第11話 真なる共闘
ロボグラ予選第2試合のテーマは── 《レスキュー・シミュレーション》
架空の被災都市を模したステージで、人命を救助する“非戦闘型競技”だ。
人間-ロボットペアに課されるのは、命の重みを見極め、救助と判断を両立させる冷静さと共感力。
「これは“ただの技術競技”じゃない。精神力が試される競技だな」
陽翔の言葉に、ユノが頷く。
「はい。ご主人様。私は人を救えるでしょうか?」
「ユノならできる。一緒に、やろう」
――――
ステージは、地震で崩壊した都市エリア。
ビルの倒壊、瓦礫の下敷き、電力喪失、爆発の危険区域まで再現された極限状況。
制限時間は30分。救助対象は10名。
翼たちは、ユノがホタル・フォームとなり小型ナノマシンを分散展開。
生存者の生命反応をスキャンする。
「4名、地下に閉じ込められています!」
「地下ルートへ行こう。俺とユノで対応する!」
翼&ユノは、瓦礫の隙間をくぐり抜け、半壊ビルの地下階層へ。
そこにいたのは、3人の“人形状ホログラム”による救助対象。
泣き叫ぶ子どものモデルを前に、ユノが立ち止まる。
「この声は……“恐怖”です。“助けて”と言っています」
ロボットとは思えないほど自然な表情で、ユノはしゃがみこみ、そっと手を伸ばす。
「怖くありません。私はあなたを助けに来ました」
その動きは、見ている観客を静かに感動させていた。
「……本当に、ロボットなのか……」
「心が通じてるみたいだ……」
その頃、陽翔&ディアルクも別区域で孤立者を救助。
落下しかけた梁をディアルクが支え、陽翔が手際よく誘導する。
「怪我人を安定搬送ラインへ。ディアルク、30度左に移動して保持継続」
「完了。人命の安全を最優先に行動中」
制限時間残り2分。
だが最後のひとりは、高所で瓦礫に閉じ込められ、地盤が崩壊寸前。
「間に合わない……!」
「ユノ、飛べるか!?」
「行きます。ご主人様を信じていますから!」
ユノがホーク・フォームに変形。
翼を展開し、ユノが高空へ急上昇。
ナノフィールドを展開しながら、要救助者を抱きかかえると──
背中のスラスターが最後の力で空を裂いた。
轟音とともに瓦礫が崩れ──その直前、ユノは空中でスピンしながら着地。
「対象、安全圏へ搬送完了!」
――競技終了。
試合後、フィールドに拍手が鳴り響く。
誰よりも早く、凛音がゆっくり立ち上がっていた。
彼女の表情に浮かぶのは、疑念でも憎しみでもない。
……“希望”。
「……あの子は……“機械”じゃない。人だ。人を救う心を持った、もうひとつの命だわ……」
「私は、人間にはなれません。でも、“人のように”誰かを守りたいと願う心は──確かにここにあります」
「それで十分だよ。……それが、ユノなんだから」
ユノは静かに翼の隣に立った。
――――
共生学園・訓練棟上階。
ガラス張りの展望ラウンジから、凛音はひとりフィールド跡を見下ろしていた。
そこにはもう、誰もいない。
熱気も、歓声も、影のように過ぎ去った。
だが、焼き付いていた。
あの瞬間が――ユノの咆哮が。翼の叫びが。仲間と絆を結ぶ“あの光”が。
「……なんなのよ、あれは」
自分に向けるように呟いた声は、わずかに震えていた。
ロボグラ予選、第二ステージ・レスキューシミュレーション。
本来なら、凛音たちエリート勢が無難に突破すべき課題。
その中で、あの“無名の即席ペア”が魅せたものは──想定外の奇跡だった。
「感情が芽生えたロボット」など、ただの未完成品。
そう思っていた。
けれど、ユノの行動はすべてが“意志”に見えた。
演算でも、命令でもなく、“心”に従ったように。
「……そんなの、あるはずないのに」
呟くたび、自分の声に信念が削られていく気がした。
背後の扉が開いた。
黒スーツの男――クロノス社から派遣された凛音の父・如月重蔵の部下が静かに近づく。
「凛音様、例の《ジェネシス》ユニットに関する追加データが届いております。ご確認を」
「……いらないわ」
凛音は振り向かずに答えた。
「私は、データじゃなくて“あの時”を知ってる。彼らはただの偶然で動いたんじゃない。……ユノは“選んで”助けたのよ」
その声には、確信に近い何かがあった。
「……凛音様?」
「放っておいて。私、少し考えたいの」
部下が静かに退室すると、凛音は胸元に手を当てた。
自分のパートナーロボット《オメガ・クロノス》は、最高の演算能力を持つAIだ。
でも、彼とは決して“心を交わした”ことなどない。
彼女はふと思う。
自分は──
人よりも、完璧さを追い求めすぎたのではないか。
“揺らがない心”に憧れるあまり、本当の意味での“成長”から目を背けていたのではないか。
「私……間違ってたの?」
言葉は涙にならず、ただ静かに夜空に消えた。
その夜、彼女は初めて、自室のAI端末にこんな質問を入力した。
「ロボットに感情が生まれる可能性はありますか?」
画面のカーソルが一瞬止まり、こう答えた。
「定義次第では、“はい”です。学習による擬似情動、共感、選択の結果が“感情”と呼ばれるならば――」
彼女の手が止まった。
そして、ふと窓の外を見る。
明かりの消えた学園の向こう、研究棟の片隅に微かに灯るひとつの光。
──そこに、彼らがいる。
「……次は、私が問いかける番ね」
それは宣戦布告ではなく、対話の始まり。
心を閉ざした氷の少女に、初めて“ほのかな熱”が灯りはじめた夜だった。