第13話 断罪のロジック
――観戦席にて。
観客席の最前列、杖を支えて立つ少女がいた。
黒髪を後ろでひとつに結んだ清楚な制服姿。目は閉じられているが、その表情は決して揺るがない。
彼女の名は――桐原ミオ。
共生学園1年、足に障害を持つ特例新入生。だがその実力は学園内でも屈指と噂される存在だった。
「あれは、倫理を逸脱したもの……感情による進化?それは暴走と同じよ」
先ほどの試合で暴走したユノとリプロの姿を、彼女は冷たい感情で“処理”していた。
その横に立つのは、彼女の補助AIユニット《ノクト・シーカー》――視覚演算と補助のために特化設計されたサポートタイプ。
「私は、ああいう“揺らぎ”を認めない。ユノ……あなたの存在そのものが、私の『正しさ』への挑戦ね」
――――同時刻。
暴走事件の影響で騒然とするロボグラ予選会場。
そんな中、凛音はひとり控室で深呼吸していた。
モニターには、異形と化したユノの姿が何度もリピートされている。
「……やっぱり、あの子には“危うさ”がある。だけど……」
凛音の視線がふと、カバンに忍ばせた一枚の写真へと落ちた。
それは、かつて兄――如月流星と笑い合って写っていた、何気ない日常の1コマ。
「私は……もう二度と、あの時みたいな“判断ミス”はしない。完璧にやり遂げる」
――――
『次の試合――《オメガ・クロノス》 vs』
観客がざわめいた。
「初登場の1年か?」
「身体障害? 無理だろ…」
「いや、彼女は操縦士としての実力を認められて"特例入学"したって噂だ」
バトルフィールドの中央、対峙するふたりの少女。
ミオは凛音の気配を感じ取り、冷静に口を開いた。
「あなたが、あの感情的なロボットの“主”ですか……」
「私は違うわ。ユノは私のロボットじゃない」
「同じですよ。“感情”というバグを認める限り、あなたもまた――判断を誤る側の人間」
「……そう。じゃあ、私の“正しさ”を見せてあげる」
《――カァァァン!!》
試合の開始を告げる鐘が鳴り響いた。
ノクトの演算は常に最短手を導く。空間演算型の静かなる機械。
一方、オメガ・クロノスは氷のように冷たい無駄のない機動。
凛音が指示を飛ばす前に、オメガは敵を先読みし、距離を詰める。
「オメガ、推力補正10%。私の意志に合わせて」
「承知しました。――凛音様、同期率92%。意志統合、優先接続中」
空間に雷撃のようなエフェクトが閃き、斬撃と反応の応酬が繰り広げられる。
「無駄な情動が操作を鈍らせる。あなたは私に勝てない」
ノクトが突如、複数のフェイク軌道を展開。
凛音の指示が一瞬遅れる。
(感情がない分、余計な“情報”もない。だから、あの子の判断は……いつだって正しい)
オメガが連撃を受け、初めてバランスを崩した。
誰もがオメガ・クロノスの敗北を確信したその時、凛音の心の奥で何かが揺れる。
「オメガ、演算モードを切って。私の“勘”に賭ける」
「高リスクですね――しかし、承知しました。お嬢様、あなたを信じます」
同時にオメガ・クロノスの動きが変わる。
迷いなく突き進む姿は、剥き出しの刃の美しさを纏っていた。
読み合いが崩れた瞬間、凛音はノクトの視覚感知に“偽装音波”を投げ込む。
「それは……偽装音波!? 非合理的……!」
空中を駆けたオメガが一閃。ノクトの演算中枢に接触する。
『勝者。オメガ・クロノス!』
――――
試合後、控室の鏡の前。
凛音は静かに自分の顔を見つめ、そっと呟いた。
「私……たぶん、もう少しだけ“間違えても”平気かもしれない」
その夜、彼女は兄のもとを訪れ、そっと語りかける。
「兄さん。私は、あの子のこと、ちょっとだけ羨ましいって思ったの……」
彼女の声は、どこか柔らかかった。