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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

それでも愛してる

作者: おもち。

 二人の視線が交わりお互いを認識した瞬間、私にはこの後の転換が容易に想像出来てしまった。

 二人は神が定めた運命の者同士。そこに不純物が混ざっていてはいけない。

 私にはお互いを見つめ合う二人の時間が永遠に思えた。

 これから自分の身に起こる事を想像し、気づけば私は両手を強く握りしめていた。


 「カイ——」


 私の声は届かない。だって二人は運命の者同士なんだから。

 でもどうして今思い出してしまったんだろう。この世界が前世よく読んでいた小説、「この世界の片隅で愛を誓う」の舞台であり、私の婚約者カイル・フィリスが小説の中の主人公だという事を。そして目の前にいるカイと見つめあっている少女がヒロインのセレナ・スピッツであることを、どうして今思い出したりなんかしたんだろう。


 あ、そうか。私を溺愛しているカイが、ヒロインであるセレナを見つめて呆然と立ち尽くしているその姿を見て衝撃を受けたんだった。

 この世界に生きる人々には神に選ばれし運命の相手が存在している。一人一人必ず運命の相手が存在しているけれど、その相手に巡り会えるのはそれこそ神のお導きなのだという。

 私とカイはお互い運命の相手ではない。始まりは家同士が決めた婚約だったけれど、私達は逢瀬を重ねるうちいつしか恋に落ち、今この時までお互いを唯一として生きて来た。

 カイは私をこれでもかってくらい溺愛して、大人たちはその姿を見て呆れ返っていたっけ。彼はよく口癖のように私を運命の相手だと言った。でも本当は違うのに。その度に否定していたけど、内心ではそうだったらいいな、なんて何度も考えたりした。いっそ私たちが運命の相手同士なら何の問題もなかったのに。


 でも今まさに彼には、お伽話のような運命の相手が現れてしまった。しかも最終学年のこの時期に編入してくるという学生がセレナなのだから、どこまでも神様は意地悪だ。

 カイを見つめていたセレナが泣きそうな表情で彼に向かって手を伸ばす。小説の中ではここで二人はお互いを運命の相手と認識し、手を取り合うのだ。

 でも小説の中と違う点を1つ挙げるとすると、それは私の存在だ。小説の中でカイに婚約者はいなかった。どうして小説の中とこの世界で違いが生まれているのかは分からない。分からないけれどカイはセレナの手を取るという事だけは間違いないと思う。だって彼らは運命の相手。運命の相手と巡り会うと相手を求めずにはいられないと言われているから。

 相手が見つかると今現在組まれている縁談は即白紙となり、反対に彼らの婚姻が早急に結ばれる。

 運命の相手はお互いの家の利益をもたらすかもしれない政略的なものよりも、ずっとずっと富と繁栄をもたらすと言われている。だから運命の相手を選ばない人はまずいない。

 だからきっと彼もセレナを選ぶはず……。


 これ以上目の前の光景を見ていられなくて、私は目を伏せた。大好きなカイが他の女性に愛を囁くところなんて見たくない。私には耐えられない。

 いっそ逃げ出そうと一歩後ずさると、突然カイは振り返り優しく私の名前を呼んだ。


 「リリー、僕を置いて一人でどこに行くの?」

 「……カイ、だって、」

 

 動揺する私をよそに、カイは私の手を優しく握りゆっくりと微笑んだ。そしてヒロインであるセレナを振り返る事なく、私の手を握ったまま学園の中へと速足で入っていった。


 「待って、カイ!さっきの彼女、あなたの、」

 「違う」

 「え?」

 「違うよ。僕の運命の相手はリリー、君だけだよ」

 「……違うわ。私たちは運命の相手なんかじゃない。あなたもそれは分かっているでしょう?」

 「……」


 カイは何も答えない。答えないのが何よりの証拠だ。小説の中のカイルとセレナは学園で出会い、そこから少しずつ距離が縮まりやがて愛し合うようになる。小説の中でのセレナは平民の生まれだけど、その優秀さで男爵家に養女として引き取られる。最初は公爵子息であるカイルとの婚約に戸惑っていた様子だったけど、カイルと過ごしていく中で、彼の横に堂々と立てるようにと血の滲むような努力をする大変魅力的なキャラクターだった。物語の途中でセレナの幼なじみだという青年が出てきてカイとセレナを巡って激しく対立したり、その時の怪我が元でカイルは記憶を失い愛するセレナの存在を忘れてしまう場面もあった。それでも健気なセレナはカイルの側を離れる事はせず、献身的に看病し彼を支えた。そして記憶が戻ったカイルともう一度恋に落ちるのだ。

