1 なんか知ってる顔なんですが……?
私は加賀菫。どこにでもいる普通の高校一年生。
高校に入学して、彼氏もできて、勉強に部活にプライベートも充実した生活を送っている。
そんな私にも、誰にも言っていない秘密が一つある。
それは去年の夏のこと。
学校からの帰り道で、突如として不思議な光に包まれた私は、気がつくと見たことのない場所にいた。歴史の教科書か海外旅行のパンフレットで見たような、高い天井に煌びやかな装飾。そして、私の周りを囲むとても日本人には見えない顔立ちの人々。
「え……え…?!え、え??!!」
全く状況が飲み込めず、ただ「え?」を繰り返すしかできない私に、その中でも一際輝きを放つ男の人が手を差し伸べた。
「ようこそ、異世界の聖女様。お願いします。我がプリイス王国を救ってください!」
その手を取った……取ってしまった私は、いつの間にかこの身に宿っていた「浄化の力」とやらを使ってこの国を救うために、「浄化の旅」に出た。ちなみにこのキラキラしい人はこの国の王子様だった。旅の道中は最初に私を囲んでいた人たちがあれこれと優しくしてくれたのでまあ快適な旅ではあったけど、どうしても受け入れられないことが一つあった。旅が終わり、「救国の英雄」として祭り上げられた私に王子様はプロポーズ。周囲は超祝福モードで、王様は特別な称号や地位を用意してくれると言っていたけど、私はその一点がどうしても受け入れられなくて、全てを振り切って元の世界に帰った。元の世界に帰るための魔法はかなり複雑で、時間もかかるし失敗する可能性もあった。準備の間もあの手この手で私をこの世界に止めようと王子様を始めみんな本当に頑張っていたけど、どうしてもこの世界で一生過ごそうとは思えなかった。
ご飯が美味しくない。
決してまずいわけではない。何というか、美味しくないのだ、とにかく。
最初に一口食べた時の「おいしい〜!」というときめきが一切ない。食べれば食べるほど癖になるとかもない。「もうお腹いっぱいだけど、もうちょっと食べちゃお!」という気持ちも一切わかない。ただお腹を満たすだけ食べたれたらもう良い、そんな味。
何とか慣れ親しんだ日本の味を再現しようと、一時は頑張った。でも近い味のものはあるけど、全く同じ食材はどうやら存在しないし、味を組み合わせて近づけていくというのも、ほとんど料理をしたことがない私には無理な話だった。それに料理をしようとすると、「聖女様にそんなことさせるわけには参りません。」と周りが口うるさく言うので、鬱陶しい。
きっと「それでも良い!私はここに残る!」という人もいるだろう。でも私は無理だった。王子様との結婚や、良い暮らし、帰る魔法が失敗する可能性を考えても、帰ることを選んだ。そんなに私の中でご飯って大きい存在だったんだなあと驚いたりもした。もう二度とこんなところには来るものかと決意して、魔法陣に乗った。光が消えて、見覚えのある住宅街が見えた時には、泣きそうなほど安心した。というかちょっと泣いた。
あれから1年、向こうのことを思い出すこともなく、楽しい生活を送っていたのに……。
光が消えると、そこは住宅街ではなかった。前回と同じ、広い天井に煌びやかな装飾。周りを囲む、キラキラした人々。
その中で一番キラキラした人――この国の王子様、エルム・プリイス様がにっこりと微笑んで手を差し出した。デジャヴか。
「おかえり、スミレ!また一緒にこの国を救おう!」
その言葉も、表情も、周りのニコニコ顔にも腹が立って、言いたいことはいっぱいあったけど、何とか口から出たのは一言だけだった。
「…………っなんでっっっっ!!!!!!???」
差し伸べられた手を振り払い、また差し伸べてきたので振り払い、周りの男たちも動こうとしたので睨みつけ、自力で立ち上がって改めて周囲を見渡した。
ここはお城の大広間のど真ん中。私は儀式用の台みたいなものの上に乗っているので、立ち上がると男たちの頭上から全体を見渡すことができる。この召喚用の台には「自分から上がってはいけない」という決まりがあるので、ここにいる間はとりあえず私は無敵だ。大広間にはお城の人たちや役人さんがたくさん集まっていた。見覚えのある顔もあるし、見たことない顔もたくさんある。彼らを見渡して、端の方に探していた顔を見つけた。
「リリィ!リリィ!よかったあ。リリィ!」
笑顔で手を振ると、彼女はパッと顔を輝かせてこちらに走り寄ってきた。
「スミレ様!覚えていてくださったのですね!」
リリィのために、男たちは仕方なくと言った感じで場所を開けた。この国では、パートナー以外の女性とは基本的には適度な距離を取るべしというマナーがある。異世界出身の私には適用されないらしく、隙あらば距離を詰めようとしてくるが、リリィがいれば大丈夫だ。私は台を降りてリリィとハグをした。
「もちろん!ああリリィ、久し振り!もう会えないかと思ってた。」
「私もでございます、スミレ様!」
