でベンチに座っていた。


「……父さん。もしこれが、あなたの夢の続きを歩むことになるなら――私は、翼とユノちゃん、リプロちゃんの未来を守る。父さんの失ったものを今度こそ守る」


 その言葉に呼応するように、ナノマシンの光が柔らかく瞬いた。



 ――――


 

――私は間違えない。それが私の、たった1つの誓い。



 あの日のことは、今でも夢に見る。


 桐原ミオが十一歳の頃。

 兄・桐原イオリは「未来予測型AI義肢」の研究開発チームに参加していた。

 ミオにとってイオリは、天才で、優しくて、何より“人間らしい兄”だった。


 だが、その日は違った。


「ミオ……今日はちょっと、データの検証を手伝ってくれないか?」


 兄の開発していたシステムにバグがあった。

 本来であれば、研究チームが再検証するべきだったのに――


 ミオは、そのロジックの齟齬に気づきながら、指摘しなかった。


「……たぶん、間違ってないと思う」


 その一言が、兄を手術台へ向かわせた。


 結果――予測制御を失った義肢が暴走し、イオリは頭に強い衝撃を受けて亡くなった。


 ミオの声も、名前も、もう届かない。


 共生学園に入ってから、ミオは“倫理審査官見習い”として教育を受けながら、AI設計における哲学を学んできた。

 ユノのような「感情を持つAI」の研究論文は知っていたし、それが技術的に可能なことも理解していた。


 だが――理解と、容認は違う。


「感情は、判断を曇らせる。曇った判断は、いつか誰かの未来を奪う。私は……それを、もう繰り返さない」


 彼女が完璧を目指すのは、誰よりも“間違えてしまった自分”を知っているからだ。


 ユノが暴走したとき、ミオは“あの時のイオリ”を重ねた。


 判断ではなく、感情で動いたその姿に、ミオは純粋な恐怖を感じた。


(――また、誰かが壊れてしまう)


 だけど、同時に心のどこかが痛んだのも事実だった。


(私は……どうしてこんなに、怯えているんだろう)


 ――――

 

 ミオは、かつて凛音を“完璧主義の先輩”として尊敬していた。

 感情を押し殺し、機械のように精確な操縦を行うその姿は、まさにミオの理想そのものだった。


 だが――最近の凛音は少し、違う。


 ユノや翼たちと接するうちに、表情に“揺らぎ”が生まれた。


「……如月先輩、あなたは変わってしまったのですか?」


 変わることは、弱さだ。

 そう教えられてきた。

 でも、変わるからこそ、人は人なのかもしれない――と、ミオはまだ答えを出せずにいる。


 週に一度、ミオは兄の墓を訪れる。


「イオリ兄さん……今日、また私は、あの子たちを止めようとしました。でも……私は……」


 声は届かない……。


「ねえ兄さん。私、まだ間違ってるのかな。それとも、間違ったことに気づけたら……少しだけ前に進めるのかな」

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