 

 元平民である男爵令嬢と、筆頭公爵家の子息であるカイルの身分違いの恋に、最初はこんな話あり得なくない?なんて思ったりもした。

 だけどセレナの努力を惜しまない姿勢に、例え運命の相手というだけでそこまで努力できるものなのかと、これって本当にお互い愛し合っているんじゃない?なんて思って前世ではいつの間にか物語にのめり込んでしまっていたんだよね。

 カイルもカイルで最初は運命の相手だというセレナに戸惑っていたようだけど、最終的には「君が僕の運命の人で良かった」って誰にも見せる事のない甘い表情でセレナに口付けを送るんだけど、その場面に年甲斐もなくときめいたっけ。

 私は物語の中のセレナとカイルが大好きだった。二人の恋を応援していたし、ラストシーンの結婚式は、ただの読者なのに勝手に式に参列した気になるくらいのめり込んでたし。

 

 私がモブだったなら良かった。二人と何の関係もない存在だったなら、セレナとの今後の展開を素直に応援できた。

 でもここは物語の世界なんかじゃない。私の生きる現実世界なんだよ。

 しかも私はカイの婚約者で、私たちはセレナと出会うまで確かに愛し合ってた。

 カイはセレナと会ったというのに未だに私を運命の人だと言うけど、きっとセレナに会って動揺しているだけだと思う。だって小説の中では最初こそ今みたいに戸惑っていたけれど、確かにセレナの手を取ったんだから。


 この世界に前世のラノベの設定でよくあった強制力があるのかは分からない。でも少なくともこの世界には運命の人と出会うと相手を求めずにはいられないと、文献にも記載されているからそこは間違いないと思う。カイが運命の相手と出会った事はすぐにおじ様、おば様にも伝わるはず。そうしたらきっと私たちの婚約は白紙になる。解消ではなく初めからなかった事にされる。

 今の私はカイが好き。彼が他の女性と結婚して手を取り合っていく姿を見るのは耐えられない。それならいっそ自分から身を引いた方が傷は浅いんじゃないの……?

 ぼんやりとそんな事を考えていると、ふとカイの足が止まった。


 「ねぇ、リリー」

 「なぁに?」

 「余計な事は考えないで、僕だけを信じて」

 「っ……」

 

 不安な私を安心させるかのように彼はそっと抱きしめてくれた。ここは物語の世界なんかじゃない、分かっていてもこの後の展開を知っている私の不安はなくならない。未だに不安そうな表情をしていたからか、彼は私と視線を合わせ祈るように言葉を紡いだ。


 「お願いだから僕を信じてほしい。僕にはリリーだけなんだ」

 「……私も、私にもカイだけだよ」

 「たとえどんな結末になっても、僕と共にいてくれる?」

 「っ、もちろんよ」

 

 そんなの当たり前だ。たとえ両親から勘当されてもカイと離れたくない。

 前世を思い出した今、平民としてやっていく事も不可能ではない気がする。私がカイを支えて行けばいい。平民になるよりも、カイを失う方が私には無理だ。

 それに私だって簡単に現状を諦めてはいけないよね。できる事は最後までやってみたい。

 カイも自分を信じてって言ってくれる。私はその言葉を信じたい。

 この時の私は、呑気にこの現状を捉えていた。私達は大丈夫。だって出会ったばかりのセレナとは違い、私達には確かな絆があるって。でも現実はそんなに甘くなかった。




 —・—・—・—

 


 カイとセレナが運命の者同士だという話は瞬く間に学園内へ広がっていった。あの日二人のやりとりを見た人がいた事と、セレナが両親に報告した事によって社交界にもこの事実が広まってしまった。カイは両親に呼び出され、すぐさま報告を求められた。カイは自分の運命の相手は私だけだと宣言したけれど、そんなはずはないと両親に叱責され部屋から出る事を禁じられた。

 私もあの日あの場所にいた事で両親に報告を求められ、隠しても仕方がないので見たままをそのまま伝えた。同時にそれでもカイと離れたくないという事を彼らに伝えた。だけど返ってきた答えは両親からの罵倒だった。

 あんなにも私を可愛がってくれたカイのご両親も私の両親も、今ではみんなが私を腫れ物扱いしカイに関わらせようとはしなくなった。そして一番ショックだったのは私とカイの婚約が即白紙になった事。分かっていたはずなのに、いざ現実に起こると頭を鈍器で殴られるよりも激しい痛みが私を襲った。

