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4 このまま帰るのも後味が悪くないですか……?

「わかりました」

 10個の目が、一斉にこちらを向いたのがわかった。

「もう一回、手伝ってあげます。」

「スミレ……!」

 王子様が立ち上がって両手を取ろうとしてくるので、私は慌ててリリィの後に隠れた。リリィが「エルム様……」と優しく声をかけてもお構いなしだ。

「ありがとう……!ありがとう、これでもうこの世界の危機は去ったも同然だよ!また一緒に世界を救おう!」

「わかった、わかったから近づかないで!」

「まあまあエルム、落ち着いて、座って。せっかくだし、紅茶のおかわりはいかが〜?ほら、みんなも。」



 紅茶のおかわりをいただきながら、一息つく。

 と言っても、側近がみんなのカップに紅茶を注いでいる間中、王子様はキラキラした目でこちらを見ているし、魔術師もチラチラと「さっきまであんなに怒ってたのに……?」みたいな顔でこっちを伺っている。気になるなら堂々と見れば良いのに、目が合うと慌ててそっぽを向くのが腹が立つ。側近もこっちを探るような目で見てくるし、ソファの後ろの2人は相変わらずで、私は唯一の癒しであるリリィの手をニギニギして遊ぶことに集中した。ちょっと恥ずかしがりながらも好きにさせてくれるリリィのはにかんだ顔が可愛い。


「それにしても、意外だな〜。絶対断ると思ったのに。」

 また真っ先に砂糖を入れたカップをかき混ぜながら、側近が口にした。

「スミレは優しいからな。この世界の民たちのために、俺たちへの怒りは収めてくれたんだろう。」

 訳知り顔でうんうん頷いている王子様に、やっぱり帰ってやろうかと言う気持ちがむくむくと湧き上がってくる。

「勘違いしないで欲しいんですが。」

 投げつけたくなる衝動を抑え、何とかお淑やかにカップを置く。

「もう怒ってないわけじゃないですから。何ならずっと怒ってますから。この世界にいる間、ずっと。ただ来てしまった以上、できることをやらないで帰るのは寝覚が悪いだけで、あなたたちのことを許したわけでは絶対にないし、仕方なく助けてあげるんだからね。またこの世界に来れてよかっただろうとか、世界を救えて嬉しいだろうとか、絶対言わないで。いい?」

 念を押すように睨みつける。魔術師はビクッと体を震わせて心なしか姿勢が良くなったけど、王子様は「スミレは優しいなあ」とニコニコしているし、側近はそんな王子様を見てやれやれ顔だ。伝わっている気がしない。こんな奴らに協力して世界を救わなきゃならないのか。何度ため息をついてもし足りないくらいだ。


 今日はもう遅いから、一旦解散して夕食を取った後就寝。本格的な会議なんかは明日からと言うことになった。

 そう言われて窓の外を見ると、確かにもう真っ暗だった。そう言えば向こうの世界で部活帰りだった。帰ったら宿題やらなきゃな〜とか考えていたのが最早懐かしい。彼氏と夜電話する約束もしていたのに。みんな私が帰らなかったら心配してくれるだろうか。

 そんなことを考えていたら、いつの間にか部屋に入ってきていた騎士の制服を纏った男に「お部屋にご案内します。」と手を取られるところだった。全く、油断も隙もない。慌てて振り払うと同時にリリィが立ち上がってその男との間に立ち塞がってくれた。

「スミレ様は私がご案内いたします。あなた方は下がってください。」

 他にも何人かいた男たちが、みんな残念そうな顔で下がっていく。そんな大勢で何しに来たんだ。

「スミレ様、前回過ごしていただいたお部屋と同じお部屋をご用意しております。ご準備がお済みでしたらご案内いたします。」

 にっこりと微笑んでくれるリリィに、私も笑い返す。

「ありがとう、リリィ。じゃあお願いしようかな。」


 こっちの世界の男たちは、やたらと距離が近い。しかも私にだけ。普通に話してても手を握られたり、頭を撫でられたり、腕を触られたり、ボディタッチがすごく多い。「エスコートします。」と腕を取られたら、歩いているうちに腰に手を回されるし、別れ際にハグされたりする。この世界の女の人たちには絶対にしないのに。きっと「先代の聖女様」は日本人じゃ無かったんだろうなと私は睨んでいる。それか単にボディタッチ多めのタイプの人だったか。前回来た時、最初は我慢していたけど、リリィに愚痴をこぼしていたら「(わたくし)がそばにいれば不用意に近づけないでしょう。」と言ってくれて、それ以降ありがたく盾にさせてもらったものだった。どこにいくにも一番近くにいてくれたなあ、懐かしいなあと今日も少し前を歩いてくれる背中を眺める。すごく頼りがいがあるのに、私よりも一つ年下と聞いて驚いた覚えがある。私も少し背が伸びたけど、リリィはもっと伸びている気がする。前回よりも身長差が縮んでいる。


「こちらがスミレ様のお部屋でございます。」

 見覚えのある豪華な扉の前で、リリィが立ち止まった。本来は王族の親戚とか、いわゆるVIPな人たちのための部屋らしいが私のために「特別に」空けてやっているんだと、使用人の1人が嫌味ったらしく説明してくれたのを思い出す。

 リリィが扉を開けて、まず中を覗き込んだ。一仕事終えて帰って来たら知らない男が中で寛いでいたことがあったので、それから部屋に入る時は一度リリィが中を見てくれるようになったのだが、どうやら覚えてくれていたらしい。ちなみにそのときはたまたま側近が部屋まで送ってくれていたので追い出してくれて、その後事情聴取までしてくれたと聞いた。どうやら以前も我が物顔でその部屋に居座ったことがある男で、「今は聖女様が使っているので……」と言う使用人の言葉に耳を貸してくれなかったらしい。どこにでも周囲の話を聞かないおじさんと言うのはいるものだ。

 今回は誰もいなかったようで、リリィが中に招き入れてくれた。

「わ〜相変わらず派手な部屋。」

 天蓋付きのベッド、装飾がたくさんついた棚ーーこの場合はキャビネットとでも言った方がピッタリかもしれないーー無駄に豪勢な花瓶などなど、壁紙から天井、棚の取手の一つ一つに至るまで曲線的な装飾が施された、とにかく派手というか、うるさい部屋だ。

「エルム様は張り切って新しくお部屋をご用意するようにとご命令なさったのですが、少しでも慣れた部屋の方が良いでしょうと、(わたくし)がお止めいたしました。」

「え〜そうなの〜?ありがとう〜。やっぱり私のことわかってくれるのはリリィだけだよ〜。」

 得意げに胸を張るリリィに抱きつく。新しく部屋を用意?そんなの嬉しくも何ともない。どうせザ・王族みたいなギラギラの部屋にする気だろう。

 頭の中で王子様を睨みつけて、ついでに唾を吐く。本当にやったことはないけど、まあこんなもんだろう。

「スミレ様。」

「な、なあに?」

 そんなことを考えていたのがバレたのか、リリィが体を離して真剣な顔でこちらを見た。私も自然と背筋が伸びる。

お読みいただきありがとうございました!

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