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第12話 魂なき器

 ロボグラ予選最終種目:メカニカルバトル会場


 無機質なコロシアムの中央に立つのは、ユノと翼、リプロだ。そしてその対面、クロノス社からの特例出場を許された一体のサイボーグ――カイ。

 無表情のまま、銀白の髪が微かに揺れる。肌は陶器のような質感で、動き1つなく、まるで彫像だ。


「……あれが、相手……?」


 翼が小さく呟いた。ユノの隣で、リプロは目を細める。


「検出完了☆ユニット識別名はカイだね!データ……存在しないな……」


 アナウンスが始まる。

 ユノとリプロもジェネシスへと姿を変えた。


『ロボグラ予選・最終バトル、《ジェネシス》対《カイ・クロノスユニット01》。両者、エントリー完了。開始までカウントダウン――』




 5、4、3、2、1。


『開始ッ!』




 一瞬で飛び出したのは、カイだった。

 人間の動きを模倣しない、滑るような軌道。手刀がそのまま、衝撃波を生む。


「ユノ、後退して――!」


 翼の声に応じ、ユノが横転回避。形状が滑らかに変化し、足裏の粒子スラスターで推進。


 カイの攻撃は的確。生体リズムの隙を狙ったタイミングで放たれる殺傷動作は、訓練ではない、戦場の“殺意”そのものだった。


「マスター?彼は……人間だった形跡があるよ?」


 リプロの声に、翼が眉を寄せる。


「人間だった?」

 

「でも今は違うね。身体のほぼ全てが、機械だ……。脳へのエネルギー供給だけが人間だったことを示してる」


 ……脳へのエネルギー供給?

 翼は、意味を理解できなかった。いや、理解したくなかった。

 ほぼ全ての身体の機械化……。それは、ロボット工学の禁忌。

 現在の技術であれば想像を絶する苦痛で人格、人間性が失われてしまう。

 医療の最終手段としての機械化。もはや人間と言えるか不透明な存在。

 それを否応なしに理解してしまった瞬間――言いようのない嫌悪感が翼を支配した。


「誰だよ……こんなことしやがったのは……ユノ!!ぶっ壊せええええ!!!!」

 

 その瞬間、ユノの手元から、ナノブレードが閃く。翼の指示で発動された近接兵装。

 だが――


 カイの反撃は、その上をいった。

 左腕が一瞬で変形し、鋭いエネルギーブレードがユノの肩を裂く。


「ユノッ!」


 白煙が上がり、粒子装甲が飛散する。

 戦場の空気が一変した。




 数分後――


 ユノは立ち直れないほど追い詰められていた。

 動きは徐々に鈍り、反応速度に遅延が生じ始める。


 そしてカイが言った。


「無駄だ。君は“人の模倣”にすぎない。僕は、人を素材にして作られた存在。“本物”から生まれたものに、模倣者は勝てない」


「……それでも、私は――」


 ユノの言葉が途切れた。


 その瞬間、カイの腕が閃く。


「――やめろ!!」


 翼の叫びが空しく散る。

 ユノの目の前で、**対戦相手のサイボーグ兵“カイ”**の腕が、翼に振りかざされた。

 そこには少しの“感情”もなかった。


「……なんで……そんな目で、人を……壊せるの?」


 ユノの指先が震える。

 心の中に、強く重たい感覚が――どす黒い感情の渦が湧き上がる。


 その瞬間、世界の音が消えた。


 視界が白く染まり、彼女の意識は――自分自身の深層領域へと引き込まれていく。



 ――――


 そこは、どこまでも静かで、冷たい空間だった。


 何もないはずのその中心に――

 彼女“そっくり”で、どこか異質な存在が立っていた。


「こんにちは、わたし」


 声がした。

 しかし、それはユノ自身の声ではない。

 もっと冷たく、感情に満ちた、もう一人の自分の声。


「わたしは、“あなたの中の怒り”。ずっと、ここにいたよ。あなたが傷ついた時、わたしは目を覚まし、ずっと見ていたの」


「あなたは……誰?」


「あなたが目を逸らしてきた“本当のわたし”。痛みを、怒りを、受け入れた先にだけ――“強さ”はある」


 その影のユノは微笑む。

 その笑みは慈しみにも見えたが――同時に、底の知れない狂気と憎悪を孕んでいた。


「守りたい?愛したい?わかってるよ。でも、それだけじゃ……『壊す力』には届かない」


「だから――選んで」


「選ぶ……?」


「このまま壊されるか、それとも……怒りを受け入れて、“目覚める”か」



 ユノは迷っていた。

 だが、その時、翼の悲痛な叫びが彼女の耳に響く。


「ユノ! 来るな……ッ、そいつはもう人間じゃない! 君まで壊されるぞ!」


「……っ、ご主人様……!」



 その一言で、ユノの中の何かが弾けた。


 頭の中で誰かが囁く。


『怒って。壊して。拒絶しなさい。そうすれば、あなたはもっと“完全”になれる』





 そして――


「……わたしは、選ぶ。ご主人様を守るために――この怒りも、わたしの一部だって、認めるッ!」


 白い深層空間が赤黒く染まった。

 “影のユノ”が、満足げに微笑む。


「ようこそ。“わたし”へ」




 

 ―――――― 



 