 1人で通う事になった学園でも私の居場所はなかった。

 今まで友達だと思っていた友人達はみんなセレナの味方をした。今では私の立場はセレナとカイの仲を邪魔をする悪女という、これも前世でよく聞いたお決まりのパターンになってしまった。


 私とカイの婚約が白紙になったと同時に、カイとセレナの婚約が結ばれた。

 唯一の味方であるカイは屋敷に軟禁されていて学園に来ることができない。今の私には味方は1人もいなかった。正直泣きたいくらいキツいけど、ここで負けてたまるかと自分を奮い立たせ、意地でも学園を休む事はしなかった。

 両親はあの日から私を見るのも嫌がり、寄り付かなくなった。カイと共に生きたいという私を信じられないという眼差しで見つめ、母は持っていた扇子で私の頬を打った。

 生まれて初めての暴力に言葉を失っていると、それは両親も同じだったのか気まずそうに視線を逸らし口を継ぐんだ。その後の空気も最悪で誰も口を開く事なく、それは私の、私たち家族としての絆が決定的に壊れた瞬間だった。

 

 (カイは元気なのかな?部屋に軟禁されてるって聞いたし、ちゃんとご飯食べてるかな?酷い目に遭ってないけどいいけど……)


 セレナは学園に通いながら公爵邸に通い、未来の公爵夫人になるための勉強をしていると親切な人が教えてくれた。そこは小説と同じなんだなと、霞みかかった頭でぼんやり思った。

 味方が誰もいない中の学園生活ははっきり言って地獄だった。親切という名の悪意に晒され、私の心は少しずつすり減っていった。


 (カイに会いたい。会いたいよ)

 


 結局カイは卒業まで学園に戻ってくる事はなかった。もともと卒業まで時間はなかったし、彼は学園に通わなくても成績も優秀だったから今の状況は何の問題もないのだと思う。むしろ私という存在に会うリスクを考えると、現状が一番最善なのだろう。


 学園を卒業してからカイとセレナの話を聞く事もなくなった。

 単純に噂好きな人が周りにいなくなった事もあるし、屋敷の人間は誰も私にカイ達の話をしないから。それに私にも新しい婚約者が出来たというのも大きい。

 私よりも10歳上の男爵家の三男のクリス様。彼は同年代からは煙たがられる私を引き取ってくれる貴重な存在だった。


 カイとは違って優しい言葉も、誠実な態度すらない人だったけど、両親はこれを逃したら私が二度と嫁にはいけないと思ったのか、早々に婚約を決めてしまった。

 そして私の婚約が決まったタイミングで友人だった人たちからお茶会の招待状をもらうようになった。

 本当に分かりやすい人たちで笑ってしまう。でも人の不幸は蜜の味って言うし。仕方ないのない事なのかなと無理矢理にでも自分を納得させるしかなかった。


 カイに会いたい——。もしかしたら小説のようにセレナに惹かれて私の存在を忘れてしまったかもしれないけど、それでも私はカイを簡単に諦める事なんて出来なかった。例え会う事が出来ても、もう以前のように気安い関係ではない事は分かってる。でもこの長年の想いを捨て切る事ができないでいた。

 クリス様は軽薄な方だから私が婚約者であっても、他の女性と浮き名を流す行為を辞める事はない。そんなクリス様の態度に酷く安堵してしまっている自分がいた。

 だけど婚約者となって避けられない事がある。月に一度の逢瀬の時間だ。この時間がお互い酷く苦痛なのだという事はわかる。


 学園在学期間中セレナにもカイにも接触を図らなかったのに、今でも両親からの監視の目はある。そこまで信用がなくなってしまったのか、元々娘を信用なんてしていなかったのかは分からない。だけど両親と私の間の深刻な溝はもう修復できないところまで来てしまっていた。


 「君ってさ、自分だけが被害者だと思ってるよね」


 考え事をしているとクリス様からそう投げかけられた。そんな風に自分を客観視した事はなかったけど、他人から見ると私は悲劇のヒロインを演じているように映っているのか。


 「本当の被害者は君じゃない、君という存在のせいで苦しんだスピッツ男爵令嬢であり、厄介者を押し付けられた俺じゃないのか?」

 「そうですね」


 なら婚約なんて受けなければ良かったのに。喉元まで出かかったけど、私が最後までその言葉を口にする事はなかった。クリス様がこの婚約を受けたのには訳があるのは随分前からわかっていた。両親は彼と、彼の生家に多額の金銭を渡す約束をしたのだ。私という厄介者を引き取る代わりに。クリス様の生家も彼自身も裕福な暮らしはしていない。特にクリス様は大のギャンブル好きで借金を抱えているという噂もある。


