第4話:青の濃度が限界を超えるとき。
第4話:青の濃度が限界を超えるとき
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「入室を確認。青の濃度、安定しています」
冷たい合成音が、床からにじむように響いた。
私が「青の部屋」と呼ばれる空間にいるのは、これで何度目だろう。忘れているような……、思い出せないような。
周囲は一面、薄く、青い光に包まれていた。
水の中に沈んでいるような空気。呼吸すると、肺がわずかに重い。
「おかえりなさいませ、お客様」
声の主は、青葉と名乗るメイドだった。
どこかで見たことがある気もするが、気のせいかもしれない。いや、気のせいではない気もする。
彼女は、小さな端末を手に、私の表情を確認していた。
その目は笑っているが、焦点は合っていない。
「本日も、感情反応ログの取得を行います。拒否権はございません」
「毎度、ご丁寧に」
私は、肩をすくめてみせた。
部屋の四隅にある、円形のパネルが淡く色づく。青から、わずかに紫がかった色へ。
どうやらこの空間は、感情に反応する“色感応センサー”で構成されているらしい。
「反応:皮肉。青の濃度、+0.7」
皮肉まで数値化されるとは思っていなかった。だが、妙に納得はしている。
自分の人生を、他人がデータで理解してくれる日が来るとは、思っていなかったからだ。
私は、壁際に落ちている金属スプーンを見つけた。先がわずかにねじれている。誰かが、強く握ったか、あるいは、水圧で変形したものか。
「前のお客様は……【圧】に耐えられませんでした」
青葉は、それが午後の天気の話でもするかのように、静かに言った。
部屋の照明が、より濃い青に染まり始める。
視界が、深海のように沈んでいき、音が遠くなる。
ふと、私の中で何かが揺らいだ。
この部屋には、以前も来たことがある。何度も。
だが、その記憶は“記憶ではなく、感覚”として存在していた。
「反応:混乱、レベル3。青の濃度、臨界接近」
床の一部が、静かに開く。
そこには、さらに深く、さらに濃い青に染まった空間があった。
私は、かすかにため息をつく。
「またか……」
***
波多野町十丁目、沿岸地下施設5階。
観測記録ログ、セクションBLUE-09:再起動。
「感応率98.7%。継続試験を推奨します」
青葉が静かに、目を閉じる。
その顔は、微笑んでいた。