リリィは私がこの世界で唯一心を許した存在だった。リリィは元々王子様の侍女だったのが、私にもサポートが必要だろうと志願して私の専属の侍女になってくれたのだ。とにかく不安だった私はリリィに頼り切りで、ことあるごとに何でもリリィに相談していた。ご飯が美味しくないとか、王子様がしつこいとか、服が重いとか、単なる愚痴みたいなことまで相談していた気がする。今思えばだいぶ鬱陶しかったと思うが、リリィは嫌な顔一つせず話を聞いてくれて、時に励まし、共感し、受け止め、最後は泣いて送り出してくれた。私も他のことはどうでもよかったがリリィと離れることだけが心残りで、時折その優しい笑顔を思い出したりもしたものだった。今は王子様の侍女に戻ったのだろうか。顔色は良く、健康そうだ。元気にやっているようで安心した。
ひとしきり再会を喜び、私は男たちに向き直った。リリィの腕に私の腕を絡める。
「何があったのか知らないけど、とりあえずまたリリィは私の専属になってもらいますから!リリィ以外は私に近づかないで!良いですね!?私の荷物にも触らないで!」
そう叫ぶと、まさに私のカバンを持ち上げようとしていた男――確か魔術師のーーオリバーがビクッと肩を跳ねさせて慌てて手を離してこちらを向いた。
「い、いや、あの、僕は運んであげようとしただけで別に何かしようとしたわけじゃ……」
「オリバー。」
「……ごめん。」
王子様が嗜めるように名前を呼ぶと、魔術師は大人しく引き下がった。
リリィの腕を少し引くと、どうやらわかってくれたらしい。私を守るように、先に立って歩いてくれた。前の時も、よくこうやってリリィに前に立ってもらったっけ。変わらず……どころか、頼り甲斐が増した気もする背中に懐かしさが溢れる。
またリリィに男たちをかき分けてもらって、辿り着いた台の外からカバンに手を伸ばす。念のため中を確認。学校帰りだったので、中には教科書とかペンケースとか、なくすとちょっと面倒臭いものがたくさん入っている。どうやら無くなっているものはなさそうだった。スマホがなくて少し焦ったけど、スカートのポケットに収まっていた。電源はつくけど、アンテナの代わりに「圏外」の2文字が表示されている。ちょっと落ち込んで心の中でため息をついた。
「スミレ様、お荷物に異常はありませんでしたか?」
「うん、大丈夫そう。ありがとう。」
心配そうにこちらを覗き込むリリィににっこりと笑う。
カバン一個と、リリィ。この世界で絶対に私の味方と信じられるのはこれだけだ。カバンはしゃべってくれないし、リリィのことは信じているけど、彼女には彼女の人生があるから、頼りすぎちゃいけないとも思う。すごく心許ないことに変わりはないけど、前回よりはまだマシだ。前回は荷物はいつの間にか回収されていて帰る直前まで返してくれなかったし、リリィに会えたのはこっちに来てから一週間以上後だった。今回は来て五分で両方揃っている。ただ王子様の言うことに頷くしかできなかった前回とは違う。戦える。カバンの紐とリリィの腕に、ぎゅっと力をこめる。
「それで?」
相変わらずリリィの左腕にしがみつきながら、王子様の方に向き直る。
「何で私は呼ばれたんでしょう?話くらいは聞いてあげますけど、くだらないことだったら全員ぶっ飛ばして今すぐ帰らせてもらいますから!」
並んだ男たちを、王子様を中心に睨みつける。
困ったように笑う王子様が口を開いた。
「わかったわかった。こちらとしても話を聞いてもらいたいんだ。落ち着いて、お茶でも飲みながら座って話そう。ね?」
その言葉を合図に、それまで固唾を飲んで私たちの様子を伺っていた周りの人たちが、一斉に動き出した。使用人たちは慌ただしく歩き出したり、王子様たちの先導を始め、見物に来たのであろうちょっと偉そうな人たちはリラックスしたムードでおしゃべりを始める。「これでとりあえずは安心でしょう。」「さすがはエルム様。」みたいな声が聞こえてくる。
ゆっくりと扉が開き始めた。ゆっくりではあるけど、驚くほどスムーズで静かだ。何かしらの魔法がかかっているので、あんなに大きくて重そうなのに実は1人でも簡単に開けられる。前回、「この扉は不思議な扉なんだ。きっとスミレ1人でも開けられるよ。」と王子様に言われて、はしゃいで試した記憶が蘇ってくる。
懐かしさと同時に、今日だけでこの後何回こういう感情になるのだろうかとうんざりしていると、左側からぬっと人の顔が出てきた。
「聖女様、お部屋にご案内します。どうぞこちらへ。」
知らない男だったが、制服には見覚えがある。確か王子様専属の騎士団の服だ。カバンの紐を握りしめていた左手に触られて、思わず振り払う。
「やめて!私はリリィと行きます!」
「スミレ様のエスコートは私がいたします。離れてください。」
リリィがその騎士を押しのけるように手を前に出す。
「行きましょう、スミレ様。私から離れないで。」
そのまま抱きしめるようにして、王子様一行の後に付いて進んでくれる。
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