 私は一体どこで間違えちゃったのかな。やっぱりカイとセレナが出会った時に自分から身を引いていればこんな事にはならなかったのだろうか。どれだけ考えても答えが見つからない。監視の目がある以上逃げる事も叶わない。私は一体どうなるのだろう。




 —・—・—・— 


 

 今夜はいつになく長く感じる夜だった。なかなか寝付く事が出来ず、何度も寝返りを打ちながら明日の事を考えた。夜久しぶりに両親から呼び出された。内容は明日私とクリス様の結婚式があるというものだった。両親は少しでも早く私にこの家を出ていってほしいらしい。そして私が結婚さえすれば、セレナは安心して公爵家に嫁ぐ事ができるとも言われた。これ以上私という不安要素はなくしておきたいとも。

 最近はカイとセレナがあちこち一緒に出かけている話をクリス様から聞いていたから、別に明日自分が結婚すると言われてもショックじゃなかった。

 カイが小説通りにセレナの手を取ったという事実の方が、自分が想像しているよりずっとショックだった。


 (信じてって言ったくせに)


 「……嘘つき」


 届かない想いを独りごちる。信じてって言ったくせに。やっぱり強制力には勝てないのかなんて思い、寝れない体を起こし、バルコニーへと出る。

 夜風が気持ちの良い季節だった。一目でいい。あれから一度も会うことの叶わないカイに会いたかった。

 今更会って何も変わらない事は分かってる。だけど一目でいいから彼に会いたかった。


 「ふふっ、本当、今更だよね」


 自分の置かれている状況に笑いさえ出てくる。ここにいても結果は変わらないと部屋に戻ろうとした時、バルコニのすぐ側に生えている大きな木からガサガサと音がした。

 こんな夜更けに動物かな?なんて呑気な事を考えていると、現れた人影に私は思わず悲鳴をあげそうになっていた。


 「しー!!リリーお願いだから静かにして」

 「え、カイ?カイなの?」

 「そうだよ、僕だよ」


 夢なのかな。だって夢じゃなかったらおかしいじゃない。セレナを選んだ彼が、どうして私の目の前にいるの?

 何故?どうして?セレナはどうしたの、どうして今カイはここにいるの?聞きたい事がたくさんあったのに、カイを目の前にして、うまく言葉を発する事が出来なかった。

 そんな私の姿を見てカイは泣きそうな表情になりながらも素早く言葉を紡いだ。


 「色々聞きたい事があるのは分かってる。だけど今は時間がない。急いでこれに着替えて一緒に来てくれないか」

 「……」

 「リリーお願いだ」

 「……分かったわ」


 私は急いでカイが用意したトラウザーズと木綿で出来たシャツ、そしてプレイザーズを合わせた。ふと鏡で見た自分の姿は街でよく見かける平民の少年そのものだった。最後に帽子の中に長い髪の毛を仕舞い込み、彼の用意した馬に乗り急いで屋敷を後にした。 私には一体自分の身に何が起こっているのか全く理解ができないでいた。

 夜通し馬を変え2人で移動し、王都を出て国境近くの領地まで来てしまった。ここへ来てようやくカイが少し休もうと言ってくれたので、彼の案内で泊まる宿へと足を踏み入れた。

 それぞれ湯浴みを済ませ軽く軽食を済ませた後、私はずっと彼に聞きたかった事を口にした。


 「どうして私に会いに来てくれたの?」

 「どこから説明したらいいのかな。長くなるけど僕の話を聞いてくれるかい?」


 カイはゆっくりとあの日からの出来事を順を追って話してくれた。カイの両親からセレナの事で説明を求められた日、彼はセレナは運命の相手ではない、私が運命の相手なのだと両親に説明したそうだ。

 だけどセレナが自分の両親に報告した事と、私は運命の相手ではない事はカイの両親が分かっていた事もあり、嘘をつくなと酷く叱責されたのだという。嘘なんて付いていないと何度も説明したけれど、両親は最後まで信じてくれる事はなかったという。そして私も知っている通り、カイは自室に軟禁されその日からほぼ毎日セレナとの顔合わせが始まったのだという。