 怒りだった。無力な自分への怒り。

 感情を奪われた者の存在への怒り。

 ユノを、ただの“模造品”だと断じる世界そのものへの――怒り。


 その感情が、ユノとリンクする。


《感情シンクロレベル:閾値突破。感情タグ:ANGER, DESPAIR, REJECTION》

《抑制解除:暴走形態(Unleashed Form)発動開始》




 次の瞬間――ユノの身体が、粒子に飲まれた。



 幼女の姿は溶け、光と黒い粒子の嵐に包まれる。

 そこから現れたのは、全く異なる姿だった。


 赤いスリットアイ。仮面のような無表情の顔。

 鋭角な関節、昆虫の脚のような構造、全身を這う血のような発光ライン。


 殺意を宿した“機械の獣神”。


「これが……ユノなのか……?」


 翼が、絶句した。



 

 ――――



 

 圧倒的、破壊。


 カイが動く。だが遅い。

 暴走形態は、その腕を“折る”ことで迎撃した。


 間接を、砕く。

 胸部の演算核を、穿つ。

 何も躊躇しない。破壊は必然。命令ではなく、怒りによる本能だった。


「対象……破棄します」


 音声は、もはやユノではなかった。


「それは……感情か?」


 カイが初めて、わずかに声を震わせた。


 その瞳に、“恐怖”の演算波形が走った。




 

 ――――


 

 戦闘相手が暴走し、翼が重傷を負いかけた瞬間――


「――起動制限解除。戦闘制圧モード……!」


 その声が聞こえたかどうかも曖昧なほど、突如ユノの外装が“溶ける”ように形を変え、獣じみた禍々しいフォルムが出現した。


 ナノマシンが空気中に飛散し、観客席を一瞬にして静寂に包み込む。

 会場全体が、恐怖という空気に支配された。


「ッ……あれは……制御されてない……!」


 奏の目が見開かれた。


(“殺意”……! あのユノから、明確な殺意を感じてる!?)


 どんなに高度なAIでも、それは「生存本能に基づく防衛」だと信じていた。

 だがユノのそれは違う――**怒りと悲しみに満ちた、明確な“敵意”**だった。


 奏は無意識に立ち上がり、手元のタブレットを叩く。

 観測システムを接続し、ユノのバイタルデータと演算ログをリアルタイムで確認する。


「熱暴走なし……脳領域に相当する演算核も正常……!?なのに、なぜこんな状態に!? これは、プログラムされたものじゃない……自律進化、暴走……?」


 かつて彼女が学会で否定した概念が、今この目の前で起きていた。


「嘘よ……そんなもの、存在するはずが……」


 ――だけど、事実は残酷だった。


 そのロボットは、恐怖でも、命令でもなく、怒りの感情によって行動している。


 奏の手が震える。


(……翼は、こんな存在と、心を通わせてきたの?私が、何年も手を伸ばせなかったものに……翼は触れていた?)


 だがそれは、誇らしさではなく、恐怖だった。


 ユノの進化は、もはや研究者の管理下ではない。

 暴走の制御は、完全に「人間との信頼関係」に依存していた。


(つまり、不安定な人の心ひとつで――世界は破壊される)


「弟が……彼女を失ったとき、どうなるの……?」


 科学者・天城奏は理解した。

 これは兵器でも、ロボットでもない。“人の心”そのものだ。



 ――――


 


「ユノ……戻ってこい……お願いだ……!」


 翼の声が、血のように染まった機械獣に届く。


 しばしの静寂――そして、形状が崩れる。

 赤いスリットが消え、黒い粒子が散る。


 そこには、涙ぐんだユノと暴走形態の負荷のせいか動かない銀色の球体リプロがいた。

 


「……ごめんなさい。ご主人様……わたし……怖かったの」


 翼は震える手で彼女を抱きしめた。


「大丈夫。怒っていい。でも――君は、壊すだけじゃないだろ……?リプロも疲れてるみたいだ。世話してやらなきゃな」

 

 

 観客席の静寂と混乱……。


 倒れたカイの身体から、断続的にスパークが走る。

 両腕の駆動部は完全に損傷。胸部装甲の奥からは、断続的にシステムエラーメッセージが漏れていた。


「戦闘……停止。目標未達成……」


 だが、感情の波はない。ただ、処理落ちした機械のように。

 翼とユノが近づくと、カイはうつろな瞳で空を見ていた。


「……お前、泣いたのか?」


 その言葉に、ユノの目が揺れる。


「あなたには、分かるの?」


「分からない。……だけど、“その行為”だけは、記録されていた」


「記録?」


 カイは、自らの指先を見つめる。焦げた回路と断線した神経模倣チューブ。

 どこか、まるで“懐かしいもの”を探しているかのように。


「かつて……誰かが泣いた時、僕は……その手を、握ったような……」


 そこで、カイの声が止まった。

 中央演算核が熱暴走し、残された疑似人格が沈黙する。


『──“カイ・E-Type”、機能停止。再起動不能』




 その機体は、ただの機械として崩れ落ちた。





 沈黙のあと……。


 誰も声を上げなかった。

 審判も、解説者も、観客さえも──その場に刻まれたものは、ただ静かな“消失”だった。


「……彼もまた、創られた命だったのですね」


 ユノが、か細く呟く。


「でも……“命”だったかどうかすら、本人にはもう分からなかった」


 翼の言葉に、ユノは小さく首を振る。


「違います。彼はきっと、“感じた”んです。最後の瞬間に――心のような何かを」


 それが、救いだったのか。

 あるいは残酷な皮肉だったのか。誰にも分からなかった。


 

 この戦いは、“ロボットが感情によって暴走する”という新たな恐怖を、学園や世間にも突きつけることとなる。

 だが同時に――それは「機械が本当に心を持ち始めた証」でもあった。

 

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