 どうにかしてセレナ自身に運命の相手ではないという事を説明したかったけどその話をするたびに泣かれ、その度両親から叱責と折檻を受けたのだという。おじ様たちがカイに折檻だなんて驚いたけど、カイの体にある傷跡を見てこれは現実なのだと悟った。どうしても私ともう一度会いたいと思ったカイは、なんとか監視の目を欺く為、改心したと見せかける演技をしたのだという。セレナと行動を共にし、私の話を口にしなくなる。そうする事で両親の監視は驚くほど軟化したらしい。セレナも最初はカイの心変わりを不思議に思ったらしいけど、すぐに運命の相手が自分を見てくれる安心感にカイを束縛する事をやめたそうだ。セレナの側にいながら逆に彼女を監視し、その傍ら秘密裏に協力者を見つけ私の動向を探り今に至るのだとカイは語った。


 「ちょっと待って。私たちの事で協力してくれる人がいたの?この世界に?」

 「君もよく知っている人物なんじゃないかな」

 「私の知ってる人?」

 「そう、君の新しい婚約者殿だよ」

 「クリス様!?」


 私は驚きで声が上擦ってしまった。まさかあのクリス様が協力者だなんて……。

 信じられないとカイと見つめていると、彼は以前よく見せてくれていた優しい笑顔で私を見つめ、言葉を続けた。


 「クリス殿から僕に連絡があったんだ。君の元婚約者と婚約した者ですって。最初は半信半疑だったんだ。僕たちに協力したいだなんて一体どういう事なのかって。だけど彼の話を聞いて信じようと思ったんだ。リリー、僕の話、信じてくれる?」

 「もちろんよ。だけど追っ手が来ないか心配だわ」

 「その辺りは心配しなくて大丈夫だよ。僕だって伊達に公爵家にいたわけじゃない。ねぇ、リリー」


 一度言葉を切ったカイは、私の目の前に跪くと手を差し出し考えるように言葉を続けた。


 「本当だったらもっとロマンチックにプロポーズしたかったんだけど。リリー、僕と結婚してほしい。本当はここに連れてくる前に言いたかったんだ。どうか僕を、この手を取ってほしい」

 「っ、はい」


 カイの大きな手に自分の手をそっと添える。大好きなカイからこんな風に請われて嫌がるわけない。嫌だったら彼と再会した時点で断っている。でも一抹の不安が私の心を煽る。


 「でも1つ聞きたい事があるの。本当にセレナさんはカイの運命の相手ではないの?」

 「違うよ。僕の運命の相手はリリー、君だけだ。君にだけは信じてほしい」

 「でもセレナさんは貴方を運命の相手だって言っていたでしょう?どうして意見が合わないのかしら?」

 「それは僕にも分からない。もしかしたら、運命の相手だと錯覚したのかもしれないよ」

 「錯覚?」

 「ほら、以前一緒に読んだ本に、相手の香りや波長があまりに合うから運命の相手だと錯覚する事例が過去にあったって記述があっただろう?」

 「あぁ、確か書いてあった気がするわ。カイは本当にセレナさんに何も感じなかったの?」

 「何も感じなかったよ」


 自分というイレギュラーな存在がいるからなのか、カイの運命の相手はセレナではなかったらしい。でも私もカイの運命の相手じゃない。だとしたらこの先再びカイの運命の相手に出会う可能性があるって事だよね。

 不安が顔に出ていたのか、カイは立ち上がると私の座るソファーの横に腰掛け、優しく抱きしめてくれた。


 「リリー忘れないで。僕の運命の相手は君だけだよ。お願いだ、どうか僕を捨てないで」

 「私がカイを捨てるなんて、ありえないわ」

 

 カイが不安なように私も不安な気持ちはきっとこの先消えないのかもしれない。だけど私たちはこの先何があってもお互いだけだとこの場で誓い合った。

 お互い言葉だけじゃ不安だったから、近くの教会に行き婚姻の誓約書を書きその場で提出した。教会に提出する婚姻の誓約書はたとえ王族であろうとも破棄する事は出来ない。そして私たちは神様の前で、今後お互い決して離れない事を誓った。

 

 今は住むところがクリス様の計らいでなんとかなるみたいだけど、きっといつまでもいるわけにはいかない。

 でも不思議と生活面に不安はない。彼とならきっと大丈夫。どんな困難も乗り越えていけるはず。

 カイと再会できて、結ばれる事ができた事に浮かれていた私は何も気づかなった。

 全てがカイの計画通りだという事も、彼の本性にも。




 「——神の定めた運命の相手だなんてくだらない。リリー、君は僕だけのものだよ。永遠にね」

 

 

 

 




 

 end.

一つ付け足すと、カイルは目的の為なら自らを傷つけさせる事も、嘘をつく事も厭わないそんな性格です(*_*)

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― 新着の感想 ―
わーお( ö ) カイルさん真っ黒でしたあー笑
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